第25話 最後の希望に気付く。

「圭。どうせ暇でしょ、付き合いなさい」


 雨音あまねはそっぽを向きながら命令する。気のせいか少し顔が赤い。的外れの怒りに照れてる。


「嫌だ。こう見えて疲れてんだ。知ってるか? オレ麻莉亜まりあちゃんの看病してたんだ。この『くだり』さっきやったろ?」


「知ってるわよ。だからその労をねぎらうためにデートしてあげるって言ってんの。なに? 不服なの?」


 どうしたことか、雨音あまねは圭に対してはお姉さまもしくは王女さまキャラになってしまう。


 よくないなぁ〜と思いながらも「圭のクセに生意気」になってしまう。後で「あんなこと言わなきゃよかった〜」となるのに。


「そうだなぁ……ツンデレ風で誘ってみろ」


「はぁ⁉ 馬鹿じゃないの? なんで私が圭にそんなことしないといけないのよ。まぁ、圭がどうしても私とデートしたくて、言い訳に使いたいならそうしてあげなくもないけど? でも、言っとくけどあんたのためじゃないんだからね! 勘違いしないでよね!」


 上目遣いの『泣きホクロの女神さま』は圭の手の甲をつねり「もう、意地悪、なんだから……」と。雨音あまねは圭の要望以上にツンデレした。


 ***

「デートってヨーカドーなのか、安いお姉さまだなぁ」


 圭と雨音あまねはクリスマスの翌日、つまり普通の平日の午前中にヨーカドーに来ていた。


 休日はそこそこ賑わっているが、流石に平日の午前となると閑散としている。まぁ、まだ開店数時間後なのだ。食料品売り場じゃなく衣料品売り場はそんなもんだろ。


「仕方ないでしょ。圭は麻莉亜まりあとのデートで財布空でしょ。年上の配慮に感謝なさい。そしてひれ伏して泣きなさい。あとヨーカドーを悪く言ってごめんなさいは?」


「その配慮はありがたいんだけど、下着売り場に連れてきてるってことに? あとなんでヨーカドーの下着売り場でひれ伏した上に泣くんだ。それからヨーカドーさん悪気はないです、ごめんなさい」


 なぜか川守、吉沢両家はヨーカドーに対しての依存度がバカ高い。若干神聖な場とも思ってる節がある「ヨーカドーで売ってんだから、大丈夫じゃない?」みたいな会話が頻繁にある。知らない奴が「ヨーカドー信者乙」など吐こうものなら……


「なによ、私がどんな下着着けるか気になるでしょ?」


「許嫁のお姉さまで? そもそも概ねお前の下着は知ってる。いつも付き合わせるだろ」


「違うわよ。がどんなの着けてるか常に知りたいでしょ。幼馴染としてよ。あのね、それとね、それは過去の私でしょ? 今の私は今までの私じゃないの、今の私が選ぶ下着を見なくてどうすんの? ねぇ、あんたの向上心てそんなもんなの?」


 ちょっと何言ってるかわからない。謎のパワーワードをドヤ顔で言われても……まぁ、下着選びに付き合わされるのは、しつこいが今回が初めてじゃない。毎度のことだ。


 そのことは麻莉亜まりあと許嫁になる前からだから麻莉亜まりあも知っていて「ごめんなさいね」と何度か言われたことがあった。言うまでもないが麻莉亜まりあ雨音あまねより数段大人だ。


(まぁ、学校の知り合いと出くわさなけりゃいいか)


 圭の頭に諦めの言葉が浮かんだ瞬間――


『ガタッ‼』


 物音に振り返ると床に買い物かごが転がっていた。その側に人が立っていてその人物は口元を押さえていた。


「か、川守⁉」


 そこには髪をお団子にしたクラスメイトの北見瑞葉みずはがいた。水族館で会って以来のことだ。


「北見。よく会うな、家近所だっけ? 今日は『お団子』か? 自分でするのか? 器用だな」


「う、うん、ありがと。家はねヨーカドーのすぐ北側。川守は南の方だよね、確か……ははっ、何してんの? そのここ女性の下着売り場だけど……(もしかして川守そっち系の住人⁉)」


「なにしてるかって……何してんだろオレ(ズン……)」


 遠い目をする圭に瑞葉みずはは「そっち系の住人」疑惑の目を向ける。


 ――とその時圭を呼ぶ声がした。


「えっと……誰かと来てんの? そのお姉さん? ん? 川守ひとりっ子だよね……(お母さん……? いやいやお母さんはないわぁ~下着売り場だし!)」


「ねぇ、圭! このブルーのセットとオレンジどっちがいいと思う? このブラの刺繡めっちゃかわいくない?」


 ひょこっと雨音あまねが顔を出す。


「うっ……まさか『泣きホクロの女神さま』では⁉」


 圭は瑞葉みずはに売り場の影に咄嗟に引きずり込まれる。


「な、なんだよ、北見⁉」


! いや、北見ですが!」


 突然現れた蒼砂そうさ学園の女神に瑞葉みずははビビる。


「なんで川守が女神さまといるの? いや、なんで女神様が川守に下着相談してるの? 確かに刺繡めっちゃかわいいですが! これ夢なの? それとも私バカなの?? ごめん、失禁待ったなしなんだけど……」


 圭はひとまず瑞葉みずはに深呼吸させ落ち着くように言った。あと失禁はするな、トイレはあっちと指さした。なんか変に隠れた手前なんか出て行きにくい。


雨音あまねとは幼馴染。家隣だし。買い物に付き合わされてて、下着は……お前知ってるだろ、麻莉亜まりあちゃんと沙世さよの姉。なに混乱してやがる。周知の事実だろ」


 瑞葉みずはに「何時ものことだから」とは言えない。今に始まったことじゃない。雨音あまねは圭と下着を買いに来るのも「2択」を提示し、圭が選ばない方を選ぶ習わしも。


「あら。じゃない。に『これは』ないんじゃない?」


 麻莉亜まりあと違って鼻の利く雨音あまねは秒で売り場にしゃがんで隠れるふたりを発見。捕捉ほそくされた。


 瑞葉みずはは「⁉ 許嫁いるのに二股なの⁉ めっちゃ怖いんですけど‼ でもさ、これが噂の『姉妹丼⁉』引くわ~~知ってた? 私『リア充撲滅委員会』なんだけど‼ 君さ、ヨーカドーじゃなかったら爆破してたよ?」と小声で叫んだ。


雨音あまね。えっと……北見さん。クラスメイト」


「ふ〜〜ん、クラスメイトにしては距離感近くない? 浮気じゃない? 麻莉亜まりあにチクってやる」


(川守‼ おかしくない? 女神様が自分のことだって言ってたのに、 言うに事欠いて浮気とか本末転倒、一昨日来やがれじゃない⁉ あと『ただの』クラスメイトなんてひと言も言ってない‼ うちら同じ委員会だよね? もはやそれはただのクラスメイトなワケがない‼ ってか川守、聞いてる⁇)


 瑞葉みずはは小声で早口で叫んだ。


「――で? 圭。私に着けさせたいの?」


 圭は怯える瑞葉みずはと目を合わせ「お、オレンジかな」と引きつりながら答えた。


「そう? じゃあオレンジにする」


 雨音あまねははじめて圭が選んだ方の下着にした。


「ねぇ! 川守‼ 私どうしたらいい⁉」


 雨音あまねがお会計に行った隙を見て圭をまた売り場の片隅に引きずり込む。


「ど、どうってなに?」


! なんか私、めっちゃ睨まれた気がするんですけど? 気のせいだって言って‼ 同じ委員会でしょ⁉ 保健委員!」


 いや、保健委員関係ないから。


「睨まれたな。安心しろ、気のせいじゃない」


「なによ、それ。もっと励ます心はないのか? パートナーでしょ! 保健委員の‼ クラスメイトの健康と平和は私たちの肩に掛かってるのよ‼ 川守、自覚足んないんじゃない? 意識高く持たないと!」


「ない。っていうか。北見、お前バカなの? この状況、更にご機嫌を悪化させるぞ。それに保健委員に平和とか荷が重すぎだろ。付け加えるとお前に意識の低さを指摘されるとはな……」


「えっ? どういうこと?」


 そんな呑気なやり取りはいつまでも続かない。


「ねぇねぇ、おふたりさん。なんで私とデート中なのに? 無事にヨーカドーから出たくないの? このままじゃ『無印』がある1階まで降りれないからね?」


「な? 北見。こういうこと」


じゃないでしょ! 何とかしなさい‼ 君が私の最後の希望なのよ‼ いわゆるひとつの『ラスト・ホップ』なの‼」


 瑞葉みずははヨーカドーの下着売り場の中心で絶叫した。


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