第53話 初めての訪問だと気付く。

 蒼砂そうさ学園最寄り駅まで同じメンバーで帰った。マネージャーの船頭せんどうは学園の近所なので、校門を出てすぐに別れた。


 電車に乗る間際、渡辺がなんとなくバツの悪そうな顔して雨音あまねに話し掛けた。ふたりは同じクラスだが所属しているグループが違うこともあってあまり絡みがない。


「えっと、その…吉沢…さん?」

「なに?」

「いや、その…なんだ。その妹さん、吉沢とのこともあるし、これから川守とも関係するかもだから、その…今まであんまし絡みないだろ、うちら」


「そうね。まぁ、別に気にしてないけど。昔から絡みにくいってよく言われてきたし。そうね、編入組なんでまだ溶け込めてないかもね」


「神崎とは仲いいだろ? サッカー部繋がりもあるし…」

「そうね、別に仲良くしたくないワケじゃないし、よろしく」

「あっ、うん! よろしく!」

 それを見ていた圭が渡辺の顔を見てニヤニヤ笑う。


「なに? なに笑ってるんだ?」

「いや、やればできる子なんだって」

「な、何が言いたい⁉」

「いや、渡辺先輩も大人になったなぁ〜って目頭が熱くなっただけですよ」

「お、お前、私のこと今日知ったばっかだろ‼ 吉沢…さん! 川守ってこういうヤツなの⁉ もっとこう…何ていうか」


「初見真面目に見えるでしょ? 全然よ、全然。私なんて年中からかわれてる。それから、雨音あまねでいいけど。吉沢って言ったら沙世さよが振り向いたりで面倒でしょう。それに麻莉亜まりあも来年から蒼砂そうさ来る予定だし」


「あっ、渡辺先輩。私も沙世さよでいいです。先輩のことは渡辺って呼びますから」


「吉沢‼ 吉沢、吉沢、吉沢〜‼ あ、あんた命いらない派なの⁉ 向こう見ずなの? それともヘディングし過ぎなの?? パーなの?」


 田中アキは沙世さよの腕を掴み一気に20メートル先まで連れ去った。


「別にいいけど、下の名前にして。さすがに苗字の呼び捨てはちょっとなぁ」


「はぁ⁉ 先輩、大丈夫ですか⁉ どこかお加減悪いんですか⁉ いや、悪いですよね! なんか拾い食いしましたよね! 別人じゃないですか! 何らかのドテックス効果ですか⁉ 毒抜け過ぎでしょ!」

「田中。お前、そこはかとなくコロしたい」

「なんで⁉」

「アキ。うるさい。めんどくさい」

「よ・し・ざ・わ‼ なんで私のことまで下の名前で呼ぶ⁉ そんな仲良かった? いや、わかんないけど、わたくし的見地に立ちますと、概ね普通よ? 普通! いや敢えて言うけど知り合いの域よ!」


「私、ピッチ内に世情のしがらみ持ち込まないの」

「持ち込もう? そこはほんのちょっと持ち込もうよ! じゃないと私、あなたの分まで渡辺先輩に怒られるじゃない! それに今ピッチ外‼」

「ところで渡辺先輩。下の名前なんて言うんです? 知ってるんだけど読み方がムズい」


「聞けよ、吉沢‼」

寧未ねいみ。渡辺寧未ねいみ

「先輩も聞け! なに普通に答えてるかな!」

「田中、誰に口きいてんだ? あと、はしゃぎ過ぎ」

「あ……スミマセンでしたってか、わたし何で怒られてんだ⁉」

 いつも通り田中アキだけが怒られるループに突入した。


 ***

『康候軒』前。石林奏絵かなえの両親が営むラーメン店。雨音あまねも常連として足繁く通う店だ。娘の試合がある日は妻と奏絵かなえの姉と従業員に任せて父親は応援に駆けつける。


「川守さん。ここうちの実家なの。よかったら寄ってかない? お父さん喜ぶと思うの、ダメかな」

 圭は一瞬苦い顔をした。つい先日雨音あまねのイタズラで『ニンニク増量特製豚骨ラーメンプラスニラ』を食べた後に鼻を舐められ旅たち掛けた。もちろん『康候軒』にも石林奏絵かなえの両親にも落ち度はない。


「圭。寄ってけば。私は麻莉亜まりあ連れて帰る。いくらなんでも病み上がりだからね」

「あっ、じゃあ私も帰るよ。先輩ごめんなさい、ちょっと疲れてて」

「いいよ、いいよ、ヨッシーまたね〜」

「ナベさんはどうします?」

「お前、私の呼び方安定しないな…ん…妹待ってるから帰ろうと思うんだけど、川守にちょっと頼みたいことがあったりして…どうしよ…明日! 明日終わってからでいいや、田中帰るぞ」

「えっ⁉ なんで⁉ もう、私注文決めちゃいましたけど! あっ、ちょっと! 先輩! 引っ張んないでよ〜」


「あっはは…にぎやかだね〜と、どうしよ。みんな帰っちゃったね…こうなるとなんか連れて行きつらくなるよねぇ…ウチの両親さ、早とちりだから変な誤解生みそうで(笑)でも、お腹すいたよね~ファミレスでも行く? よかったら」

 圭は少し考えてちょっと上目遣いで恥ずかしそうに答えた。

「いや、オレ…あんま女の人とふたりで食事とか行ったことなくって。なんか緊張します」

「えっ、でも許嫁さんとか吉沢さんとか」

「いや、まぁそうなんだけど、それはそこそこ普段から一緒っていうか、昔からだし。オレ、サッカーばっかで女子とはそんなんで」

「そうなんだ、なんか慣れてる感じするけど…」

「いや、それはサッカー絡みだから緊張しないっていうか」

「ははっ、なんかわかる。実は私もなんだ。そうだ、コンビニでなんか買って部屋来ない?」

「へ、部屋ですか⁉ 先輩の部屋ですよね、もしかして家誰もいないんじゃ…」

「あっ…いない。付け加えるとそう言えば私の部屋男子が入ったことない…」


「―入っていいんですか?」

「いや、むしろ入って欲しい。高2も終わりになって誰ひとり男子が来たことないなんていう黒歴史に幕を閉じて! あっ、そうだ。出前取るよ、って言ってもウチのラーメンだけど、どう?」

 圭は予期せぬまま石林奏絵かなえの部屋に行くことになった。







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