第76話 新しい目標に気付く。

「アハハ! よく言ったアキ!」


 腹を抱えながら肩をバシバシ叩くのは渡辺寧未ねいみだ。正直、アキはこんなテンションで寧未ねいみに肩を叩かれるのは、恐怖しか感じない。アキは心の底から寧未ねいみに対し恐怖しか感じない体になっていた。


「誰が『おたふく』野郎よ!」

「型落ち感が否めない『なんちゃってキャプテン』って誰かしら、姫乃ひめのわかんない~~」

「人生の大半寝てる『ぐ~たらフォワード』言い得て妙だわぁ」


 アキに煽られた3人は三者三様の反応をする。付け加えると姫乃ひめのは語尾に「けっ!」と付けた。それなりに激おこなのだが、渡辺寧未ねいみに比べれば所詮は中ボスクラス。


 命を本気で取りに来るような、気迫の寧未ねいみに比べれば、アキの中では雑魚だった。


 そして、このアキの激で湿りかけた『B2』は攻撃のリズムを取り戻した。


『B2』のキックオフで再開された試合は、一度奏絵かなえにボールを預けるが、すぐさまひとり気を吐く田中アキにロングフィードされた。取り囲まれるアキの傍により沙世さよがパスを求める。


「はぁ⁉ いま私がフォワードなんですけど! フォワードは打ってなんぼでしょ! だいたいあんた、この試合まったくもって姿消えてますが?」


 悪態をついた後、アキは単独でドリブル突破を試みる。


「川守くん、田中さんってドリブル突破がなんか他の人と違いますけど、どこが違うの?」

 マネージャーの船頭せんどう恵梨香エリカは、バインダーを広げながら圭に意見を求める。


「そうだな……アキのドリブルは他に比べて、タッチ数が異様に少ないんだ」

「タッチ数が少ない? それってあんまり触らないってこと?」

「そう。触り過ぎると速度が落ちるだろ? だけど、実際はそんなに速くない」

「速くないですか?」

「正確にはトップスピードを温存してる感じ」


「でも、それじゃあ、止められません?」

「止められない。あいつのフェイントはペテン師クラスにうまい。ちょっとした動き、目の動きとか、首の振り、手の動きでディフェンダーを思い込ませるんだ、こっちに行こうとしてるって」


「でも、田中さんて……」

「知ってる。バカなんだろ? たぶんそんな難しいこと考えられないハズだから、本能でやってんだ。だから迷いがない、バカと天才は紙一重。アキはバカだけど」


 辛辣なことを言うが、圭はアキの突破力には一目置いていた。そして本能型なので、相手がどこを嫌がるか知っている。


 アキは奏絵かなえから中央近くでボールを受けたのだが、サイドにボールを保持しながら流れた。『43』の『3』のDF部分が相変わらず、枚数が少ないことがわかっているのと、サイドに流れる動きが残り時間を消費すること。


 そして最大なのは、時間がない『A1』にとって、この動きは厄介だ。対処しなければ時間は刻々と失われる。


 田中アキはこの場面においても、相手ディフェンダーをゴール前から『剥がす』動きをした。田中アキからすれば、奪いに来なければ時間が無くなり試合終了だし、ゴール前からディフェンダーを剥がせれば追加点を奪い、突き放すチャンスが生まれる。


 なんにしても『A1』のディフェンス陣が、アキに詰めない選択肢はないのだ。そしていい感じにディフェンダー2枚を引き出し、手薄になったゴール前にいる沙世さよ目掛けセンタリングを放つ。


 沙世さよはそのセンタリングをダイレクトで放つものの、合わずにゴールマウス左を大きく外した。


「吉沢! 決めろよ! このポンコツ!」

「田中アキ。決めて欲しいなら、もっと速いセンタリングして。田中アキのもったりとした玉じゃ、私の速度に合わない」

「なんだと! こちとらディフェンス2枚引き連れてんだよ!」


 そんな口喧嘩と共にホイッスルが短く鳴らされた。タイムアップしたのだ。


 そこから何度となく、手慣れた感じで姫乃ひめのによるスライディング土下座が繰り返され、同点になるまで試合は延長された。


「今日のところは引き分けね」


姫乃ひめの、どの口がそんなセリフ吐けるの? ごめんなさいね、川守くん。負けず嫌いで」

 神崎俊紀としきは捨て台詞を吐く姫乃ひめのに代わり申し訳なさそうに頭を下げた。


 ***

 圭と『B2』は結果を残し、蒼砂そうさ学園Bチームは圭が正式に指揮を執ることになった。顧問の立花もまた学生時代、日本サッカー協会指導者ライセンスC級まで取得していたことがわかり、引き続きBチームを圭と指導することになった。


 まぁ、実際のところは圭に付いて色々勉強するのだが、圭が油断したら余計なことを仕出かし、部員達に陰で『婚活しろよ、立花』と陰口を叩かれた。


 そんな中、圭と立花の発案で蒼砂そうさ学園Bチームは独自の強化策に取り組むことになった。Aチームと切り離し『蒼砂そうさ学園B』として対外試合を組んだり、大会に参加することになった。


 その一歩として圭が立花に任せた仕事があった。Bチームだけのユニフォームの作成だ。Aチームとの差別化もあり、また正式な大会に参加する以上背番号は『1から30までの通し番号』にする必要がある。


 現状Aチームと同じユニフォームを使用しているので、背番号が30までに収まらない。


「確かに任せましたよ、ユニフォームのデザイン。なんです、このシティまるパクリのスカイブルーは? ご丁寧にショーツも白にブルーのラインじゃないですか」

「いいじゃない! 好きなんだもんシティ!」


「先生、この間までリバプールのファンだったでしょ!」

「そっちはアウェイ用に取り入れました!」

「また丸パクリ!」

「いいじゃない、ユニに負けないくらい強くなれば!」


(それもそうか、あの試合以来Bチームも自信つけたし……)


『パンパンパン!』

 圭はBチームのメンバーを集合させた。


「新しいユニフォームが仕上がった。このユニフォームに負けないくらい、空色の風のようにピッチを駆け巡って欲しい。それから、いい知らせだ。県が強化を目的に知事杯を開催することになった。我々Bチームも『蒼砂そうさ学園B』として出場する。大会で勝ち進めばAチームと戦うこともある。どっちが強いか大会で思い知らせろ!」


 圭の激に蒼砂そうさ学園Bチームの面々の顔は高揚した。

(このチームは強くなる、必ず)

 圭は諦めたフットボールの夢を、新しい形で追い求めることになった。


【ご挨拶】

 長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。一応この話はここで一区切りしたいと思います。応援頂きありがとうございます。

 また別の機会にお会いしましょう。








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ザックリ言うと『男子高校生が名門女子サッカー部のコーチに就任して全国を目指す』そんな話。 アサガキタ @sazanami023

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