第45話 情熱に気付く。
「大丈夫、川守さん」
センターサークルよりやや敵陣に入ったところで膝に手を付いて肩で息をする圭の背中を石林
(もう…無理なんじゃない? もう、これ以上したら、ダメなんじゃない? 止めなくていいの? 止めちゃって、いいの?)
石林
自分が器用な選手じゃないことは知っていた。だから誰よりも早くグランドに現れ、最後までグランドに残った。才能のせいにだけはしたくなかった。だけど、人の才能がうらやましく感じてしまう日もあった。
こんな努力、無駄に思えた。努力の方向が正しいのか信じられない日もあった。自分の努力を笑うヤツがいることも知っていた。
折れない心なんてないことも、十分すぎるほど、嫌になるほど知っていた。でも、毎朝同じ時間にアラ―ムを鳴らし無駄かも知れない努力を積み重ねた。
だからわかった。だから理解した。だから言ってはいけないと確信した。優しい声で、言葉で、緩やかな道を勧めることは出来る。
いい人だって思われたい。嫌われたくない、人間なんてそんなもんだ。傷を舐め合って、痛みなんてそもそもなかったことにして笑って過ごすことだって出来る。
でもダメだ。目の前の男子はフットボールで彼女に光を与えてくれた最初の人。引退まで出番がないかもと怯えた日々を終わらせてくれた男子。機会をチャンスをくれた人。褒めてくれた人。
だから――
「川守さん。まだ、やれるよね。私、前で溜め作る。私からのラストパスで決めて」
膝に手をつき肩で荒い息をする『8番』に最後の激を飛ばした。
***
「小林、神崎、ヨッシー。ハイプレス(高い位置からのプレス)掛けて、奪ったらボール私に回して。出来るだけ溜め作って川守さんに渡す。チャンスは1度きり、偉そうなこと言えないけど私はいつも『この時のため』にやって来たんだって自分に言い聞かせる。そういう思いで今だけは私に任せて、いい?」
早乙女女学院はいつも通り、いやいつもより丁寧に慎重にバックラインでボールを回した。圭の引退試合だからと手を抜く気なんてない。それがどれだけ失礼なことかなんて十分わかっていた。
(あの子、もう立ってるだけでやっとじゃないの)
***
(ちっ、やっぱこの『9番』吉沢って娘、強い…フィジカルの圧が半端ない)
早乙女ボランチ潮見『6番』はボールキープしながら沙世の執拗なプレスに手を焼いた。
いや、沙世だけではない姫乃『10番』や普段あまりプレスを掛けない神崎『11番』までが高い位置でのハイプレスを果敢に仕掛けた。
ここまで囲まれたらキーパー
スローインになり、ボールを持ったのは田中アキ『16番』だった。すると沙世が圭に近寄り小声で「アキ。ロングスローあるから」そう囁いた。
カルロスこと神崎が近めでボールを受けに行く。沙世は逆サイド、姫乃と石林は中央付近でロングスローを待つ。
(ここはロングスローインですね)
田中アキは頷いた。しかし…一瞬、石林『19番』の首が僅かに横に振られたような気がした。
(えっ⁉ 石林先輩、このタイミングでですか⁉)
田中アキはロングスローインの助走を付けて後は放り込むだけだったが、本能センサーが「なんかヤバい…」と感じとって咄嗟に手前のカルロスに変えた。
すると、やはり完全に田中アキのロングスローインを読んでいた早乙女女子は中央で待つ姫乃と石林に長身のディフェンダーがカットに入った。
石林のサインと田中アキの観察眼が早乙女の網を掻い潜った。カルロスに渡ったボールはすかさずアキの足元に出され、得意のドリブルでカットインを仕掛ける。
早乙女のディフェンダー2枚は引き出されて一瞬戻りが遅れるものの、やはり全国3位。すぐさまディフェンスラインを立て直した。
(うっ…さすがにディフェンダー3人は無理がある)
田中アキは球の出しどころを探すと、石林が手を挙げる。
(石林先輩なら…)
キープ力がある。前線で貯めが作れる。貯めるだけ貯めて姫乃にパスを出せば逆サイドの沙世に繋げる。田中アキは石林にパスを出し、味方に重ならないようポジショニングした。
(ここまで前掛かりに来てたら取りさえすれば、カウンターで崩せる)
秋月『5番』は虎視眈々とその機会を伺った。
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