第47話 色々と気付いた。

「雨音。こんな感じでいいか」

 C戦は中断される形で打ち切られた。それは別に圭の体調には関係なかった。やり切った空気が自然にそうなった。


「ギリ及第点かな。つぎ頑張って(めっちゃ愛してる!)」

「手厳しい。次はないぞ(愛してるくらい言えよ、ったく!)」


 それは雨音に言ったのか自分自身に言ったのか言ったあとで圭はそんなことを考えた。それと色んなことが終わったと感じた。寂しさはあるけど、それだけじゃなかった。あと、まだ実感がなかった。

 

 圭は着ていた中学時代の紺色のユニフォームを約束通り雨音に渡し、履いてあったスパイクを沙世に渡した。


 雨音は渡されたユニフォームを胸に抱いてじっと目を閉じた。沙世さよも圭お気に入りのアシックスのスパイクをぎゅっと抱いた。そこまで来て圭は気付いたようやく。


(麻莉亜ちゃんに渡すものがない)

「ごめん。なんか渡したいんだけど、ないなぁ」

「いえ、そんな私はそんな…」


 少し気まずい空気が流れる。元々引退試合をするなんて想定外、まったく考えてなかった。三姉妹が揃うことさえ予期せぬこと。


「川守圭。ここは短パンでいいんじゃないか」

 秋月が助け船を出す。

「いや、さすがにそんなのいらんだろ」

「そんなもんか? 許嫁さんがいらんと言うなら私が欲しい。っていうか空気読んで脱げ。蒼砂は共学だから男子のお着替えなんて日常茶飯事なんだろうが私達にとってはレアだ。しかも鍛えてるんだろ、遠慮するな」

「だ、ダメです‼ こんな大勢の女子の前でお着替えなんてダメです! そ、それにその……パンツは…短パンは私が欲しいです、圭ちゃん、ダメですか⁉」


「ダメじゃないけど、洗ってからでいい? なんか雨音のヤツ陰干しもしてないみたいで、若干カビ臭い」

「あんたね、ちゃんと保管してあげてた私に言うセリフ?」

「雨音ちゃん、保管じゃない。隠してただけでしょ」

 沙世は少し呆れた顔して肩をすくめる。姉妹のバチバチはなさそうだ。


 ***

 帰り支度を始めた、そんなところにジャージを着た高身長ガールが現れた。


 圭が早乙女女学院に入場するために尽力してくれた卯ノ花うのはな和美なごみだった。

 彼女は圭と同じ中学出身で、バレーのスポーツ推薦で早乙女女学院に進学していた。このあと圭と時間を取ることになっていた。


「吉沢。久しぶり」

「えっと、卯ノ花うのはな。早乙女だったんだ」

「うん、ちょっといいかな」

 卯ノ花うのはな和美なごみは圭ではなく沙世を呼び出した。彼女は圭に気付き小さく手を振った。


「なに? そのあんまし時間取れないんだ。その帰りのバスまでに準備しないと。1年生だし」

「ごめん。川守くんのことなんだけど」

「圭の? えっと卯ノ花うのはなって圭と接点あったっけ? あんましイメージないんだけど」

「そうかも。中学の時は部活の終わりに少し話す程度。さっき久しぶりに会って……その聞きたい。許嫁ってホント?」

「圭、言ったんだ。そうよ、妹がね。なんか問題?」

「それって」

「関係ないよね。言いたいことはわかるけど、別にだから。別に説明しなきゃじゃないけど、変な意味ないし、私等も家族も圭の事が大事なだけ。どうしたらいいかわかんないけど、ひとりにしたくなかったから。それに圭、次の目標見つけたみたいだし」


「目標? そうなんだ。それなら、うん。それはいいよね、でも吉沢はいいの? 川守くんのこと」

「麻莉亜に取られたってこと? 別に取られてない。私の中では…姉もそうだけど、あくまでも麻莉亜が仮に許嫁してるだけ。圭がこの先誰を好きになるか自由だし、麻莉亜だってわかんない。でも、私がいるから卯ノ花うのはなじゃないよ」

「そう? この後会う約束してるんだけど」

「悪いけど、それキャンセル。圭は私達とバスで連れて帰る。圭のこれからの目標のために遠慮して」

「それ言われたら何にも出来ないと思ってない? まぁ、実際そうなんだけど。まぁ、いいわ今日はそれで」

「圭には私から伝えとくわ」

「いいよ、ラインしとく。別に吉沢のフィルター通さないとじゃないし。長期戦。言ってたよね、川守くんが誰を好きになるかわからないって。こういうやり方じゃ、きっと息詰まるよ、じゃあ」

 卯ノ花うのはな和美なごみは話を打切り、小走りで圭の元に行った。


「ごめん、吉沢が激オコで会うのまた今度にしようか。地元に帰ったら連絡するから時間頂戴。いい?」

「いいけど、沙世なんか言ったのか。悪いなぁ」

「いいの。単なる宣戦布告だから。やりたい事見つかりそうでよかった。また色々聞かせて。体無理しないで」

卯ノ花うのはなも膝大事にな」

和美なごみでしょ? じゃあね、圭くん」

 卯ノ花うのはな和美なごみはバレー部らしく元気に去っていった。その後ろ姿を見守る圭の背中をつねったのは雨音ではなく、意外にも麻莉亜だった。


 振り向いたら麻莉亜はぷーうと膨れていた。いつものように頭を撫でるが「なんでもかんでも、これで許されると思わないでくだないね」と反撃を食らった。反撃してきた割に口角がわずかに上がっていた。それを悟られないように良妻賢母は怒ったフリを頑張った。


 小林監督と顧問で担任の立花の誘いで圭と雨音、麻莉亜は蒼砂学園女子サッカー部のバスで帰路につくことになった。


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