第48話 面倒くさいことに気付く。

「そんなの納得いきません‼」


 早乙女女学院との練習試合を終え帰路に付く。移動手段は蒼砂そうさ学園女子サッカー専用の大型バス。ユニフォームのカラーにラッピングされた車体。公立高校ではまず考えられない。備品と呼ぶには豪華すぎる。しかも他の部活動と兼用ではなく車体には蒼砂そうさ学園女子サッカー部と刻まれていた。これひとつ取っても蒼砂そうさ学園内での女子サッカー部への期待がわかる。


 このバスを見ただけで他校を圧倒する勢いだ。そんなこともあり、圭や雨音あまね麻莉亜まりあはテンション高めでおしゃべりをしていた訳だが、バスの前の方から大声が聞こえた。女子の物ではない、少し大人の女性の声。聞き覚えがある、圭と沙世さよの担任で顧問の立花の物だった。


「なんだ?」


「圭は知らないんだ、立花って時々ああなるの。癇癪持ち。早く婚活すればいいのに。どうでもいいけど」


 沙世さよはめんどくさそうに答えた。立花のことを話題にするだけでも。それは姫乃ひめのも同じようで、前の方に座っていたがわざわざ座席に後ろ向きに膝立ちになって、わざとらしく呆れた顔をして疲れている部員の笑いを誘った。場を和ませるのもキャプテンの仕事らしい。まぁ、いじってるだけ。どうも口論の相手は小林監督のようだ。


「圭。ごめん、私疲れちった。少し寝るね」


 ホントに興味がないらしく、沙世さよは早々にブランケットを足に掛けてあっという間に眠りについた。沙世さよの眠りを邪魔したくないし疲れたし、自分も寝ようかと考えてる圭の元に、クラスメイトでマネージャーの船頭せんどうがすまなそうな顔してやってきた。


「川守くん、悪いんだけどちょっといい?」


 吉沢家女子特有の思春期に謎の発熱と規格外の食欲で、急成長する前の麻莉亜まりあに何となく似ている船頭せんどう麻莉亜まりあがよくする感じの申し訳なさげな顔で尋ねた。


「えっと、いいけど。どうしたの? 移動中に立ち歩いたら危ないよ」

「うん、ありがと。そうなんだけど、立花先生が『責任者呼べ』って。悪いけど来てくれない?」

「えっと、マネージャーさん。圭ちゃんが責任者なんですか?」

 きょとんとした顔で麻莉亜まりあ船頭せんどうに尋ねると困った顔して「立花先生としてはそうみたいです」とまたまた困った顔をする。

「圭。言ったげたら、板挟みっぽくてかわいそうじゃない」


 雨音あまねの口添えで圭は席を立った。沙世さよほど露骨ではないが圭もまたこの新任の担任教師が苦手だった。船頭せんどうの後を進む圭の背中を見て雨音あまねは「麻莉亜まりあ、何やってんの。あんたも行く! 圭、今日無理したんだから来たらどうすんの。あんたが支えてあげて」と顎で指示した。

 バスの前の方の座席に立花が椅子の背もたれに手を添えて立っていた。近づく圭を見て器用に眉を吊り上げた。


「何か用ですか?」

「えぇ、まぁ。それよりそちらはどなた?」

「吉沢沙世さよの妹さん。吉沢麻莉亜まりあさんです。こちらはオレと沙世さよの担任」

「はじめまして。吉沢沙世さよの妹麻莉亜まりあです。姉と圭ちゃんがお世話になってます」

「えっと、川守くんとはどういった?」

「先生、それ関係あります? 幼馴染です。家が隣で」

 そう言って圭は麻莉亜まりあにだけわかるくらいに首をわずかに振った。余計な情報を渡したくない、そんな意図。さすがは良妻賢母。すぐにぴーんときた。


「はい、生まれた時からの幼馴染です」

 とても優等生な答えを出した。しかし、場所が場所。女子サッカー部、特に姫乃ひめのがそんな話題をスルーするワケがない。

「川守圭。この娘でしょ? 噂の裏サイトの娘。それと吉沢の妹さん。確か許嫁になったとか。違う?」

 うん。とってもいい顔で話題を膨らませた。早乙女女学院との試合後にこの話題になって知ってるクセに、ワザとらしくあまり知らない感じで話を振った。どうやら多かれ少なかれ顧問の立花は部員に不人気のようで「許嫁」と聞いた途端不機嫌さを加速させた。つまり姫乃ひめのは圭を使って立花を逆撫でしたワケだ。

 いつもならここで雨音あまねが参戦しそうなものだが、どうやら雨音と姫乃間に何らかの遠慮があるらしい。クラスが同じということもあるのだろう。


「川守くん。それはどういうことですか?」

「どういう、とはなんのことです」

「許嫁ってホントなの?」

「はい。親同士がまぁ、決めたことです。学校的に何か申請しないといけないなら親に言ってください。付け加えると冬休みに入って決まったことです」

 これ以上この話題をしたくないので、圭は珍しく突き放し気味で言った。立花も立花で許嫁関係を学校に申請しないといけないか把握してないようで「確認して連絡します」と冷たく切った。


 自分で触れておきながらこの対応はどうなんだ? 圭は思うが麻莉亜が背中をツンツンとしたので、言い返すのをやめた。要所要所で良妻賢母だ。

「責任者になったつもりはないですが、なんです? あまり船頭せんどうさんを困らせないでください」

「詳しくは小林監督に聞いて」

「先生が呼んだんでしょ? 麻莉亜まりあちゃん、こういう大人になっちゃ駄目だよ? 自分で振っときながらこりゃないんじゃない?」

「ははっ、圭ちゃん気をつけます」

 麻莉亜まりあですら苦笑いするしかない。遥かに年下の麻莉亜の方がよっぽど大人だ。しかし、何故担任で顧問の立花がここまで不機嫌なのか……


「川守。どうだ、お前が望むならBチームを見ないか。可能ならCチームも見て欲しい」

「え〜っと、それはどういう…」

 意図が見えない圭に代わり姫乃が手を打って歓迎した。

「それいいよ! 川守、やろうよ、監督、それって川守にBチームのコーチをしてくれって話よね、じゃなくて、して欲しいって話ですよね?」

 姫乃と監督の小林は親子。ピッチを少し離れると、ついいつもの親子に戻る。

「そうだ。前から思っていたがBチームの強化が蒼砂そうさ全体の強化に繋がる」

「ん……でも、今は監督が見てるんですよね、BチームもCも」

「全体練習はね。でも、グランドがAとB、Cは違うの。50人全員が一緒に練習する程広くない。B、Cは第2グランド」

 そうなると、Aチームを見ている小林監督がB、Cチームをあまり見れないのも分からないでもない。ただ疑問も残る。

「でも、誰か見ないとですよね。安全面とか考えると。いないんですか、コーチとか」

 すると近くに座っていた石林が首を振る。とてつもない苦虫を噛み潰した顔して。


「今。私が見てるの。それをあなたに変えたいんだって。監督が」

 あぁ、そういうことね。圭は理解した。今現在B、Cチームは事故防止のために立花が見ているが、それはホントに見ているだけで、指導してるワケじゃない。練習は生徒の自主練が主体となっている。

 そうなると確かにB、Cチームに所属した選手の育成は思ったようには進まない。本来は立花がそれをすべきで小林監督とB、Cチームの選手は不満を持っているワケだ。

 そしてB、Cチームを取り上げられようとしている立花が不満を圭にぶつける感じだ。

 圭は思った。ダルいと。




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