第71話 覆水盆に返らずに気付く。

 渡辺寧未ねいみはある会話を思い出していた。それは勉強会の翌日、教えてもらった圭のスマホに暇つぶしを装って電話した時の会話。


「川守サン。悪いけど、1点で勝てるなんて神崎を甘く見てないか?」

 普段はいつも眠そうな目をしてる神崎俊紀としき『11番』だったが、ピッチに立てば別人になる。そしてここぞという時、必ず決めてきたのが神崎俊紀としきだった。

 寧未ねいみは内部進学組なので、そんな俊紀としきの決定力を小学時代から見てきた。味方として。だけど今回は明確な敵なのだ。


「わかってますよ、ナベ先輩。1点じゃ足りない。場合によっては2点だってひっくり返す力がある。でも、忘れてませんか?」

「忘れる? アレか? 吉沢が……沙世さよが『B2』だってことか? いや、それを込みにしてもバケモンだぞ、神崎は」


 寧未ねいみは目つきの悪さと、漂うオーラから誤解を受けがちだが、意外に褒める。いや、あまりチームメイトをけなす事がない。いじられ担当の田中アキですら、守備がザルだといじるがそれ以外は、その才能を唯一無二と感じている。


 ただ、当の田中アキが恐怖に支配されているので、まるで伝わらない。


「先輩、沙世さよもですがいるじゃないですか『鬼の守備』渡辺寧未ねいみが」

 その言葉に、電話越しながら顔が真っ赤になったのを寧未ねいみは覚えていた。


(信用されるのは、うん。悪くない)


 寧未ねいみは本職の左SBサイドバックに入り、5バックの一翼を担う。そこに声を掛けられた。


「渡辺。神崎のマンマーク頼むね!」

 守備リーダに抜擢されたのは、攻守でもっとも圭の信頼を得ていた石林奏絵かなえ『19番』だった。

『541』の『5』の部分の真ん中で攻守の要となる存在だ。


「了解。無理しないぞ、セーフティーで行く。神崎が持ったら蹴り出す」

「それでお願い! あとわかってるよね?」

「わーてる、違う役割だろ? アキとの息はぴったりだ」

(それ思ってるの渡辺だけだからね)

 奏絵かなえは前線で張る田中アキをチラ見しながら、吹き出しそうになる。


(でも、やっぱしすごいな、川守さんは)

 奏絵かなえは守備陣中央に陣取り、圭の戦略眼に息を飲む。奏絵かなえは経験してきた。練習試合ですら出場できないベンチで、ずっと見て来た。最近の蒼砂そうさ学園は格下相手に勝ち切れてない現実を。


 ここ最近県大会突破出来てない。小林姫乃ひめの『10番』神崎俊紀としき『11番』渡辺寧未ねいみ『3番』など、タレント揃いの黄金世代と言われる今の2年生ですら、県大会3位止まり。


 理由はいくつかある。単純に蒼砂そうさ学園はなぜか小林総監督が『343』システムに固執しているように見えた。確かに県下有数の攻撃陣を擁する蒼砂そうさ学園に『343』が最適解なのはわかる。


 だけど、最近蒼砂そうさ学園が『強豪校』から『古豪』と呼ばれるようになっていた。蒼砂そうさ学園の強さはもう過去になり始めた証拠なのだ。


 しっかり対策さえすれば、蒼砂そうさ学園は怖くない。そう思われていた。事実奏絵かなえが驚いているのは、最近の対戦校が採用するシステムを圭が迷いなく採用した点だ。


 しかも、ワントップに吉沢沙世さよではなく、俊足田中アキを採用したことが『A1』に与える心理として大きいハズ……

(互角の戦いが出来るかも……)


 そう思って一瞬、奏絵かなえの脳裏に少しだけ嫌なイメージが横切った。蒼砂そうさ学園のイギータこと樋上ひのうえふき『23番』だ。GKとしての身体能力はAチームの正GK佐々めぐみに劣らない。


 しかし、問題は樋上ひのうえふき『23番』の自由過ぎるプレースタイルにある。超攻撃型GKはチャンスがあれば、センターサークル辺りまで押し出す。しかも樋上ひのうえふきは、CBセンターバックにもあがれと激を飛ばす。


 もちろん、その際ゴールマウスは無人だ。


 なので、蒼砂そうさ学園がカウンター攻撃を喰らえば一気に窮地になるが、樋上ひのうえふきは凡人ではない。GKでありながらゴールも決める。FKを任されることも少なくない。


 だがしかし! 今日守備リーダを務めるのは自分なのだ。いや、キャプテンマークを巻いているのは自分自身なのだと奏絵かなえは自分に言い聞かせた。


ふき。悪いんだけど、今日は中にいてよ」

「ええ~~無理! こんなゴールマウスの近くにいたら窒息しますよ~~」

 いや、おまえGKだからな? GKがゴールマウス近いと窒息するなら世界中窒息者だらけだよ、奏絵かなえは声を大にして語りたい。だけど、時間がないので諭すことにした。


「じゃあ、ふき。せめてもう1点入るまでペナルティーエリア内にいてよ」

 もう、懇願に近い。樋上ひのうえふきは少し考え「ぴこん」みたいな顔した。もちろんろくなこと思いついてない。


奏絵かなえちゃん、その1点。私が上げるってのはどう? 激萌え‼」

 あぁ、そう来たか。奏絵かなえはこめかみを押さえた。仕方ない、この自由さが樋上ひのうえふき樋上ひのうえふきである所以なのだ。


 そんな頭痛しか感じない奏絵かなえに、更に思ってもない一言が樋上ひのうえふきから発せられた。


「だってさ。川守くんが、いいっていうんだもん『お前の好きにしろ』って『お前はお前の嗅覚を信じろ』って。なんか、今日ゴール決めそうな予感バンバンするんだよね~~」


 奏絵かなえは初めてベンチの圭を恨めしい目で見た。









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