第27話 なんか踏んだことに気付く。

「じゃあ、アレですか⁉ 吉沢が川守さんを選ばないケースも?」


「えっ、なになに⁉ そういう流れ来てるの⁉ なに、じゃあ私はこの偉大なるビックウェーブに乗ればいいのね?」


 北見瑞葉みずはは握り拳で立ち上がった。ヨーカドーのフ―ドコートの中心でなんか叫んだ。北見弟は毎度毎度「頼む、姉ちゃん。黙って」と眉間を押さえた。


「あの、喜んでるところなんなんだけど、


「北見です」素で答えた。


 雨音あまねは「ん?」みたいな顔して圭を見る。溜息をつきながら「悪い。雨音コイツの名前覚えらんないから、」と圭が補足する。


(ねぇ……悠馬ゆうま。いまのフォロ―になってる? なってないよね? それとも私「行間」読めてない? 気にするなって無理じゃね?)


(姉ちゃん。いや確かに今のをフォローと呼ぶなら相当上から目線だけど。敢えて「行間」読むなら、姉ちゃん、川守さんの眼中にまったくない模様……


。話聞いてる? 麻莉亜まりあと合わなくてもそこは『私がキタ!』なの。おわかり?」


 いや「キタは私ですが……」と言いかけて瑞葉みずははやめた。なんか自分の言葉が雨音あまねに届く気がまったくしない。


「それに沙世さよもいるし」そう言って雨音あまねは伸びをした。


「帰るわよ、圭」雨音あまねが席を立ち、圭が続く。その背中に瑞葉みずはは声を掛ける、思い切って。


「あの……沙世さよって、あのですよね?」


「そうよ、他に誰がいるの?」


「いえ、じゃあ……私のですよね?」


 雨音あまねは軽く咳ばらいをして圭をなぜかジト目で睨み、肩をすくめた。


「これはあくまで麻莉亜まりあと圭が合わなかったってこと前提の話なんだけど――」


「はい」


。あなた、沙世さよを知ってるの?」


「何を……でも吉沢沙世さよは根っからの――」


「乱暴者か」圭が口を挟む。


「そ、そう。手加減出来ないっていうか、パないでしょ! 川守もよく絞められてるし‼」


「ふ~~ん。あなたの目が節穴なのはわかった。でも、忠告。沙世あの娘吉沢三姉妹うちの、圭なら知ってるわよね」


「ん……まぁ、なんだ。吉沢三姉妹こいつらの中って言うか、オレの知る中で、1番かな……じゃあ、北見。また学校で」


 圭は手を上げてそれから振り向くことはなかった。そのままふたりはヨーカドーを出て、自宅に向かう横断歩道でクルマが通り過ぎるのを何となく待つ。たいした話はしない「私、オレンジのとか初めてなんですけど、着けたの見てみる?」みたいな軽口を圭に投げかけるけど、圭の反応は薄い。


「ホントにもう……(お姉ちゃんなんて損よ、損!)」


 圭を道路の隅、ヨーカドーの外壁まで引っ張る「はいこれ2000円」と財布から取り出す。


「お客さん、ウチしてないんだけど……」


「バカ。今から『ハマ電』乗って海沿いを行けば、あら不思議。あっという間に県境『小京都』って言われてる観光地だからレンタルサイクルが『な、なんと1日乗りたい放題でワンコイン』これはお得でしょ? 行ったげて。気になってるんでしょ、試合。あと、あんた。お財布に入ってるレシート捨てなさいよ。それと……『診察券』日付ずいぶん前だけどちゃんと病院行きなさいよね」


雨音あまね……」


「なによ、べ、別に心配なんかしてないんだからね。あんたは麻莉亜まりあの許嫁だからよ、勘違いしないでよね。それより今日は沙世あの娘の応援お願いね、お礼ならいいから」


「じゃ、なくて……」


「ん?」


「昼飯代もプリーズ!」


「あ、あんたって子は……まぁ仕方ないわね……クリスマスと麻莉亜まりあ看病で何かと使ったんでしょ、レシート見たわよ。500円ね?」


「もう一声……『小京都』行くんだから牛丼以外で!」


「もうしょうがないわね……」


 そう言って雨音あまねは合計3000円を手渡した。財布を開ける際、圭に持たせていた紙袋を受け取り、中身が圭の選んだオレンジの下着の上下だと思い出すと同時に、瑞葉みずはも下着を買っていたこと、しかも勝負下着だったことを思い出す。


(男子的に「黒」の方がまさかインパクト強いの?)


「あんた、あの娘の『黒』で妄想するんじゃないでしょうね」


 聞いてみた。圭は少し考えて「大丈夫、雨音あまね一択だ、安心してください!」と笑顔。雨音あまね雨音あまねで「ふーん、そうなんだ。なら許す」と鼻歌交じりで家路についた。いや、今のそれでいいのか?


 まぁ雨音あまねからしたら年下の幼馴染に妄想されるくらい、どうってことなかった。


 ***

「――で、雨音あまねちゃんは敵に『塩』を送ったわけか……余裕ですなぁ。強敵だよ、沙世さよちゃんは女子だよ女子」


 リビングで長く伸びた足をペタペタしながら、雨音あまねはソファーで寝転がる麻莉亜まりあ沙世さよの試合をに行かせたことを報告した。


「まぁ、ね。なんてったって私、信玄公だから」


「信玄公は『塩』貰った方でしょ? 送ったのは越後の虎、謙信様(諸説あり)」


「なに歴女ぶってんのよ。いいの私は如水さまのように縦横無尽に恋の策略を炸裂させるの。覚悟しなさいよ、許嫁陥落の日は近し‼」


「如水軒雨音あまね。策士、策に溺れる未来しか見えん(笑)」


(それにしても圭ちゃん、ちょっとここ数日ハードだなぁ……胸は大丈夫かなぁ……)


 麻莉亜まりあはスマホを取り出し、ラインを送ろうとしてやめた。好きなようにさせるのも良妻賢母のたしなみだ。何より許嫁の自分が口出しすれば、微妙な拘束力が発生すると思った。


「そうそう、圭のヤツ『お団子』といたよ」


「『お団子』? なにそれ、新しいゆるキャラ?」


「うん、まぁゆるい感じはそうかなぁ……確かミナミノ……いや北見だっけ? 親密なクラスメイト」


「ん⁉ 北見何某なにがし……? 親密⁉ ふーん。雨音あまね、そこ詳しく」


 麻莉亜まりあは能面みたく無表情に笑った。


(ありゃ⁇ 私ったら地雷踏んじゃった? あぁ……お昼の用意したいんだけど、それどころじゃないわねぇ……)













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