【#6 不埒者】

-5107年 3月6日 昼過ぎ-


ロシュフォール領 カルサバ



ドン!ドン!ドン!

「ちょいと! さっさと起きとくれ! いつまで寝てんだい!」

ドン!ドン!ドン!

宿屋の女将のシワ枯れた声は、二日酔いで痛む頭を余計ズキズキさせた。

「ったく、うるせぇな… おい、女将!こっちは客だぞ!もう少し寝かせやがれ!」

ドアの向こうに立つ女将に向かって大声で文句を言うと、パルマは頭の先までスッポリと布団を被り直し、布団の中で体を丸めた。

「宿代を払って初めて客って言うんだよ! あんたらはタダの無宿者じゃないか!」

女将も負けじと怒鳴り返す。

「うるせえ! 宿代なら後でタップリ払ってやるよ! しっかり釣り銭用意しとけ!」

パルマは布団の中から叫んだ。

「フン!いつもそう言って一度たりとも払ったことなんかないじゃないか! よくも偉そうに言えたもんだね… まぁ、寝たいなら好きなだけ寝ときゃイイさ、寝たままタラモア人に殺されてもアタシゃ知らないからね!」

「タラモア人?何言ってんだ? ここはロシュフォール領内だぞ、とうとうボケちまったんじゃねーのか?」

「はぁ?ボケてるのはどっちだい! 来る日も来る日も酒とケンカとギャンブルに明け暮れてるあんたらみたいな不埒者が知らないのも無理ないけどねぇ、ロシュフォールは攻めてきたタラモアにたった一晩で負けちまったんだよ!」

「!!………何だって?」

パルマは飛び起き、ドアの向こうの女将に問い質した。

「そりゃ本当か? どうせ俺達を叩き起こすためのハッタリだろ? ハッタリかますなら、もっとマシなハッタリかませよ!」

「そう思うなら思っとけばいいさ、現に隣村のバルーチにはタラモア人が押し寄せて、乱暴、狼藉、略奪と、やりたい放題だって言うじゃないか… 国境の村バルーチの後は、次に国境に近いここカルサバだろうって噂さ」

「マジなのか………」

「あんたらが宿代払って出て行ってくれないと逃げるに逃げれないんだ、だからさっさとしておくれよ! あたしゃ下で荷物まとめて逃げ出す準備してるから、急いでおくれ!」

女将は慌てた様子でドタドタと階段を下りて行った。



「おい!アイン!起きろ!」

(隣であんだけ大声で怒鳴り合ってるのに、よく平気で寝てられるな…)

隣のベッドには、何も知らないアインが大イビキで寝ていた。

「アイン!起きてくれ!一大事なんだよ!」

「………ん?………一大事って何だ?」

パルマに体を揺さぶられ、アインはようやく目を醒ました。

「タラモアがロシュフォールに攻めてきたらしい!」

「タラモアが?」

「そんで一晩で負けちまったんだってよ!」

「その話が本当なら、タラモアの兵力で夜襲をかけられりゃロシュフォールはひとたまりもない…」

「どうする?アイン」

「現実を確かめに、ひとまず城に戻ってみるか… そろそろ金も尽きそうだし、親父のことも気掛かりだしな」

二人はやっと動き始めた。


先に身支度を終えたパルマが、部屋を出ようとするのをアインは呼び止めた。

「どこ行くんだ、パルマ」

「どこって…ここを出て城に戻るんだろ?」

「もちろん戻る、ただ、部屋を出るのはコッチからだ」

アインは窓を開けると、窓から身を乗りだし、屋根の上に降り立った。

「なるほど、そーゆーことね☆」

パルマも後に続いた。

二人は屋根伝いに数件先の建物まで移動し、そこから路地裏に身軽にジャンプした。

建物と建物の間を抜け、何食わぬ顔で表通りに出る。

少し不安げに宿屋の方を振り返ったパルマだが、自分たちが逃げたことに気付いた女将さんが鬼の形相で追いかけて来ないことを確認すると、ホッとした顔で歩き出した。

「それにしても、平気で宿代をちょろまかす王子様ってのも、どんなもんかねぇ…」

「うるせぇな…誰も俺が王子なんて気付いちゃいねぇよ」

「そりゃそうさ、もし気付かれたら、それこそ町中が大騒ぎだ☆」

パルマは声を出して笑った。

しかし、アインは表情を緩めることなく、少し険しい表情で町の様子を観察していた。

「どうやらタラモアが攻めてきたってのは事実らしいな……見てみろ、パルマ」


ロシュフォール領内で第二の規模を誇るカルサバの町は、普段なら多くの人が行き交い、様々な店が軒を連ねる表通りは活気に満ち溢れているはずだ。

ところが今は、道行く人も疎らで、ほとんどの店が開いていない。

道行く人が疎らな代わりに、家族総出でたくさんの荷物を積んだ荷車を引いている姿があちこちで見受けられた。


「女将さんの言う通り、タラモアの連中が襲って来る前に荷物をまとめて逃げ出したんだろう… ここがカルサバとは思えないくらい閑散としている…」

「確かに…言われてみれば…」

そんな中、まだ営業している店があった。武器屋だ。

二人は店の中に入ると、主人に話を聞いた。

「……なんだ、お兄ちゃんたち知らないのか? 昨夜タラモア軍が攻めてきて、城は一晩で落ちちまったらしいぜ」

「タラモアが攻めてきたって…連邦の平和協定があるじゃないか」

パルマは続けざまに質問をぶつける。

「そんなもん、あんだけの軍事力を手に入れたタラモアにしてみりゃ単なる足枷だ、遅かれ早かれ一方的に破棄することは目に見えてただろ?」

「ロシュフォール軍はどうした?」

「さあな… いくら連邦一の武勇を誇るロシュフォール軍とは言え、多勢に無勢、逃げたのか殺られちまったのか…」

「国王は?国王陛下はどうなった?」

「さあ… あんなお人好しの王様だ、タラモアに捕らえられたり殺されたりしてなきゃいいが… 俺ぁあの王様が大好きなんだよ…俺だけじゃねぇ領民全員が大好きな王様だ、無事でいてくれると信じたいね…」

「…………」

それまで黙って店主とパルマのやり取りを聞いていたアインが、ここで初めて口を開いた。

「おやじさんは逃げないのか?」

「俺は逃げねえ、というか今逃げるのは勿体ねぇんだ、なにせ今日は朝から商売大繁盛でな☆ 皆が逃げ出すときに、護身用つって剣や刀がバカ売れでよ☆ 見たところ丸腰のようだが、お兄ちゃんたちも一本どうだい?安くしとくよ?」

店主にそう言われ、アインは店内を見渡した。

「確かに、今後のことを考えれば、俺達も持っておいて損はないか…」

「へへ、毎度あり☆ で、どれにする?」

「パルマ、いくら残ってる?」

パルマが懐から小さな巾着袋を取り出し、中身を確かめようとすると、アインはそれを待たずパルマから巾着袋を取り上げた。

「この店で一番いい剣と、一番強い弓、それと小刀を2本くれ」

アインはそう言って、中身も確めずに巾着袋ごと店主に投げて渡した。

「ちょっ!アイン!」

パルマは予想外の出来事に、慌てて店主から巾着袋を取り返そうとする。

「いいんだ、パルマ」

アインはそんなパルマの体を片手で制した。

店主は巾着袋の中身を確認すると、

「こ…こりゃ銅貨じゃなく金貨じゃねーか!それもこんなにたくさん…」

と驚きを隠せず、あんぐり開いた口が塞がらないようだ。

「だから一番いい剣と弓をよこせ」

「へ、へい、ただいまお持ちします!」

店主は、店の裏に保管してあった剣と弓を持ってきた。

「こちらでいかがでしょう? こちらが当店で一番強い弓『ブルージュの弓』、そしてこちらが『フォロボの剣』という代々我が家に伝わる家宝でございます。 本音はどちらも手放したくないんですが…こんなに頂いちゃあ…」

「うん、これでいい」

アインは店主から剣と弓と小刀2本を受け取ると、弓と小刀1本をパルマに渡す。

「パルマは剣より弓の方が得意だからな、でも念のため小刀も持っておいた方がいい」

「そうだな、備えあればナンとやら…だ」


店を出るとき、アインは店主に告げた。

「それだけあればもう十分だろう、さっさと店を閉めて、おやじさんも早く逃げた方がいい」

「へい、もちろんそうします」

(宿代をちょろまかすくせに、変なとこ太っ腹なんだよな…ほんとワケわかんねぇよ)

無一文になったことが不安でならないパルマは、自分たちが目的地とは逆方向に歩いていることに気付いた。

「アイン、城に戻るんじゃないのか? 逆方向だぞ」

「城には戻る。 でもその前に、タラモアの奴等に襲撃されてるバルーチに行って現状を確かめる」

「何もわざわざ危険な場所に行かなくても」

「まだ村の人が残ってるなら、一人でも多く助けてやらないと…」

「なるほどね…」

(こーゆーところも不思議だよな…普段はチンピラとケンカばかりしてるくせに…人助けとなるとやたら盛り上がる…これもロシュフォールの血なのかね…)

パルマは渋々アインに従い、二人は国境の村バルーチに向かった…。




※※RENEGADES ひとくちメモ※※


【アイン】

この物語の主人公

ロシュフォール3世の一人息子にも関わらず、王子という身分が窮屈でつまらない、もっと世界を見てみたい、という単純な理由で国を棄て流浪の旅に出た放蕩息子

当然、世の中の評判は良くない

20才 170cm 65kg


【パルマ】

赤子のとき、城門前に捨てられていたのをロシュフォール3世が拾い上げ、我が子同然に育てられたという過去を持つ

アイン王子と兄弟のような関係であると同時に、お互い唯一無二の親友でもあり、アインの流浪の旅にも同行している

20才 172cm 70kg


【フォロボの剣】

伝説の鍛治屋フォロボが鍛え上げた名剣

鋭い切れ味はもちろん、鍔に施された繊細な彫刻と柄頭に埋め込まれたオニキスの黒い輝きが美しい


【ブルージュの弓】

幻の樹と言われるブルージュの樹から造られた弓

その強度は、矢速・飛距離とも通常の弓の数倍あると言われるが、その反面、その強度を使いこなせるだけの腕力が必要

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