第24話 痛みに気付く。

 麻莉亜まりあはこたつに正座して手持ちのトランプを睨む。


 つい先日までこたつにちょこんと座る姿は、まさに中1になりたてみたいだった。今じゃもう、そんなことない。


「女の子」→「女子」→「大人女子」と定義するなら許嫁になった時は完全に「女の子」のカテゴリーだった。しかも眼鏡でおさげの地味系女子。


 今では立派な「女子」だ。いや、熱を出して肉を爆食いし「吉沢家女子あるある」の法則。この時期恋をし「恋熱」の副作用で爆食いし、なぜか身長が「にゅう」と伸びた麻莉亜まりあは角度によってはやや「大人女子」の顔。


 そんな「大人女子」の数歩手前の麻莉亜まりあが何をしているかといえば、圭と1対1タイマンでババ抜きをしていた。


 1対1タイマンでババ抜きなんて面白いのかといえば、面白い。なぜなら麻莉亜まりあ発案の『5枚落ちババ抜き』なのだ。


 要は不作為に5枚前もって抜いているのと「ペア」になっても、敢えて手持ちから捨てなくていいローカルルール。もう何がなんやらのババ抜きだ。ババ抜きというより戦略要素を含んだトランプバトルになっていた。


 そんなワケで頭を使う。そうなると病み上がりには疲れる。自分で言い出しておいて麻莉亜まりあは知恵熱が出そうになる。これではあまりに本末転倒。


 流石に反省した良妻賢母は「実家に帰らせていただきます(笑)」と自宅に帰って休養を取ることにした。


『5枚落ちババ抜き』に満足したのか「もう1晩お泊りする」というわがままは引っ込めた。この辺りの聞き分けの良さが筋金入りの良妻賢母なのだ。


 圭はこうして無事に嵐のような看病生活を乗り越え、初めてのふたりの共同作業をやり遂げた。


 ***

「圭。あんた暇でしょ? ちょい付き合いなさいよ」


 麻莉亜まりあが実家(?)に戻り『少し寝ますね』とラインを受け取って小一時間。雨音あまねが圭の部屋に現れた。ちなみに子供たちはお互いの家のカギを持っていた。


 雨音あまねはお構いなしにカギを使い、沙世さよはインターフォンを押してからカギを開け、麻莉亜まりあはインターフォンを押して外で待った。


 同じ姉妹でもそれぞれ違う。意外にも雨音あまねの行動が実の娘のようで、圭の母、通称ノンちゃんは気に入っていた。


「いや、麻莉亜まりあちゃんの看病であんまし寝てないんだけど……」


 そう言いながらも圭はグレーのスエットを脱ぎに掛かる。言葉でどうこう言ったところで連行されることは変わらない。人間諦めが肝心だ。


「ちょ、圭! 待ちなさいよ!」


「ん?」


「『ん?』じゃない! なに許嫁の姉の前でいきなり着替えてるかな!」


「えっ? 別によくないか? 今までだってそうしてたろ。それに全部脱ぐわけじゃないし……どうせなに言っても出掛けるんだろ?」


 雨音あまねは顔を赤らめ目を逸らしながら「そ、それでもダメなもんはダメ‼」と普段あんまり声を荒げたりしないのに叫んだ。他には見せない「泣きホクロの女神さま」の照れた素顔。意外にも心臓がバクバクだったりもする。


「なんだ? ワケわかんないヤツ」


(ワケわかんないのはアンタでしょ‼ もう、ったら!)


 そんな乙女心に気付くわけもなく、着替えを続ける圭に思いっ切りクッションを投げつけた。雨音あまねは圭の着替えが終わってもご機嫌は斜めのままだ。


(うううっ……こっちはドキドキするわ、腹は立つわでいっぱいいっぱいなのに!)


「どうしたんだ、機嫌悪そうだけど?」


「言うに事欠いて『悪そう?』バカなの? じゃない。なんで機嫌が悪いかさっさと聞く! カウントダウン!」


 圭はここはボケて「わかったお前、」とかまそうとしたがわが身大事で自粛した。それは大正解だ。危うくラブコメ史上初の主人公殺害事件に発展していたところだ。


「なんかしたか。オレ」


「はぁ⁉ またまた、『なんかしたか。オレ』ですって⁉ なにスカしてんのよ! わかってるのよ、あんたが麻莉亜まりあを許嫁に決めた理由‼」


 圭は思った「ようやくわかってくれたか」と。


 長女雨音あまねは圭を便利使いするだけの対象だし、次女沙世さよは悪気の有無は別として、すべてのコミュニケーションが痛みを伴う。


 例えばハイタッチひとつ取っても油断したら脱臼し兼ねない。いや、実際はしないけどね。痛いのは間違いない。


 消去法で選んだ麻莉亜まりあには申し訳ないが、圭は人生最大の運をこの許嫁選択で使用したとさえ思っていた。圭曰く「麻莉亜まりあちゃん、超天使!」なのだ。


 だがしかし、いくら人生を賭けた選択に勝利したとはいえ雨音あまねに「消去法で決めました!」とは言えない。回りまわって麻莉亜まりあの耳に届いたら傷つけてしまう。超天使の頬を涙で濡らしていいワケがない!


「そりゃ……かわいいからだろ? 物静かだし……(超天使だし)」


「物静か! ほら、! それで圭はあの娘の物静かさに付け込んでしたんでしょ! わ、……圭、あの娘まだ中3なのよ‼(責任取って結婚しなさいよ、とは言えない……)」


 腰に手を当てて下からガンを飛ばす。元々目力強い系女子の雨音あまねさん。並のヤンキーさんなら涙目で財布を黙って差し出すハズ。


 圭はポリポリと頭を掻いた。


(おいおい、なんなん? じゃあなにか? オレは熱出して寝込んでる麻莉亜まりあちゃんに己の欲望のままに手を出したと?)


 圭は声を大にして言いたい「精いっぱい、我慢したけど!」と。しかし言い訳が言い訳だけあって言葉に出来ない。どうせそんなこと言ったら「今回かろうじて、我慢しただけでしょ、でしょ‼」と。


(ダメだ……絶対とは言えない……)


 いや、そこは言い切っていいだろ? なんやかんやで我慢できるだろ。自信持とうぜ! 自分が自分を信じてあげないで、一体だれがお前を信じるというのだ‼ そこは信じてやっていいんじゃないのか? 


雨音あまね――」


「なによ、怖い顔して。そんな顔しても退かないから、妹の事なんだからね!」


 雨音あまねの眼の淵が潤んでいる。怖いからじゃない。本気で怒っているから? でも、なんで雨音あまね麻莉亜まりあの看病をした圭に本気で怒る必要があるんだ。根拠が分からない。


 ただ、この時には圭は何か吹っ切れていた。勘違い、思い違い、すれ違い。そのどれかかも知れないし、どれでもないかも知れない。ただそういうのはどうでもいいと思った。


 もしこの言葉が届かないなら、何を言っても届かないだろうと圭は思った。


「おまえ、じゃあさ。オレがお前の体調が悪い妹に手を出すって思ってんだなぁ」


 ***

「あのさ……なに泣いてんの? むしろ泣きたいのはオレなんだけどさぁ……雨音あまね


「うっさい! 言うな! 誰があんたのお姉さまなの! いや、将来的にはお姉さま! だってしょうがなくない? あんたの部屋に麻莉亜まりあのパンツ干してんだもん‼ しかも何枚も何枚も‼『あぁ……麻莉亜まりあもついに……』になるじゃない!(、何か⁉ キリッ!)」


 つまりは雨音あまねは圭の部屋に干してあった麻莉亜まりあのパンツを見て、麻莉亜まりあが大人の階段を登ったと勘違いして、頭に血が上ったワケだ。


「いや、それは言ったろ? 洗濯物お前んちに返してそれから沙世さよに風邪が伝染うつったら嫌だろ? 伝染うつるか知らんけど。麻莉亜まりあちゃん女子だから洗っときたいだろ、下着。オレしかいないだろ。熱あんだから」



「おい。お姉さま、まさか『』で済ませる気じゃねえだろうな?」


「あ……『てへぺろ』とかは……? ダメですよね?」


 圭はマシマシの苦虫を噛み潰す顔して「世界で一番かわいい『てへぺろ』やってみろ」とハードル爆上げの命令をする。しかし、ここは『泣きホクロの女神さま』地上の物とは思えない『てへぺろ』で危機を脱した。


(くっ……か、かわいいじゃねえか……写真撮りてぇ……)


 得意満面な顔をする雨音あまねだったが(落とし所作ってくれたんだ……)と何気ない圭特有のわかりにくい配慮に胸がチクリとした。


(私も重症だなぁ……ホント腹立つ。なんでこんな鈍感男子を……)


 圭の頬っぺたを力任せに横に引っ張った「や、やめてくらさい~~めちゃ痛いれす」と間抜けな声で参ったをした。


(なんで私じゃないの‼ ばか圭‼)




















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