第9話 天啓に気付く。

(こ、これってまさかだったり⁉)


 あくびをしながら「コーヒーでもれるよ」と部屋を出ていく圭の後姿を見送り、麻莉亜まりあは「ごくり」とする。


 確かにお互いにパジャマなのは間違いないが、目的は恋愛トークだったり趣味とかの話に花を咲かせることではなく、純粋に「救出活動」だった。


 次女沙世さよによりラブコメではありがちな「ありえない」暴力が展開されたワケだ。例えるならヒロインが浮気した主人公の男子をビンタしたら、教室から校庭まで吹っ飛ばされた級の。


 まぁ普通のスポーツ女子が軽々と男子を宙づり出来ないように、今の状況が「パジャマパーティー」を開催してるかも、とはならない。普通は。


 しかしそこは前向きに物事をとらえる「良妻賢母」候補生の麻莉亜まりあにとっては、小さい幸せを嚙みしめる瞬間だったりもする。


 前向きなのはいいが、将来変な壺や英会話の教材を買わされないか心配だ。


「――あっ‼」


 思わず大きな声を出してしまった。突然の事だったので麻莉亜まりあは「身支度みじたく」をしないまま「救出活動」に参加した。そのおかげで事なきを得た。


 だから多少の「身支度」が出来てないくらいどうもない。圭のピンチを救ったのだから。


 しかし――なにがどう「身支度」が整ってないか気になるところだ。確かに駆けつけた時は髪がひと房「ぴょこん」と寝癖になって立っていた。


 だけど「身支度」が整ってないというほどではない。むしろ「ぴょこん」と立った寝癖がかわいくもあった。


 中学三年生なので基本すっぴんだ。わずかにピンク色の保湿用リップを塗るくらいだし、自他共に認める地味っ娘。今更すっぴんくらいどうもない。


 じゃあ、なに?


(あわわわわわ~~‼ わ、私……忘れてる‼ 忘れてる‼)


 何をと聞きたいところだがカーディガンの上から胸元を隠すところをみると……


 着け忘れているのであった‼


(これ、絶対にアカンやつだ……パ、パ、パジャマパーティーどころか……)


』じゃん‼ 麻莉亜まりあは壮大に頭を抱えた。


 ちなみに現在の麻莉亜まりあのファッションチェックをしてみよう。基本は上下の「もこもこ」とした空色のパジャマ。のんきな猫のキャラが転々とプリントされた中学生らしいパジャマだ。


 その下はキャミソールを着ているが残念ながら「カップなし」だ。しかしパジャマの上には丈の長い茶色のカーディガンを羽織っている。


 圭に透視能力がない限り麻莉亜まりあがノーブラなことはバレない。そもそも、圭に透視能力があればいついかなる時も丸見えだけど。


 これは考えようによれば「ノーブラ版シュレーディンガーの猫」と呼べるのではないか。


 つまり、圭に麻莉亜まりあの「ノーブラ」が観測されるまで、麻莉亜まりあは「半分ノーブラ」で「半分ブラを付けている」とは言えないだろうか?


 いや、無理か……ノーブラは自己申告済みだ。



(い、許嫁になったばかりの圭ちゃんのお部屋で、私まさかの……⁉)


 取り乱したい気持ちはわかるが、別に「ノーブラデビュー」はしていない。実際気付いてるのは本人の麻莉亜まりあだけだし、圭は「逆さ吊り」にされた余韻よいんで頭がぼーっとしていた。


 なにより、いま圭は気をきかせてモーニングコーヒーを淹れに行ってくれている。この隙を突いて自宅に帰って「着けて」くればいい。


(よし、ここはひとまず帰ろう……)


 こたつに手を付いて立ち上がろうとした時、麻莉亜まりあの脳裏にあるひらめきが舞い降りた。


(待って、待ってわたし‼ いま慌てて部屋を出ようとしたとして……)


 麻莉亜まりあのひらめきはこんな感じだ。


 素知らぬふりをして帰ろうとするが、時すでに遅しで圭がコーヒーを淹れて戻る。一度はこたつに戻ったものの、恥ずかしさのあまり麻莉亜まりあは再度脱出しようとするが、ドジっ子スキルが発動。


 何もないところでつまずいた挙句――


(上が全部……圭ちゃんの上にのしかかるヤツ‼ 世にいう『ぽろり』っていう文化だ! ! ! ‼ 危ない! 危うく圭ちゃんに「エッチな娘」認定されるとこだった! セーフ‼)


 そんな「女子あるある」はないし、「ぽろり」は文化でもない。しかし麻莉亜まりあに舞い降りた「トンでもな、女子あるある」のひらめきのために彼女の行動は制限された。


(それにしても遅いなぁ……圭ちゃん)


 麻莉亜まりあが自分の「女子あるある」に惑わされなかったら、十分自宅に帰って「身支度」を終え帰って来れていた。


(今からでも遅くないかも……)


 そう思った瞬間またしても麻莉亜まりあに「天啓てんけい」とも呼べるひらめきが再度舞い降りた。再降臨というヤツか? いや違うか。


(危ない! 絶対コレダメなヤツだった……危うく難を逃れた……でかした私)


 新たな麻莉亜まりあの妄想……ではなく「天啓てんけい」はこうだった。


 もう時間がないと今度こそは大慌てで脱出しようとする。しかし再びの「時すでに遅し」が若い二人の仲を切り裂く。


 今度こそ脱出して「身支度」を整えようと焦ってドアを開ける麻莉亜まりあ。しかし、ドアの向こう側には既にドアノブに手を伸ばした圭が。


 そして突然ドアが開いたことに気付かずドアノブに伸ばしたハズの圭のその手は――


(私の胸を……『‼』と。そして『むにゅん‼』からの『圭ちゃんのエッチ!』ビンタ‼ これ女子の定番だ……まさに‼)


 あえてひと言苦言を言うなら、なにも極まってない。そんな女子あるあるはきっとないし、そこまでのラッキースケベは存在しない。


 そんなわけで麻莉亜まりあは普通に家に帰れるチャンスをことごとく潰した。


 出来ることは耳まで真っ赤に染めて圭の戻りをこたつで待つだけだった。











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