第72話 相容れない存在に気付く。

 状況は『A1』にとって良くない、とても。強力な攻撃陣が売りのハズの蒼砂そうさ学園Aチームだったが、最大のパス供給元である小林姫乃ひめのはベンチで指揮を執っている。


 ハイプレスや足元の技術で並ぶ者がいない沙世さよは『B2』でプレー中だし、サイド攻撃や正確なセンタリング、豪快なカットインが武器の田中アキも今は『B2』なのだ。


 攻撃の起点はカルロスこと、神崎俊紀としき『11番』のみ。確かに彼女はひとりで局面を変えることが出来る選手なのだが。


 そこには『鬼の守備』こと渡辺寧未ねいみ『3番』のマンマークがガッツリ立ち塞がる。


 しかも渡辺寧未ねいみは奪い取ったボールを繋げようなんて欲はない。ただ単純にサイドに蹴り出し、攻撃のリズムを断ち切った。


 何より『かわす』プレイスタイルの俊紀としきにとって、ガツガツフィジカル押しでくる寧未ねいみは相性が悪い。


 俊紀としきはあまりフィジカルが強くない。


 囲まれそうになる前に姫乃ひめのにボールを預け、マークを剥がしゴール前に出るのがいつものスタイルなのだが、だけど完全に孤立無援だ。


 リトリートという超が付くほどの守備陣形。


 実は相手ボールになったと思われる相手スローインを奪い取り、カウンター攻撃に繋げる絶好の機会になっていた。


 奪い取ったら無理をせずに一度奏絵かなえを経由し、前線で張る田中アキにロングフィードされる。


 正確なパスの持ち主の奏絵かなえだが、成功率は高くない。


 これは単純に田中アキがターゲットなのがバレバレだからだ。でも、これはこれでいい。


 そこから田中アキと沙世さよによるハイプレスが展開される。


 仮に奪えなくても『B2』にとっては安全圏で試合が進む。


 そして確実に時間が消費されていく。圭のプラン通り20分を消費していた。残り20分を切るところまで来ていた。


 このまま逃げ切れる。そんな風に思い始めていた奏絵かなえだったが異変が起こった。


 しかも何もない、何も起こるはずのない彼女の背後から。


「上がるよ‼」


 その声に、姿に、その上がる後姿、背番号『23番』蒼砂そうさ学園きっての超攻撃型GKがピッチを躍動する。


 なれたもので、樋上ひのうえふきが上がるとなると彼女の前を走らないと試合後ふきは拗ねる。


 超絶拗ねる。それを恐れるというか、慰めないといけなくなるCBセンターバックの2名も上がる。


 事情の分かっているBチームのディフェンス陣は全員攻撃に移った。奏絵かなえひとりがポツンと取り残されそうになる。


「もう! あんたって子は‼ 自由か⁉」


 諦めた奏絵かなえも上がり『1』の『5』と『4』の間のスペースはコンパクトに保たれ、前線でハイプレスする沙世さよとアキに迫る。


 こうなれば『A1』が採用する『343』はめちゃくちゃ不利になる。


 どう考えても守備の枚数が足りない。敵ゴール前10メートル地点で田中アキは1度右サイドを駆け上がる渡辺寧未ねいみにマイナスのパスを出す。


 この位置まで寧未ねいみが上がることは、ほとんどない。だからということもある。


 寧未ねいみのスキルは長年チームメイトのAチームの面々でも、守備に極振りされていると思い込んでいた。


 だが、それだけの選手ではなかった。安易に詰めてきたDFを軽く手で距離を取らせ足元のボールに触れさせない。


 そこから相手の1番迫られたくない最終ラインのサイドに真っすぐ持ち込む。


 こうなればセンタリングを上げても、オフサイドトラップに掛からない。


 いや、いきなりの猛攻で『A1』のディフェンス陣は、ラインを上げることに戸惑いを感じた。


 ラインを上げオフサイドトラップが発動できなければ、相当なピンチに陥るからだ。


 正GK佐々めぐみ『1番』は冷静に戦局を分析する。ニアサイドには身体能力の優れた沙世さよが詰めようとしている。


 パーサイド(遠いサイド)には既に俊足の田中アキが陣取っていた。味方の戻りが遅い。攻守の切り替えに問題を抱えるのは、今に始まった事じゃない。


 しかも先ほど先制点を決められた直江田海咲みさき『21番』が、ゴール正面のいい位置にいる。


(ちっ……パスコース三か所かよ‼ 悪い冗談やめてよ!)


 前までの佐々めぐみなら、早々に直江田海咲みさきの可能性は削っていたが、先程決められたゴールでの迷いのなさに違和感を感じていた。


(あの川守だっけ。あいつに入れ知恵されてる)


 分析力がマネージャー船頭せんどう恵梨香エリカバリの佐々めぐみは、圭と海咲みさきのやり取りをまるで見てきたように理解していた。


 だから、余計にパスの出しどころを絞れない。


(順当なら……吉沢だ。だけど、田中との関係性を考えると……)


 渡辺寧未ねいみのことを知っているからこそ、増える選択肢。だが時間は待ってくれない。


 寧未ねいみはDF2枚を背負いながらも、易々とボールをゴール前に低い弾道で蹴り入れた。


(ついてる!)


 佐々めぐみは渡辺寧未ねいみから放たれた、低い弾道のコースを見てほくそ笑んだ。


 寧未ねいみからのボールは低く速い。


 コースは沙世さよの背後を通過するだろうし、直江田海咲みさきからは遠い。


 田中アキを狙ったものだろうが、パスコース線上には『A1』のCBセンターバックが待ち構えている。


(イージークリア)


 その風景を見た『A1』全員がそう思っただろう。


 味方のCBセンターバックが足を出すだけで、この一瞬訪れた危機は回避し、その上でがら空きになった相手ゴールをおびやかせばいい。


『A1』の誰もがそう思った。


 ベンチの姫乃ひめのですら声を張り上げてカウンターの指示を出した。ここを凌げば同点だ。誰もが信じて疑わなかった。


 だが、どうだろう。急ぎ過ぎてないだろうか? 急ぎ過ぎて今に集中出来てないんじゃないのか? なにか忘れてないか?


 どうして、ここを凌げばカウンター攻撃が出来ると考えたんだ? そう判断させた出来事はなんだ?


 寧未ねいみにより蹴り込まれた低い弾道のセンタリングは、沙世さよの後方をすり抜け、直江田海咲みさきの届かない前方を通過し、田中アキが待つパーサイドに到達するには相手CBセンターバックのありえないミスを期待するしかない、ハズだった。


 佐々めぐみはここに来てようやく異変に気付く。感じ取るべきだった多くの疑問が、芋づる式に答えを導き出す。


 佐々めぐみの視線には『A1』でも『B2』の物でもない黄色のド派手なユニホームの躍動する姿をとらえた。


 その黄色い物体は佐々めぐみの思考能力を置き去りにして、寧未ねいみからの低い弾道のセンタリングに飛び込んだ。


 ドンピシャのタイミングで繰り出されたダイビングヘッドは、またしても蒼砂そうさ学園『A1』のゴールネットに突き刺さった。


樋上ひのうえ‼ 樋上ひのうえふき‼」


 佐々めぐみは後輩で相容れることないプレイスタイルを貫く、樋上ひのうえふきに考えてもない苦汁を飲まされた。











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