第43話 予期せぬ展開に気付く。

「久しぶり、圭の『8番』やっぱし私の中の『8番』は圭だよ」

 沙世さよはほんの少し眼の淵に涙を溜めた。


「そう言えば蒼砂そうさの『8番』いないな。欠番か?」

「んん……今離脱中かなぁ。すぐに合流出来ると思う。おたふく風邪なんだって」

「そうなんだ、遅めだなぁ。オレら幼稚園の時だった気がする」

「そうそう、麻莉亜まりあがさぁ」

「ひとりめっちゃれてたよなぁ、頬っぺた。飴食べてんのかってくらい。なんかリスっぽかった(笑)」

「そうそう! あんな小さかったのにねぇ。今じゃ、私面倒見てもらってる」

「オレもだ。世話好きだからな、さぁ! 沙世さよ。行くぞ」


「これより、フレンドリーマッチを開始します。川守圭くんの引退試合を兼ねてますが、早乙女女学院うちはいつも通りプレイして引導を渡すつもりで激しく行くように、いい?」

「「「はい‼」」」


 早乙女女学院監督新山のホイッスルで20分ハーフの前半が開始された。


 ***


船頭せんどうさん、ビデオ回して。固定でいい、早乙女のペナルティーエリアを引き気味に撮っといて。横からがいい」

「わかりました、神崎先輩!」

船頭せんどうさんは『カルロス』呼びしないのね?」

「あぁ……私、引っ込み思案なんで。その! 頑張って『カルロスさん』呼びします!」

(いや、むしろ頑張んないで欲しい……あっ、話してたら試合始まった。私はいつも通り左のFWフォワードと。川守くんはセンターフォワード? ちょい下がってトップ下か。左のインサイドハーフに石林ちゃんが入る感じね。さぁ、どんな魔法を見せてくれるのかなぁ……なんか眠いなぁ)

 しかしカルロス『11番』がお眠でいられる時間は短かった。


「潮見! 川守について! 前向かせないで!」

「わかった!」

 圭はハーフウェーラインを少し入った場所でボールをキープしながらゆっくりと上がりを待つ。左インサイドハーフに入った石林奏絵かなえ『19番』と軽く受け渡しをしながら様子をうかがう。そこに早乙女のCBセンターバック秋月蛍に指示されたボランチ潮見『6番』が詰める。圭『8番』は軽くかわし、右インサイドハーフ小林姫乃ひめの『10番』に。


「吉沢!」視野の広い姫乃ひめのは前線に張り付いている沙世さよが目に入る。

(完全にオフサイドトラップ狙ってるよね)

 気付いておきながら沙世さよに声を掛け、そこに出すと見せかける。単純だが効果的だ。姫乃ひめのの言葉に釣られた早乙女ディフェンスラインはラインを上げる。ラインが上がったことを確認して姫乃ひめのは得意のノールックで中央に走り込んだ圭にパスを通す。

 もし、仮に圭を警戒してディフェンスラインを上げない場合は、言葉通り沙世さよにパスを出すつもりだった。小林姫乃ひめの『10番』は常にふたとおりのパスコースを意識するようにしていた。


 姫乃ひめののフェイントで圭へのパスは簡単に通る。しかも、ほんの数歩だがディフェンスラインは前に「引き出された」つまり姫乃ひめの沙世さよに声掛けをしただけで、早乙女のディフェンスライン揺さぶりに成功した。


「潮見! 止めて‼」

 CBセンターバック秋月『5番』の掛け声に反応したボランチ潮見『6番』が詰めるが圭は易々とマークを外し中央に切れ込む。ゆっくりとしたキープからいきなりトップにギアチェンジし潮見を置き去りにした。

(ここは私が!)

 秋月は体を張って圭を止めに入る。その間にゴール周辺はキーパー宇部うべの指示で固められた。流石全国3位の実力校、そう簡単にはいかない。


(見せてよ、ナショナルトレセンの実力とやらを!)


 秋月は固められたとはいえ、自分が抜けているディフェンスラインの方向に抜かせないよう圭に対し斜めに体を張る。そうすることで最悪抜かれても、その先には厚い守備の壁が出来ている。

 そう、秋月は圭を最も守備の厚い中央右側に誘い込もうとした。

(意図はわかる。でも誘い込もうとしてるってことはってことでしょ、秋月さん!)

 圭は秋月の狙い通りゴールマウス中央やや右側に向かった。だけど誘い込んだとはいえ、簡単にバイタルエリア周辺に進ませる気なんてサラサラない。秋月は1対1マンマークに定評がある選手だ。


(抜かせない!)


 結果から言うと秋月はあまりにも簡単に抜き去られた。

(シザース……ダブルタップ……⁉ 噓でしょ、こんなスピード!)

 名手秋月は肩越しに抜き去る圭の横顔を見送るしかない。しかし、思惑通り厚い壁が圭の前に立ちはだかる。抜き去られたとはいえすぐに秋月は後を追う形。つまり袋小路に圭は引き込まれたように見えた。仮にDFディフェンダーを何枚か抜き去ったとしてもキーパー宇部うべが完全にシュートコースを塞いでいる。

 追い込んだ。そう早乙女のディフェンスラインの誰もが思った瞬間。透き通るような澄んだ声に我が目を疑った「圭クン!」そこにはなぜか完全ドフリーのカルロスこと神崎俊紀としき『11番』がガラ空きのゴールマウス左サイドに顔出しした。


「神崎来てる!」

 キーパー宇部うべDFディフェンダーに指示を送るが圭は簡単すぎる横パスをカルロスに供給。カルロスはインサイドでセーフティーにゴールマウスをしなやかに揺らした。鉄壁を誇る早乙女女学院の4バックはいとも簡単に崩された。


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