第73話 煽られてることに気付く。

「川守っち~~イエ~イ☆ センキューメーン☆」


 ラッパーっぽくポーズを決め、悠々と樋上ひのうえふきは自陣のゴールに引き上げる。


 CBセンターバックふたりを引き連れて。見ようによれば付き人のようだ。


「何が走ったら尿漏れするよ、めちゃくちゃ走ってるし」

 苦情めいた言葉を吐き捨てるのは圭の担任で、女子サッカー部顧問立花だった。


「誰かと思えば敗軍の将。兵を語らないでください」

「はいはい。なんとでも言いなさい。負けは負けよ、いい気になってると痛い目に合うわよ」

「経験者は語るですか」

「感じ悪ッ! なんで『B2』の子はこんなヤツの言うこと聞くの? ワケわかんない‼」

 立花は手足をバタつかせた。

(こういうところがダメなんじゃないのか? あざといんだよ…)


 こんな狙った感じが鼻につくのだろうと圭は思ったが、言わない。めんどくさいし、興味もない。ただ、ひとつだけ興味があったのでそれだけは聞くことにした。


「先生は――なんでランニングばっかさせたんです?」

「聞きたい?」

「いや、いいです。オレ残念なくらい先生に興味ないんで。今のも場つなぎで振っただけなんで。付け加えると早く2年になって、担任変わんないかなぁと思ってます」

「辛辣~~(泣)でも平気! 割りと言われるし! そんな訳で特別に教えてあげる!」

 断ろうとしたが、その前に立花は語り出す。


「新しい風が必要なの! 蒼砂そうさ学園女子サッカー部には! そう思わない?」

「新しい風ですか? 風を感じたい感じですか?それ陸上部かバイクに。任せてよくないですか?」

「聞きなさい! 実は私新しい戦術を取り入れようと画策していたの!」

「新しい……嫌な予感しかしませんが」

「そう? 聞いて驚きなさい! 私は蒼砂そうさ学園女子サッカー部に『ゲーゲンプレス』を導入します!」

「そうですか。へぇ……」


「あれ、反応低いなぁ……もしかして感動し過ぎて言葉もでない?」

「いえ、ばかばかしいんで言葉を失ってます。バカも休み休みにしろって親に怒られませんでしたか?」

「何がダメなの?」

「ダメじゃないですけど、オレたちプロじゃないですから」

「なによ、やってみる前から諦めるの? なんにでもチャレンジしないと!」


 圭は近くにいた船頭せんどうに助けを求めた。船頭せんどうは肩を竦めるところを見ると、圭の呆れた理由を察しているようだ。


「面倒なんで答えを言います。オレたちはプロじゃないってのは、試合間隔の話です。プロなら試合後少なくとも数日オフになる。だけど、部活はそうじゃない。トーナメント方式だから1日に数試合しないとです。総当たり戦でも同じ」


「それがなに?」

「そんな消費が激しいプレッシングサッカーを展開したら、次の試合で動けないでしょ? それとも2試合目全員入れ替えますか? そういうスタミナコントロールも重要なんです」

「そこは根性で……」

「そういうなら、残り時間そこで休まずスクワットしてみてください。まずは大人が根性見せてくださいよ(笑)」

 言ってもわからないなら、わが身に聞いてもらうしかない。圭は立花を置き去りにしてベンチに戻る。


「残り時間、10分ちょいか」

 圭は独り言のようにつぶやいた。誰に言ったつもりもないが返事が返って来た。


「そだね~~ところで、君。おもしろいサッカーしてるね~~私も混ぜてくんない?」

 その声の持ち主はそう言って、どかっとパイプ椅子に座った。見ない顔だ。ボブカットで丸顔。どこか猫のような愛嬌のある表情をしてる。そして自分の隣の席のパイプ椅子をぽんぽんと叩いて圭を呼ぶが、試合中圭は座ることを好まない。


「あれ、はるか。もう、おたふくいいの?」

「うん、船頭せんどうちゃん。おかげさまで」

「おたふく……『8番』の?」

「そう。川守くん、早乙女の時会えなかったもんね」

「ほうほう、君が船頭せんどうちゃんイチオシの川守圭ですか~~よろ~」

「そっちが噂の『8番』か。まだおたふくの腫れ引いて無くないか?」


「川守くん‼ ダメよ! はるかはその……体系はスーッとしてるけど、丸顔なの! 決しておたふく風邪の腫れが引いてないワケじゃないの‼」

「マジで?」

「マジよ。ほら、押してみて…ね?」

『ね?』と言われても押したところで、丸顔とおたふく風邪の違いは判らない。ふたりして頬っぺたをツンツンするもんだから、はるか、三浦はるかはガチギレして手を振りほどいた。


「だ~~っ‼ 乙女の頬っぺ、ぐりぐりすんな! ぐりぐり! ったく! 今回は水に流したげるから、代わりに試合出させてよ。もち負けてるAチームで。残り10分ないんでしょ? 2点差。楽勝じゃん~~それとも私が出たら勝てない? ねぇ、ねぇ怖い? 黙っといたげるから言ってみそ? ねぇ、ねぇ~~か・わ・も・り~~」


 安い挑発に乗ったワケじゃない。しいて言うならめんどくさいから。でも、蒼砂そうさ学園で『8番』を1年生で付ける実力を見てみたかった。三浦はるか『8番』は颯爽とジャージの上下を脱ぎ捨て、姫乃ひめののところに向かった。


「あいつ……お片付けしろよ……」

 圭は仕方なく三浦はるかが脱ぎ捨てたジャージの上下を拾い上げ、畳んだ。


 ***

「遥。もういいの? 腫れ引いてないじゃない」

「はいはい、引いてないです! 今さんざんそのネタBチームでやられたから、お腹いっぱい! 先輩勝つ気ありますか〜〜? もしもし?」


「はぁ⁉」

 姫乃ひめのは生意気な後輩にガンを飛ばした。





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