第8話 迷惑かもと気付く。

「ま、待って! 待ってください‼ お願い麻莉亜まりあ! ってか、国語辞典1回置こうか? 国語辞典って振りかぶるもんじゃないよ? 待って‼ 辞書の『角』確かめないで‼ まさか『角』で来る気なの⁉ 救急車待ったなしだよ⁉ って、それよか髪切った? めっちゃかわいい! ね? そう思うでしょ、圭も?」


 沙世さよは鬼神化し『コマ』いっぱいに『ゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!』の擬音を背負った麻莉亜まりあに後ずさりしながら圭の背中に隠れる。圭はあまりにも都合がいい幼馴染に呆れる。


沙世さよ、今さら気付いたのか?」


「だって、きのう部活の後みんなと『お好み焼パーティー』だったから麻莉亜まりあとは今はじめてなのよ、わたし帰ったら風呂も入らずに爆睡しちゃったし……髪切ってるの知んなかったんだもん!」


「おまっ『』って、かわいい女子限な? どうりでげ臭いわ、汗臭いわ。これで寝たんだろ? 頼まれてもお前の布団で寝たくねぇわ。完全汚染地帯だわ! お前『柑橘系の匂い』がする女子だと思ってたけど『酸っぱい』だけな? 後でお前のお布団ファブリーズ1本いとくわ」


 圭は次女沙世さよを女子として認識してないので、麻莉亜まりあと違い軽口を叩く。本来彼はこんな感じ。それにしても言葉が過ぎる。麻莉亜まりあに比べ別人級だ。


 圭に「頼まれても――」と言われ「なんだと!」と頭をはたこうとするが、麻莉亜まりあに睨まれて「すみませんでした……」と消え入るような声で圭の背中で小さくなる。いや、姉妹で1番背が高いので無理あるけど……


 姉妹のミリタリーバランスが崩れた歴史的瞬間に圭は立ち会った。


「ホントにもう……」


 腰に手を当てる麻莉亜まりあに「おたま」と「なべのふた」を装備させてみたい圭だった。


 なんのこっちゃ。


 ***

「えっ、でもなに、ここ‼ 圭! なにこの『シャシャシャ』な感じ! うわっ~~リアルサラサラヘアーだ!」


 渋々不機嫌を収めた麻莉亜まりあの髪を沙世さよは触りちゃんこにして「スゲー」とか「超かわいくない?」とか語彙ごい力崩壊コメントを連発した。


 いや、元々脳筋女子の沙世さよ語彙ごい力を求める方が無理だ。


「いやーごめん。麻莉亜まりあ。これじゃ姉ちゃんわかんないよ、だってなってんだもん! 圭もそう思うだろ? ってか、なんで圭が照れてんだ? 引くわー私の妹なんだからね、あんたのんじゃないからね?」


 好き勝手大はしゃぎする沙世さよだったが、裏表のない性格。まだ怒りが完全には収まらないものの、こうされると照れ臭い麻莉亜まりあだった。


(まぁ……もう圭ちゃんにしないなら別になんだけど……)


 良妻賢母は引き際も心得ていた。まぁ、だろ、沙世さよは。


「そんな訳で。私はシャワーを浴びて部活行くわ」


 散々麻莉亜まりあを実質的にイジり倒した沙世さよは満足げに手を挙げる。


「おい待て。お前の悪臭シャワーごときで洗い流せると思うのか?  お前シャワ―を買いかぶってるだろ? ちゃんと湯船につかれ。世の中のために。どうすんだ、お前が『酸っぱ過ぎて』ハマ電停まったら」


 圭の余計なひと言のせいでご機嫌で撤収しかけた沙世は一度戻ってきて圭の眉間にキツい一撃を食らわせ、何事もなかったように立ち去った。

 ちなみに『ハマ電』とは圭たちが通学に使う私鉄のことだ。


「痛ッててて……」


「今のは圭ちゃんが悪いと思います、残念ながら」


 ちょこんと座って夫のダメな点をいさめるのも妻の務めだ。お茶があればすすりながら注意してたろう。


 ***

「迷惑じゃないですか?」


 クリスマスの朝。油断すれば家の中でも息が白くなりそうだ。


 圭は急いでエアコンをオンにし、こたつを暖めた。麻莉亜まりあは小さく「ぺこり」と頭を下げこたつに足を入れ「ぴょこん」と立ったひと房の寝癖をなおす。


沙世さよのこと? 迷惑だけど慣れたかなぁ」


 肩をすくめて圭は笑う。あきらめに似た笑顔で。


「いえ……沙世さよちゃんのことなんですけど学校の裏サイトの『熱愛報道』です。私なんかと……」


 麻莉亜まりあはまだ「みにくいアヒルの子」時代のクセが抜けきれない。自分に対する言葉や、表現がややネガティブだ。


 まぁ、この辺は追々圭が何とかするだろう。そういう部分では頼れる男子だ。


「迷惑とかじゃないけど……」


 圭は珍しく口ごもる。頬っぺたを「こりこり」と搔きながら。


(やっぱり地味な私と噂になるなんて嫌……だよね。シュン……)


 へこみかけた気持ちを表に出さないように麻莉亜まりあは笑顔を作る。これは良妻賢母だからではなく、クリスマスを台無しにしたくないから。


 チクリとした痛みを感じながらもその気持ちを表には出さない。それが麻莉亜まりあの圭に対しての接し方。


 じゃあ、圭はどうなのか。


 彼はまあまあ天然だ。色々こねくり回すように考える事もあるが、もう少し考えたら? と言いたくなる部分もある。色んな部分を持ち合わせているのが圭だった。


 そしてその色んな部分のひとつが出た。


「しかし、どうしようかな……麻莉亜まりあちゃんみたくといたってバレたらイジられるだろうなぁ。麻莉亜まりあちゃんが入学するまでシークレットにしたかったんだけどなぁ~~」


(か、かわいい娘⁉ えっ⁉ え~~~~~~⁉ うそ⁉ ⁉)


 圭が「ちょっと迷惑」な空気を出してたのは「かわいい」麻莉亜まりあと歩いてたことをクラスメイトや顔見知りに、あれこれ聞かれるのが嫌だっただけ。


 地味な自分との『熱愛報道』を迷惑に思うだろうというのは、麻莉亜まりあの思い込みだ。なおりかけた寝癖が再び「ぴょこん」と跳ねあがるくらい麻莉亜まりあは緊張した。


 こんなに緊張してるはずなのに「私まだ自信持てなくて……地味で自信なくて。そのもう一度『かわいい』って言ってもらえたら……自信つくかも……ダメ、ですか?」


 欲しがり屋さんの『良妻賢母』は言葉にすることで『ふたりだけ負けん』許嫁無双状態の扉を開いた。


 ――ってなにそれ?


「か、かわいいと思うよ? 麻莉亜まりあちゃんは」


(言わせて置きながら……照れる私でしたとさ‼)


 いや、開いたのはバカップルの扉かも知れない。













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