第75話 秘密兵器に気付く。
『ピィ‼』
短く吹かれたホイッスル。ペナルティーエリア外。角度のない位置ではあるが
(相変わらず、こういうせこいの得意ですよね、センパイ)
(せこい言うな!
(ですです! さて……私蹴っていいですよね?)
(はぁ? あんたおかしいんじゃない?
三浦
相手ディフェンス陣と攻撃陣が入り混じるゴール前。
「くっ!」
短い気合いと共に、
背面跳びのように飛んでゴールを防いだ、
痛みをものともせずに、体勢を立て直そうとした
『ピ、ピ――ィ‼』
転々とゴールマウス内を転がるボールを拾い上げ、センターサークルに戻る『11番』を
(やだ、なんか妙なのが目覚めそう……)
ゴールを決めた瞬間
フットボールにおいて『2-0』は決してセーフティーではないとよく言われる。
フットボールはそれ程多くの点数を競う競技ではない。そんな中2点のビハインドは、明らかに優勢だし、誰もがそう思う。そう思うからこそ1点返された時の心理的落差が大きい。
『自分たちは1点リードしている』から『1点しかリード出来てない』に変わってしまう。そして追い上げ側は、あと1点と押せ押せムードになり、心理的に逆転してしまう。
冷静になれば、あと2点失わない限り負けることはないのだが、選手もベンチも浮足立つ。浮足立ち自信を見失った時、本来のプレーが出来るだろうか?
答えは『難しい』だ。不可能ではない、ただ『難しい』だ。自信はひとつ、ひとつに付いて回る。今のパスは正しかったのか、ここでドリブルでいいよな? ラインを押し上げていいんだっけ?
そして今、ピッチ内の『B2』のディフェンス陣に動揺が走る。先程のファールからの失点。あの場合、ファール覚悟で止めるしかなかった。もし、その判断が遅れることがあったらペナルティーエリア内で止めるしかない。
シュートを打たれるか、ファール覚悟で止めるか。止めるなら、ペナルティーエリアの外でないとPKを与えてしまう。
だから、先程のファールは間違ってない。そう思うべきだし、言い切るべきだ。
しかし
ディフェンス陣リーダーの
この場合、経験や実績の大きさから渡辺
(自分のせいだ……)
下を向くことしか出来ないでいた。
「川守くん、なにか声かけしないと」
「わかってる。でも、ここは自分たちで修正しないと。ピッチにいるのはオレ達じゃない」
その役割を圭は
しかも、入学後すぐに
何よりAチームに在籍しておきながら、自分から『B2』に手をあげたことは、誰もが知ることで、それを
事実は違うかも知れないが、自分たちが欲しくても持てないでいた『余裕』を持つ
人の努力する姿は見えないものだから。
あいつは『天才』だとか、そういう簡単で分かりやすい言い訳にすがり、前を向かなくなる。誰よりも早い時間から練習をし、誰よりも遅くまでグランドに残る。誰よりも多くのスパイクを消費し、誰よりも多く汗を流した。
単純な答えを持つ者の言葉は時として届かない。次元が違い過ぎて届かない。努力の積み重ねが違い過ぎて届かない。
しかし、そんなすべてをひっくり返す、
「な~に、下向いてんだ、お前ら‼ タカがパッと出の『おたふく』野郎にやられただけだろ? あと明らかに型落ち感が否めない『なんちゃってキャプテン』と人生の大半寝てる『ぐ~たらフォワード』が、たまたまぐー然、こせこく決めただけだろ! パス出せや! こらぁ~~‼ 私がフットボールだ!」
大音声で叫んだその声の主は、自身の『16番』を親指で刺しながら、ひとり気を吐いた。
田中アキ『16番』俊足ドリブラーであり、ペテン師のようなフェイントを武器に、ディフェンス陣を切り裂く彼女が、ここに来てまた一段階段を登ろうとしている。
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