第49話 言葉では伝わらないと気付く。

「―で、先生はどうしたいんですか」


 圭からしたらこの若い新任の女教師が何がしたいのかまったくわからない。コーチングが出来ないなら誰かに任せるか、それとも何らかの手段で学ぶかしかない。

 ただ、蒼砂学園に進学してまで女子サッカーをしたいとなると、生半可な知識では到底敵わない。しかし、部活の顧問は必要なわけで引率の先生に徹するという方法もある。


 このバスひとつ取っても学園が女子サッカーに掛ける期待はわかるはずだ。期待されている以上は結果を求められる。その選手育成の責任者が小林監督であり、もし学園が求めている結果を出せない場合は解任されることも考えられる。


 下手をしたら職を失うことになる。つまり、女教師の変なプライドにいつまでもお付き合い出来ないし、生徒は生徒で望んでいる指導を受けられないならクラブチームに所属する方が上になる。

 つまり、この顧問の立花は結果を出さないといけない部活をあまりに甘く見ている。


「どうって…どういう意味?」

「監督と話してないからわかりませんけど、恐らく小林監督は選手育成の具体的なプランが欲しいんだと思います。来年には1年生が入ってきます。そうなれば、今のAチーム(3年生)がいずれは引退します。つまりそれまでに今いるBCチームで今のAチームに代わる実力を付けないと、新陳代謝がうまくいってないって言われます」

「まぁ、そうね。うん、それで?」


「えっと…『それで』じゃ困るんだと思います。つまり、今のBチームが弱けりゃ来年有望な1年生が別の高校に取られちゃいます。例えば早乙女とかに。そうなればジリ貧ですけど」

「でも、Aチームにいる1年生は残るワケで、全員が引退するわけじゃないじゃない」

「まぁ、当たり前ですけど…その本気で言ってます? オレは知らないですけど体感1年生の突き上げが弱いってことじゃないですか」

「えっ、でもそれ私のせいなの?」


 圭は会話を諦めて姫乃ひめのを見た。やれやれみたいな顔せずに何とか言えと、長文のアイコンタクトをした。麻莉亜まりあ麻莉亜まりあで袖を引っ張って「言い過ぎですよ」と、そんな感じ。

「あの、先生以外に誰が悪いんですか。バカなんですか?」

 寝てたはずの沙世がのっそりと現れた。あまりに不機嫌な顔で。あまりにもな暴言を吐いた。


「中等部の桜庭おうば監督が兼任する話を断ったのは先生ですよね。桜庭おうば監督がB、Cチームの育成を見かねて夏休み前に。先生は自分がちゃんとするから口を挟まないでって、けっこう失礼な断り方したと思いますが? あの時桜庭おうば監督に甘えていたら伸びてた選手も多かった、違いますか?」


 姫乃ひめのも口を挟む。蒼砂そうさ学園は初等部から大学までの一貫校。圭や吉沢姉妹のように高等部から編入はあるものの、基本は生え抜きだ。つまり、育成方針も一貫していたのだが、顧問の立花がその流れを遮った形だ。小林監督も遠慮した部分もある。


 中等部で監督をしている桜庭おうばのも危機感があった。せっかく中等部で育成した選手が蒼砂そうさ学園以外の外部進学を考えてる選手が増えている。遅かれ早かれ大ナタを振るい顧問の立花を、単なる引率の先生に降格させないと名門蒼砂そうさ学園女子サッカー部は滑落する。ただでさえここ数年県大会を突破出来ていない。そろそろ結果が必要だ。


 このまま話していても仕方ない。ここで立花を袋叩きにしてもそれは単なるいじめだ。圭自身は当事者になるつもりなどサラサラないが、この現状を聞いた以上なにもしないという選択肢はない。そして圭は少し考えてこう提案した。


「じゃあ、先生。ここらで今までの総括をしましょう。まぁ、期末テストみたいなもんです。生徒は当たり前に受けるんです、先生も受けたらどうですか」

「それって今までやってきたことを試されるってこと?」

「まぁ、そうです。選手も練習試合なんかで常に試されてるワケですから、先生の指導方針が正しい方向か試されるのも普通でしょ? それが嫌なら今からでも中等部の監督さんにB、Cチームをお願いすべきかと」


 言いくるめられた感はあるものの、自分の部活に参加してきたし中高で男子サッカー部のマネージャーを経験してきた自負もある。嫌々している顧問の先生とかよりレベルが高い自信もある。

「いいけど、方法は?」

「そうですか、姫乃ひめの……小林キャプテン。Aチーム、Bチームはそれぞれ18人ですよね?」

「うん。ベンチ入り出来る人数で区切ってる。そこに入れてない子たちがCチーム」

「キーパーはAB共に2名?」

「そう。Bだけでも対外戦あるから」

「じゃあ、こうしませんか。ABそれぞれ2チームを編成する。不足するメンバーをCチームから選び計4チームの紅白戦を組む。Aチームの主力メンバーを『A1』残りを『A2』Bチームの主力を『B1』残りを『B2』にします」

「でも、そうなると単純に『A1』が強くて『B2』が弱くない?」

「まぁ、普通に考えてそうなります。ですが立花先生が春から今まで育成してきたBチームの実力というか、立ち位置がわかります」

「単純に『Bチーム』と『Aチーム』の紅白戦じゃない?」

 姫乃ひめのの興味がやや冷めたが圭は思わぬことを口にした。


「Aの2チームは小林監督が指揮を『B1』を立花先生が執る。オレが『B2』の指揮を執ります、どうですか?」





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