第35話 ダークホースに気付く。

(なんなのよ、この布陣……)


 早乙女女学院CBセンターバック秋月は交代で入ってきた石橋のしつこい1対1マンマークに苛立ちを覚えた。そしてそれは右SBサイドバックを削ってまで捻出した布陣だ。


 早乙女女学院は4バックを採用していた。それにキーパーを加え5人で後方からボール保持し揺さぶり崩す戦法フォーメーション


 事実前半戦はその作戦が功を奏し立て続けに3点奪い取っていた。そればかりではない。巧みにショートパスを多用し相手選手から足を奪っていた。


 それが証拠に後半開始早々、蒼砂そうさ学園は両SBサイドバックに交代枠を消費した。先制し、交代枠をDFディフェンダーに消費させ前に向かう力を削ぐ。それが早乙女女学院のしたたかな戦い方であり、全国第3位の原動力となっていた。


 戦術は単純なほど奥が深く、練り込みやすい。それはサッカーだけの話ではない。しかし、例外もある。練り込まれた戦術は、理解しがたい布陣に拒否反応を示し、何に対して「拒否反応」を示しているのか、分析を開始する。


 しかし、前半戦容易に手に入れていた分析時間が稼げない。早乙女女学院CBセンターバック秋月『5番』が交代で投入された石林『19番』のしつこい1対1マンマークで前半程「溜め」が作れない。秋月の苦境を救いにDFディフェンダーの選手が近づき、秋月は堪らずパスを出した。


(しまった!)


 パス出しで大きくなったモーションを見逃してくれる石林ではない。軽くつま先でボールに触れ、難なく敵陣深くでボールカットに成功し保持した。


(神崎に出すんだよね……)


 石林は圭の指示通り奪い取ったボールを単純に、もうひとりのFWフォワード神崎『11番』に出そうとするが――


(な、なんでそんな「」するかな! あんた普段「ぼーっ」としてるでしょ、眠そうな顔して! なにお目目パッチリな感じなの! そんな動かれたらパス出せないじゃん! ほんと、もう‼)


 石林はせっかく奪い取ったボールをロストしたくないので「えいや!」でいつの間にかファーサイド(遠いサイド )に移動した神崎『11番』にパスを蹴る。


「あ……っ」


! 遠いっうの、神崎‼ 動き回るからじゃない! これじゃファーサイドまで届かない!)


『ピ~~~~イ!』


 頭を抱えかけた石林はわが目を疑う。ファーサイドのFWフォワード神崎に引っぱられた相手DFディフェンダーとキーパーは「自称パスミス」のハズの石林のボールが逆を突く形でゴールネット左隅に突き刺さった。


「は、入ったの?」


(うそ⁉ マジ⁉ これ結果オーライ、だよね⁉)


『よ、よっしゃー!』


 蒼砂そうさ学園『19番』石林は雄たけびを上げた。1対1マンマークとハードワークを買われAチームに昇格したものの、練習試合ですらA戦(レギュラー組)に出るのはこの時が初めて。高2の冬休み。


 引退までに「A戦に出られないのでは」と毎日のように折れかけた心を奮い立たせ、コツコツと積み重ねた努力。


 石林はわかっていた。すべての努力が報われる保証なんてないことを。でも、愚直なまでに石林は手を抜かなかった。前を向く姿勢、思いを崩さなかった。すべてはこの時のために。


船頭せんどうちゃん!」

 石林は自分を推してくれたマネージャーに抱きついた。圭は「いいぞ、ナイスチャレンジ!」とガッツポーズで称えた。


「石林先輩、ナイシュー‼」

「よし、まだまだ追いつけるよ!」

「もう1点、もう1点‼」


 後半立て続けにゴールを奪った蒼砂そうさ学園ベンチは湧いた。石林はベンチの先の植込みで見守る父親の姿を見つける。眼鏡を外して顔をくしゃくしゃにして泣いていた。そんな父を見て石林は流石に「うるっ」と来たが、飛び切りの笑顔で「ピースサイン」をして見せた。


(お父さん、泣いてる場合じゃないよ。あたしのサッカー人生ここからが再出発リスタートなんだから‼ まずは集中‼ 集中‼ 絶対の絶対に『5番』自由にしてあげないんだから‼ あたしピッチ内のストーカーなんだから! 覚悟しな!)


 後半開始早々蒼砂そうさ学園は怒涛の攻めで2点を奪い取った。石林にとってA戦初出場初ゴールは全国3位の強豪校早乙女女学院から奪い取った。


「石林先輩、ナイシューです‼ 完全に逆突いてました‼ ナイスフェイント‼」

 駆け寄ったのは沙世さよ『9番』沙世さよは普段からキツイ「ショートスプリント」でも決して手を抜かない石林『19番』を尊敬していた。スプリントの重要性は圭と度々会話に出るふたりだけの「サッカーあるある」のホットワードだ。


「あっ……ヨッシー! いや、今のパスミスなんだ……」

「またまた! ご謙遜‼ 先輩に目を付けるなんて圭ったら、私ハナタカです!」

「そこドヤるとこなんだ。まぁ、いいけど……あっ、そうだ川守さん、カットしたボール出来たら神崎に回せって。意味わかる?(小声)」

俊紀としきちゃんに?」

 FWフォワード神崎『11番』は姉雨音あまねの親友ということもあり、普段から親しい。

俊紀としきちゃんにか……わかんないけど圭の事だから意味あるよね、よし)

 脳筋沙世さよはピッチでは難しいことは考えない。だけど何をすべきか本能でわかる。

「したら、私、めっちゃボール要求します! DFディフェンダーひきつけます!」

「あっ、それ助かる! 今度「ツー温玉」サービスするからね!」

「えっ、マジですか! やった‼」


 ちなみに石林『19番』の実家は圭たちの最寄り駅近くにあるラーメン店『康候軒』以前雨音あまねが圭へのいたずらに『ニンニク増量特製豚骨ラーメンプラスニラ』を食べた後、鼻先を舐めて圭が危うく旅立ちそうになった。それはさて置き、地元じゃ人気のラーメン店だ。


「なによ、あの娘、石林にはなついちゃってさ」

 ちょっと、ジェラシーな姫乃ひめの『10番』だった。付け加えると姫乃ひめのも『康候軒』の常連だ。


 ***

「ごめん。完全に逆突かれた『11番』神崎がいい動きしてた、引っぱられたよ、まったく、いい動きしやがる」


 ゴールを決められた早乙女女学院ゴールキーパー宇部うべ『1番』が苦々しい顔でゴールネットを睨む。交代3分。あの場面でまさか石林『19番』が自ら打ってくるとは思わなかった。本当はパスミスから生まれたラッキーなゴ―ルなのだが、そんなことはわからない。


「私も簡単に取られて、ごめん。言い訳だけど『19番』うまいよ、1対1マンマークじゃ勝てない。あと、このヘンテコな交代。こんなの小林監督じゃない。あの若い男が采配してるのかなぁ……」


 CBセンターバック秋月は紺色のアディダスのキャップを目深まぶかに被った圭を見た。自分のベンチを見るが動きはない。交代させる判断は下ってない。自分たちで対応しろということだ。早乙女女学院キャプテン秋月は小さく息を吐き出し状況を再分析する。


「完全に私狙われてるから、。そこから速攻、振り切るわよ、いい?」と秋月は指示を出した。





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