第3話 照れ屋だと気付く。

「どう……かなぁ……その、圭ちゃん? 変じゃないですか(どきどき)」


 大げさではない。麻莉亜まりあに声を掛けられるまで圭は呼吸を忘れていた。


 わずかな時間だが、圭は渡ってはいけない『三途の川』という名の川を渡ったのか、はたまたまだ行ってはいけない『お花畑』を笑顔で駆けまわっていた実感がある。


 つまり、この世の者ではない、少なくともこの世で自分に話しかけてくる訳がないほどの「おさな女神」が目の前に降臨し、話しかけられた。


 つ、幼馴染で、‼ 許嫁になったばかりの地味な眼鏡っ娘だったはず、だと。


 圭は動揺した。


(見た目で選ぶなら雨音あまねだし、気心が知れてるのは沙世さよだ。麻莉亜まりあちゃんを選んだのは……性格)


 混乱した圭は過去にした判断をいいように上書きした。彼は麻莉亜まりあを許嫁に選んだのは事実だが、それは『性格』ではなく『』だ。


 動揺して混乱状態にある圭だったが、声は麻莉亜まりあだし、着ているコートは見たことがあるベージュで、首元と手首に白い「もこもこ」が付いたもので、寒い時鼻先が赤くなるのも子供の頃から変わらない。


 間違いなく麻莉亜まりあだ。


「ええっと……(かわいい……)うん、変じゃないよ、似合ってる」


「そ、そうですか⁉ よかった……(てれっ)」


『ほっ』とする麻莉亜まりあとは真逆で圭は少しも『ほっ』と出来ない。こんな『おさな女神』と並んで歩いたことがない。


 いや、彼女の姉雨音あまねは十分に『女神』なのだけど『女神』の『女神』いや、考えてみたら彼をパシリとして使立派な女神なのかもしれない。


「ごめんね、圭ちゃん。寒いの苦手なのに」


 何気ない麻莉亜まりあの一言に圭はドキリとした。


「知ってたんだ?」


「そりゃ~~知ってますよ、お隣さんだよ?」


 麻莉亜まりあの答えに息を飲む。彼は『お隣さん』でありながら麻莉亜まりあのことはほとんど知らない。性別と学年と……おっとりしてるくらいしか知らない。


 いや、眼鏡を外して髪を下したら「おさな女神」になることを知っているのは家族以外で彼くらいだ。


 あと、さっきの美容院への電話。意外にしっかりしていて、口調はおっとりだけど、お店の邪魔にならないように要点だけを聞いていた。


雨音あまね程じゃないかもだけど、頭いいんだろうなぁ……気づかいさんだし)


 ほんの少し一緒にいただけでこれだけの新発見があった。時間を掛ければ麻莉亜まりあのことを何も知らなかったことなんて、すぐに過去になる。


 そう知らなかったことなんて言わなければ、相手にはわからない。


 だけど、そこが圭が圭なのだ。


「ごめん、麻莉亜まりあちゃん」


「どうしました? 圭ちゃん」


「うん、オレ実は麻莉亜まりあちゃんのこと何も知らないんだ『お隣さん』なのに。ごめん」


 麻莉亜まりあは歩きながらちょっと上を見て考えた。考える時少し上を見るのが彼女のクセで、熟慮している時はそれに「口元に手を当て、ひじを持つ」が加わる。


 今まさに麻莉亜まりあは少し上を見て、手を口元、もう片方の手をひじに当てた。熟慮の姿勢だ。そして――


「それはそうですね、圭ちゃんは私のこと何も知らないですね。例えば――」


「例えば?」


「う~~ん……」


 少し引っかかった。女子的には自分で考えて答えを出して欲しい所だが、ここは持って生まれた『良妻賢母気質』答えを指し示すのも『良き妻』の務めだと思った。


 麻莉亜まりあは許嫁になった瞬間に『良妻賢母』としての自覚が芽生えた。


「例えばですね。雨音あまねちゃんと沙世さよちゃんには呼び捨てじゃないですか、圭ちゃんは。私だけ『ちゃん付け』ですよね、何でなのかなぁ~~とは思いますよ? そう感じてることも圭ちゃんは知らないですよね?」


 圭はタレ目でニッコリ笑う麻莉亜まりあの鋭い指摘に焦る。麻莉亜まりあ的には『ちっちゃな不満』なのだ。だけど、圭にそれを読み取る余裕はない。


 それにその答えは簡単だ。単に他の姉妹ほどの絡みが麻莉亜まりあにはなかった。それだけ答えればいいものの、圭は誠実な男子だ。


「ごめん、それは……その、麻莉亜まりあ……ちゃんとはあんまり喋ったことなくて……『ちゃん付け』を気にしてるのも気付かなかった」


「ははっ、そう言えばそうですね。しゃべんないなら気付けませんよね(しゅん)」


 知ってた事とはいえ、言葉にされると少し傷つく。だけど、麻莉亜まりあは頑張って圭の言葉の続きを待った。待つのも妻の務めだと言い聞かせながら『はっ』とした。


(私……妻だなんて……うぅ……恥ずかしい……)


『良妻賢母気質』とはいえまだ中学3年生。耳を真っ赤に染める妄想くらいする。


「うん。実はふたりきりで部屋で一緒になったのも初めてだろ?」


「そ、そうですね!(それ言っちゃいます⁉ どきどき……)」


 妄想で高まった鼓動が圭に聞こえないか心配になるほど、麻莉亜まりあの心臓はドキドキしていた。


で部屋にいるなんて、正直緊張してたんだ」


「な、なんで⁉ あっ……ごめんなさい。私、大声なんて出して。でも、雨音あまねちゃんも沙世さよちゃんもよく行ってないですか? 圭ちゃんのお部屋」


 その言葉に圭は思わず立ち止まる。そして信じられない物を見る目で麻莉亜まりあを見た。


「ど、どうしました? 私なにか変なこと言いましたか?」


「いや、ごめん。悪口みたいになるけど」


「悪口ですか? その……なにが?」


「あいつらは麻莉亜まりあちゃんみたいな女子じゃない‼ 沙世さよはあいさつ代わりに脱臼するくらいの勢いで俺の肩を笑顔で殴るし、雨音あまねは風邪で寝込んでる俺に駅前からコメ10キロ平気で運ばせる女だよ? 緊張なんかするわけない! いや、何されるか、なにやらされるかの緊張は常にしてるけど‼ だから、かわいい麻莉亜まりあちゃんは『ちゃん付け』だけど、あいつらは呼び捨てなんだ!」


「か、かわいい……(あわわわわわっ‼)」


 この一言が麻莉亜まりあの『良妻賢母』メーターの針を振り切らせたことは間違いない。


 それが証拠に麻莉亜まりあの顔は湯気が出そうなくらい真っ赤になった。


(うぅ……なんて家族以外に言われた事ないのに……もう、圭ちゃんのばかぁ……ぽっ)


 麻莉亜まりあは衝動的に圭の脇をつねりたくなった。


























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