第23話 デカくなったことに気付く。

「け、圭ちゃん⁉ で、デカくなったって、見てるんです‼ えっちです‼ セクハラ案件です~~っ‼ ドント・タッチ・ミーです‼」


 麻莉亜まりあは慌てて圭に借りたスウェットの胸元を隠す。顔は真っ赤で潤んだ目で威嚇いかくするようににらむ。迫力はない精々仔猫の「シャー!」みたいな感じだ。ここまでかわいくコンボ威嚇をされるとむしろ触りてぇ~~になる‼ あると思います!


(言えねぇ……だって……)


 華奢きゃしゃなその曲線。そのあたりは圭のスエットの上から目視確認できない。観測出来ない以上これは「シュレーディンガーの猫」ならぬ「麻莉亜まりあの胸部」なのだ‼


 つまり麻莉亜まりあの胸部が圭に観測されるまで「麻莉亜まりあ現状維持スレンダーな胸部とDカップ超え」が同時に存在する!


 つまりは圭に対して言えることは『』だ。そう『前だけ向いて進め‼』なのだ! 違うか⁉ 違いました! お詫びして訂正いたします。



 まぁ、現実的な話、劇的なビフォーアフターは達成されてないと考えるのが無難だろう。 


 だから圭はここは本音を飲み込んだ。そう、男はそうやって大人になっていくもんなんだ、偉いぞ。


「いや、そこじゃ……ではなく! ⁉ いや、伸びてるでしょ! あきらかに160越えてるって!」


 若干話を逸らしてる感は否めない。若さ故に「噓も方便」とはいかない。


 そう思いながら圭は「はっ」とした。このセリフを彼は過去に2度も口にしていた。


 1度目は吉沢家長女雨音あまねの時。


 今思えば圭は雨音あまねとの口喧嘩をする時必ず「チビ」と呼んでいた。


(そういや雨音あまねも145くらいだった、中3まで。それがある日突如……)


 今では165センチの高身長ガールと変貌を遂げていた。


 いや、それだけじゃない。


沙世さよもそうだ。あいつ、身長が低いの悩んでた時期があった)


 沙世さよはサッカー女子だったが、ちんちくりんがコンプレックスだった。それがあれよあれよと169センチまで伸び、体感172センチの圭より高く見えるまでになっていた。


(それも確か中3だったよな……)


 そして、圭は「はっ」とした。吉沢母のライン。


『うちの娘たち、はそうだから』


 吉沢家女子あるある。最早これは都市伝説では……?


『うちの娘は中3に突如成長期を迎えるの、わ』


 取ってつけたようなタイミングで吉沢ママからのラインが来た。


(マジか……)


 そう思いながらも圭にとっては3度目。そろそろ免疫がつきつつあった。そう恋も2度目なら少しはうまくなるように、突然の急成長も3度目になるとまぁまぁ受け入れられる。


麻莉亜まりあちゃん、それじゃあ食欲はそろそろ(お肉ありませんが……)」


「はい。落ち着きました。大変お手数をお掛けしました。それと献身的な看病をして頂き、ありがとうございます(ぺこり)」


 圭から借りたスウェット。ほんの少しだけ袖が長いかなぁ程度までに急成長した麻莉亜まりあ。浅野内匠頭の『殿中でござる!』のように裾を引きずる感じではない。いや、例えることにより余計にわけわからん。わけわからん例えは例えじゃない。


 そうとはいえ、圭は違う意味で心底安堵した。お肉を焼き続けるのが軽いトラウマになりつつあった。ノーモア・ワンオペなのだ。


 改めて麻莉亜まりあを見る。顔も少しほっそりとして、どう見ても中1だった印象が中学生には見えないくらいになってた。下手したら高3に見られても変じゃない。


 並んで立った感じからして165センチの雨音あまねよりやや低い。162センチくらいか。クラスで1番前から最後列くらいに背の順が変わったんじゃないか?


 3人目の成長を近くで見届けたとはいえ、大概だ。吉沢ママのラインからするに吉沢ママもそうだった模様。


 そんな感慨に浸っていたところ、窓の外から物音が聞こえた。車のドアが開く音だ。


「あっ‼ 圭ちゃん、沙世さよちゃんが出発するかもです!」


 熱も平熱に戻り、急激な成長を遂げた麻莉亜まりあは素早くバルコニーに出て沙世さよと吉沢ママの姿を見かけると手を振った。


沙世さよちゃん、!」


 その声に反応した沙世さよはガレージから麻莉亜まりあを見る。隣にいる圭に軽く頭を下げた。


 妹麻莉亜まりあの看病をしてくれたことに対してのお礼のつもりだろう。こんなしおらしい沙世さよはあまりお目にかかれない。


 そして麻莉亜まりあには自分の頭の上に手を伸ばして「大っきくなったね」のゼスチャーをして見せた。並んで立つ圭より少し低い程度にまで伸びた。


 大きく手を振り吉沢ママの運転する後部座席に消えるまで、沙世さよはひと言も発しなかった。


 何か言ったらきっと泣いてしまうから。


 麻莉亜まりあの風邪を自分に伝染うつさないという心づかい。


 寝床が変わってコンディションが悪くなるかもという配慮。


 そして妹を看病してくれた圭への感謝。大袈裟だけど沙世さよは環境、周りのすべての人のやさしさを全身で感じた。沙世さよにとっては単なる強豪校との練習試合じゃない。


(朝から泣いてる時じゃない。集中しなきゃ……)


 沙世さよはこれから行われる近県の強豪校との試合に意識を集中した。


 家を離れて数分後――


 バックミラー越しに吉沢ママは次女沙世さよに話し掛ける。


「その……ティッシュあるけど? よかったら使えば?」


「うん、ありがと〜〜ぐすん、うぇ~~ん、お母さん~~」


 涙もろい沙世さよがこの状況で泣かないなんて不可避だった。いやむしろ号泣。


 ***

 沙世さよの出発を見送って、末っ子麻莉亜まりあも少し涙をうるうるさせていた。別にしばらく会えなくなるわけではない。今日の夜遅くには帰宅する。


(どいつもこいつも泣き虫)


 圭は姉沙世さよとの暫しの別れにうるうるしてるものと思いきや――


「圭ちゃん。私、治ったらもう帰らないとですか?」


「ん? えっと……」


 思っていたのと違う。バルコニーから部屋に戻り、目をうるうるさせた大人麻莉亜まりあにタジタジになる。涙に潤んだ瞳が妙に色っぽい……


(それって、つまり……まだ居たいってことだよな……オレと、だよなぁ……)


「圭ちゃん、私このままですか? ‼(懇願!)」と圭のベットでローリング・ジタバタする。


(なにこれ、かわいい……動画に撮りたい)


 圭は心のなかで頭を抱える。急成長を遂げ、見た目大人女子に近づいたとはいえ中身は中3のまんまの麻莉亜まりあ。甘え方、子供っぽい仕草を無下に遠ざける勇気が圭にはない。


 それに――


(も、も……)


 正直離れたくないのは圭も変わらない。お隣さんなんだけど……


 圭はおもむろに手を麻莉亜まりあのおでこに伸ばした。


「ま、まだ完全にかもなぁ……」


「あっ、はい! です!」


「じゃあ、雨音あまねにうつると悪いから夕方までウチにいる? その…嫌じゃなければ」


 完全に熱が下がってないはずの麻莉亜まりあは手を叩いて飛び跳ね、喜んだ。


 そして念願の「ではでは、トランプしましょう!」と雨音あまねから差し入れされたボストンバッグからトランプを出した。


 雨音あまね雨音あまねでなんで、差し入れにトランプを入れていたやら。まぁ、妹のことをよく理解しているというべきか。そう言えば家族ぐるみの食事会のとき、親たちは飲み会。子供たちはトランプやボードゲームをする。


「圭ちゃん、夕方までって明日のですよね?(笑) それとも始業式の前の日ですか?(グイグイ! 押せ押せ!)」


 あながち『私このままですか?』っていうのは本気かも知れない。


 年齢的に無理だけどね。

















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