第10話 終わったことに気付く。

「ごめん、遅くなって。母さんがパンとサラダ、それから目玉焼きも持ってけって。どうしたの? 顔赤いけど……」


 圭は母親の指示どおり普段は引かない青いチェック柄の「ランチョンマット」を敷き、その上に朝食を並べた。


「あ……大丈夫……です。お構いなく」


 ちなみにこの「お構いなく」は「お構いなく」という意味だ。逆に「お構いが」ら大変だろう。


 いや、そもそもノーブラに構うという発想自体どうかしてる。お詫びして訂正します。


 圭は小首を傾げるも「そう?」と特に気にしない。そして麻莉亜まりあが頑張って胸とカーディガンとの間に『空間』を作って、万が一でも「ノーブラ」であることがバレないよう細心の注意をした。


 とは言えふたりきりで取る朝食は初めてのこと。お互いパジャマだし「お泊り旅行」に来ていると錯覚したり、しなかったりのちょっと夢見心地な麻莉亜まりあだった。


 和やかな空気の中、初めてのふたりきりの朝食を終えた。最初は「着けてない」ことが気になっていた麻莉亜まりあだったが、段々と慣れてきた。


 いや、食事が終わるイコール帰宅が目前に迫っていたので気分的に楽になっていた。麻莉亜まりあは圭からコーヒーのおかわりを遠慮し、後は「宴もたけなわですが」的なセリフを待つのみ。


 だがしかし、そうは問屋が卸さないがここで来た。その頃には圭の母親も出掛け、圭の自宅にはふたりきり。流石にふたりきりも少しは慣れてきた。


 食器をふたりで運び一緒に洗った。


(あぁ……なんかもう、これだけでもクリスマスプレゼントだ)


 小さな幸せ欲しがりさんの麻莉亜まりあは幸せにどっぷりとはまっていたその時だ。


麻莉亜まりあちゃん、昨日言ってた――『明日世界が終わって、好きな人ともう会えなくなるかも』って映画なんだけど」


「あっ『また、お会いしましょう』ですね。私まだ見てないんです、見たいなぁ~~とはずっと思ってるんですけど」


「そうなんだ、それ聞いてきのうダウンロードしたんだサブスクで。もしよかったら見ない?」


「えっと……それはですか?」


 麻莉亜まりあに緊張が走る。なんといっても彼女は中学三年生で許嫁の前で絶賛「ノーブラデビュー中」なのだ。いや、単なる着け忘れだけど。


 本音を言えば一刻も早く自宅に帰りたい。しかし、自分との会話で出た『見たい映画』という言葉を忘れずにいてくれた、ひとつ年上の許嫁が愛おしい。いやむしろ『大好だいしゅき』とハグしたい衝動に駆られるが、そこはステイ! 待てである!


(何を隠そう、いや胸は隠してますが! ノーブラなんです、わたくしは!)


 ハグなんてした日には『!』な感覚が伝わりかねない。そうなると「あれ、もしかして麻莉亜まりあちゃんってノーブラなの? 何か期待してるの? もしかしてエッチなの?」になる。


 いやならないけどね‼


 しかし、麻莉亜まりあの妄想世界ではそうなるのだ。妄想は古今東西すべての人々に許された権利であり、聖域サンクチュアリなのだ。知らんけど。


「なんか用事ある?」


(あるとは言えない! あるなんて言ったらこの後のクリスマスの約束がなくなるかも……)


「圭ちゃん、覚えててくれたんですね! うれしいです! 用事は……うん。ないよ?(震え声)」


 腹を決めた麻莉亜まりあはいつものように心の中で「えいえいおー」の掛け声を上げた。


 ***

(な、なし崩しで映画を見ることになってしまった……)


 一応、圭のプライドを守るために付け加えると、何ひとつ圭は「なし崩してない」ただ許嫁とした会話で出てきた映画の事を覚えていて麻莉亜まりあが「見たいのかも……」とダウンロードしたに過ぎない。


 もちろん麻莉亜まりあの言う「なし崩し」に麻莉亜まりあの「ノーブラ状態」を何とかしようとは思ってない。


 そもそもノーブラなのを知らない。


 そして「良妻賢母」な麻莉亜まりあは自身の限界を知っていた。決して無理をして周りに迷惑を掛けたりしないし、適度に周りを頼る。


 今回麻莉亜まりあがこの「ノーブラ」という名の袋小路で助けを求めたのが、三姉妹の長女にして私立蒼砂そうさ学園で1度も学年首位の座を明け渡したことがない雨音あまねだった。


 姉妹の中で頭脳担当と言って間違いないだろう。


 自分が推しておいて、ノーブラゆえにまったく内容が入って来ない映画の最中。こたつに隠れて麻莉亜まりあは姉雨音あまねにラインをした。


雨音あまねちゃん、ごめん助けて!(泣)』


『どうしたの? いまあんた圭のトコでしょ? なんかエッチなことされた?』


『そうじゃなくて……実は私ブラ着け忘れてて……(大泣)』


『マジ⁉(大汗) で、圭は知ってるの?』


『まだ気付いてない、どうしたらいい?(うるうる)』


『わかった。私に任せて! 圭には何もされてないのね?』


『ないよ! いま映画見てる、一緒に。雨音あまねちゃん、沙世さよちゃんみたいなことは……(おろおろ)』


『心配しないの。私は力自慢じゃないから。すぐ行くから(ダッシュ!)』


 こうしてようやく麻莉亜まりあの『ノーブラ事変』解決のめどが立った。後は果報は寝て待てというやつだ。


 雨音あまねは窮地に立たされた妹を救出すべく、秒で圭の部屋を訪れた。


雨音あまね……どうした? 一緒に見るか? 途中だけど?」


 呑気な顔した圭に雨音あまねは一瞥をくれ、部屋に映し出された映画に目をやった。


「いい。これ見たから。結局『』わよ。そんな事より圭、あんた麻莉亜まりあの許嫁になったんでしょ?」


 明らかに不機嫌な口調で映画のネタバレをした挙句。


「だったら年下の許嫁がいま『』で困ってることくらい、わかってあげたら? それが許嫁ってものでしょ?」


 ドヤ顔で言い放つ。しかも着ていたパーカーのポケットから何やら薄ピンクの布地を取り出した。


「はい、持ってきてあげたわ。早く


 いい顔で雨音あまね麻莉亜まりあに薄ピンクのブラを手渡した。これまたドヤ顔で。もちろん圭の目の前で。


(えっ……? えぇ~~~~⁉ な、なんで圭ちゃんの前で私のブラ出すかな⁉ しかもよくない? あと、なんで映画のネタバレするの⁉ いや、内容入ってきてないけど‼)


 いくら麻莉亜まりあが「良妻賢母」とはいえ、対処できないこともある。


 自分のブラ流出した上、ノーブラだとバレ、映画のネタバレまで……なんか色々終わった気がした麻莉亜まりあだった。




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