第74話 経験の違いに気付く。

「センパイ~~知ってますか? 時間は有限なんですよ?(きゅるん)」

「何が『きゅるん』よ! なにかわい子ぶってんの! 知ってるわよ、そんなこと。あんたと無駄話してる間に刻々と時間が過ぎ去ってくことくらい‼」

「なら、話が早くて大助かり~~善は急げですよ、センパイ~~私出ます、センパイも出ないとでしょ?」


「はぁ? いや、今回交代枠なしだから! ってか、あんたメンバー外だから出れないわよ!」


「そんな、言わない! 川守出ていいって! やっぱ、男子って丸顔癒し系に弱いのね~~センパイも頼んでみたらどうです? 今ならスライディング土下座でなんとかなるんじゃないですか? その際には『出たい! 出たい! 川守~~姫乃ひめのの一生のお・ね・が・い♡』は不可避です!」

(えっ? 川守圭って意外にチョロいの?)


 姫乃ひめのはまんまと三浦はるかに騙され、スライディング土下座からのおねだりを強行した。


 ***

姫乃ひめの。いいの? 出ちゃって?」

 交代でピッチに入った姫乃ひめのに神崎俊紀としき『11番』が駆け寄る。


「大丈夫、川守の

(了承って今のスライディング土下座よね、いやばっちり見てたけど……案外プライドないのね)


俊紀としきちゃん、私もいるんだけど?」

 姫乃ひめの『10番』は右インサイドハーフ、三浦はるか『8番』は左インサイドハーフに入った。


はるか、大丈夫なの? まだおたふく風邪治ってないんじゃ……」

俊紀としきセンパイまで⁉ いや、全開ですが? この頬っぺの感じが私ですが?」

(あれ? はるかって、こんなにふくよかな顔だっけ?)


俊紀としき! はるかの顔がまん丸なのはいいの! ルール曲げてまで交代枠で2枚出たんだから、わかるよね?」


(いやいやいや、そもそも姫乃ひめのがなんではじめから出なかったかって話なんだけど? 言ってたわよね?『B2』へのハンデだって! しかも、はるかまでってほぼ反則でしょ、ルール無視でしょ! メンバー外なんだから!)


 カルロスこと、神崎俊紀としき『11番』は言い返したいものの、めんどくさいのでやめた。時間もないし……


 こうして蒼砂そうさ学園『A1』の攻撃を担当する面々が、ようやく顔を揃えた。


 3人の内、三浦はるか『8番』だけ1年生だが、初等部から一緒にやって来た。今から何をすべきかなんて、軽い目配せだけで理解できた。


 三浦はるか『8番』がおたふく風邪後、久しぶりの合流ということもあり、センターサークル辺りからゆっくりとボールを保持し上がる。『B2』のディフェンスが付くものの、深追いはしない。


 センターサークル辺りではマンマークではなく、ゾーンでディフェンスする決まりごとになっていた。


 超守備的布陣『リクリート』は自陣に引いて、ゴールにカギを掛ける、そんな感じだ。攻める側はそのカギをこじ開けないとゴールは生まれない。一見攻め側に一方的不利に見える布陣だが、実はそうでもない。


 守る側は一方的に攻め続けられる。攻めるより守る方が消耗が激しい。それは体力的にと言うより精神的にだ。常に緊張状態を保つのは難しい。


 そして今ピッチ内でボールを保持している三浦はるか『8番』は、この超が付くほどの守備的布陣を崩す方法を知っていた。


 中央に張る神崎俊紀としき『11番』に1度ボールを預ける。想像していたが石林奏絵かなえの寄せが速く、そして厳しい。


(うわっ、奏絵かなえちゃん。さっすが~~グイグイ来る~~)

 神崎俊紀としき『11番』に出したものの、知っていたが神崎はそれ程キープ力が高くない。すぐさま三浦はるかはボールを貰いに上がる。


 ここまでは割とゆっくりとしたペースで押し上げていたが、俊紀としきからのバックパスを受けたはるかは、その戻しのボールを軽くはたくように右サイドの姫乃ひめのに出す。


 狙いどころは右サイドだ。


 左サイドには『鬼の守備』渡辺寧未ねいみ『3番』がいるし、中央にはこちらも守備が得意なピボーテ石林奏絵かなえ『19番』がいる。しかし、右サイドにはこの両名に比べ、守備が落ちた。


 そこを崩す、それが狙いなのだが途中出場の姫乃ひめのはるかも『リクリート』の最大の弱点を知っていた。


 姫乃ひめのは右サイドで、ゆっくりとボールを保持し続けた。『隙を突く』なんて考えてない。ただ、相手ディフェンス陣を焦らすためだけにボール保持をした。


「激しくいっちゃダメだからね‼」

 ディフェンスリーダーであり、キャプテンマークを付ける奏絵かなえが右サイドで姫乃ひめのを取り囲む、味方ディフェンス2名に声を掛ける。奏絵かなえもまた『リクリート』の弱点を理解していた。


 好位置でFKフリーキックを与えない、与えてはいけない。しかし、蒼砂そうさ学園女子サッカー部キャプテンの小林姫乃ひめのもまた理解していた。


 どうやれば好位置でFKフリーキックを得るかということを。奏絵かなえ姫乃ひめのの違いは、大きくひとつ。姫乃ひめのは常に試合の中で実践してきたのだ、FKフリーキックを貰う動きを。


 一瞬だった。隙を突いたとかじゃない。姫乃ひめのはディフェンスに付いていた選手を強引に払い除け、突破をはかった。


 そして経験が浅い右サイドのディフェンダーは、置き去りにされた姫乃ひめのの背中を追い、足元にスライディングし取り返そうとした。姫乃ひめのは足を取られ、宙を舞った。





 



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