第50話 最大の決断に気付く。

「それはなに? 総当たり戦をするってこと?」


 会話は姫乃ひめの圭が主体となって交わされた。小林監督はふたりのやり取りを見守る感じだ。元々小林監督はガチガチにコントロールするのではなく、ある程度選手の主体性を重んじるところがある。


「それもいいんですけど、今日試合したばっかりでAチームの疲労もある。それを考えると40分ハーフだけで『A1』対『B2』と『A2』対『B1』でどうかなと。これでBチームの課題は見えてくると思います」

(Bチームの課題? 立花先生の課題でしょ。案外意地悪ね)


 姫乃ひめのは少し安心した。フットボールをする以上少しくらいズルが出来ないといけない。自分の思惑に誘導出来ないようでは試合を支配することなんて出来ない。


「川守くん。じゃあ私がBチームの強い方でAとして、あなたがBで、Aチームの強い方と戦うってこと?」


 立花の言ってる意味は理解できたが、圭は返事をしなかった。彼女がいまいち部で受け入れられない理由がこういうところにある。フットボールは単純な戦力差ではない。事実彼女の発言に対し冷たい視線が向けられていることを彼女は気付かない。


 自分の発言が選手の尊厳を踏みにじってることに気付かない。今は確かに弱いかも知れない。だけどこの先も弱者であり続けるか、それは自分が決めること。誰であろうと流してきた汗を軽く言ってはいけない。


「監督。川守圭の提案ですが、どうですか。私はやってみたいと思います」


 娘の姫乃ひめのの言葉に2、3度頷き2日休みを取って3日後に試合をすることにした。試合の翌日はいつも部活は休みにしていた。今回は急造チームなので準備のためにもう1日取ることにした。まとまりかけたところに沙世さよが手を上げた。


「吉沢。なに?」


「私『B2』に入ります。圭の采配で試合に出ます」

「あんた、どういうつもり? それじゃ意味ないじゃない」

 しかし、小林は娘の言葉を押さえた。

「それは構わんが、やる以上遊びじゃない。今回はBチームがどこまでやれるか確認するためのものだ。吉沢、もし何も出来ずに負けることがあったらお前はBチームに降格する。それでも構わないのか?」

「構いません」

「そうか。なら今回は『B2』でプレイしてみろ。吉沢みたいに『B2』を希望する者はいないか?」


 小林監督は座席から身を乗り出し選手の顔を見る。それは沙世さよと同じ条件でという意味だ。つまり、もしこの紅白戦で何も出来なかったらAチームからBチームへ降格する覚悟を試されていた。

(そんなのいるわけない)


 姫乃ひめのの思いとは別にひとりの選手がすっと手を上げた。あまりに自然な行動に姫乃ひめのは目を疑った。


「い、いいの? 石林。Bチームに降格されるかもなのよ? 相手は、ほぼAのレギュラーなのよ?」

「うん。別にいい。私、川守さんの指導に興味があるから。監督お願いします」

 石林奏絵かなえの表情には迷いはなかった。それどころか日頃から仲がいい沙世さよにピースする余裕すらある。

(なにかわかんないけど、掴みかけてる気がする……川守さんのサッカー。なんかワクワクする)

 石林奏絵かなえは高揚感から身震いをした。新しいことに挑戦しようとする、なんか微笑ましい感じだ。


 しかし――そんな石林奏絵かなえの高揚感とは打って代わって、バスにでも酔ったのかと思ってしまうほど顔色が悪い女子がひとり、じっと事の成り行きをチラ見しながら念仏のように心の中で独り言を繰り返した。


 SBサイドバック田中アキ『16番』だ。別に誰も彼女に対し『B2』に行けなど言ってないし、間違いなく『A1』のメンバーとしてカウントされているだろう。それどころかここで下手に手を上げた日にはBチーム降格が現実味を増す。


。田中アキ』


 例の呪いのパワーワードが頭を過る。でもどこかで「これでいいのか」があった。自分の持ち味は高速ドリブルと正確なセンタリング。そして守備はザル。付け加えるとおサイフの方もザルだ。


 アキは石林程ではないかも知れないが、圭の指揮に何かを感じていた。フットボーラである以上守備がザルでいいワケがない、そんなことはわかっていた。でも、どこかで「今日は守備はしなくていい」そう圭に言われたことで、何かの呪縛から解き放たれた様に突進に次ぐ突進が出来た。感じたことのない胸の高鳴りをアキは追い込まれながらも感じていた。


(でも私は違う……石林先輩みたく真っ直ぐになれん! 打算もある! このままAチームにパラサイトした方が絶対にいいハズ!)


 頭ではわかっていた。今までだって冒険してよかったことなんて、ただの1度もなかった。


『無難』この言葉を座右の銘にしたいくらいだ。


 でもどこかで思う。もし、何かの間違いで自分が『B2』に入ったら、何か変わらないか? いや自分が入ったくらいで勝てるなんてトンでもござらん、とアキは思っていた。ただ、アキのサッカー人生は人の後を付いて回るような感じだった。誰かが「こうしてる」から自分も。誰かが失敗したから、自分は挑戦しない。考えてみたら自分で決めて何かしたことが、あっただろうか。いや、自分でチャレンジしたことが、あっただろうか。


 練習はする。サボらない。誰かに何か言われたくない。だから平均点くらいは頑張る。苦手な守備も改善してる風にはする。言われたことは一通りやってみる。でもそこまで。だから怖い。人並の努力はしてきた。でも、まだ『自分やれるっしょ!」な自分がいる。そしてアキはアキに問い掛け続ける。


 このままでいいのか。このまま『無難』で終わるのか。何かにチャレンジしなくていいのか。そんな顔色ばっか見て。ホントに自分がやりたいことを始めもしないで。自分の長所を伸ばさないで、苦手な守備を直したフリのやり方で、満足なのかと。


「監督。すみません、私も『B2』行きます」

 田中アキはアキ史上最大の1歩を震えながらも踏み出した。

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