【#66 ティラーナ神父】

-5107年 3月28日 01:10-


ホーブロー神国 チェチェヤ大聖堂




予想外の出来事を、四人は驚嘆とともに見守ることしか出来なかった。

「何だ何だ?仲間割れか?」

「どうやら、そのようですね……」

パルマは、枢機卿の落ちていった深い穴を覗きこんだ。

「底が見えねぇぞ……どんだけ深いんだよ」

「この深さでは万が一にも助かる見込みは無いですね…」

「穴の深さは72m、落ちた人は穴の底に倒れていますが鼓動は停止しています」

「そりゃそうだろ……御愁傷様♪」

パルマは穴の底に向かって嬉しそうに手を合わせた。


そんなパルマとククタをよそに、アインは大司教を鋭い視線で見つめていた。

大司教は「永遠にリスト教の信者」だと言った。「15年もの間、この時を待っていた」とも言っていた。

それに加え、いかなる理由があるにせよ、大司教が自分より高位の役職にある枢機卿を刺し殺したのだ。仲間割れという簡単な言葉で片付けられる状況ではない。

アインは、目の前で繰り広げられた光景よりも、その裏にある真意が掴めずに戸惑っていた…。



気持ちが落ち着いたのか、大司教は自ら黒頭巾を取り、顔を晒してアインたちと向き合った。

「改めて御挨拶申し上げます、アイン王子。私はリスト教の神父、レジャ=ティラーナと申します。あなたのお越しを心よりお待ちしておりました」

「ティラーナだと??」

「それって確か……」

「ひょっとして、ミカの親父さん?」

「左様にございます…m(_ _)m」


!!………


「火の手が迫っています、まずはこちら側へ。まだ火のついてない長机を渡せば、穴は越えられますので」

アインたちはティラーナ神父の言葉を信じ、まだ火のついてない長机を穴の縁まで持ってくると、それを三男は軽々と持ち上げ、穴の向こう側へ渡した。

橋の代わりに長机の上を歩き、眠り続けるミカとティラーナ神父のいる祭壇側へ渡りきったアインは、開口一番、神父に言った。

「どーゆーことか、洗いざらい話してもらおうか……」

「もちろん、そのつもりでございます。アイン王子」

黒頭巾を外した白髪の神父の瞳は、年齢のわりに清く澄んでいた。

その澄んだ瞳は、敵意を感じないだけでなく、一点の曇りもない信念を映し出しているようにアインは感じとっていた。

「あんた本当にミカの親父さんなの?」

アインより先にパルマがしゃしゃり出た。

「はい。ミカがとてもお世話になっているようで……ただただ感謝しかございません」

「ミカさんをここに呼び出したのは神父様ですか?」

ククタも質問をぶつける。

「はい。ウェンブリー教会に戻ってきたことを知り、ポストに手紙を忍ばせました」

「なぜミカや俺たちがウェンブリー教会にいることを知ってる?」

「ホーブローは小さな島国です。スラム派に支配されてから、島の至る所に偵察を兼ねた警備の信者たちが配置されておりますので、あなた方がホーブローに到着してからの足取りは逐一報告が入っておりました」

「到着してからだって?到着したのは夜中だぞ?船を降りたのも、野宿したのも、教会に着いたのも、全部見られてたってわけ?コワッッ!…」

「悪天候の影響でウェンブリー教会に三日間足止めを喰らったことも、エルマ山へ向かったことも、翌朝、中腹に突然開いた穴から出てきたことも、全て知っております」

「そんなことまで知ってんの?まさか、ミカのトイレや入浴シーンまで覗いてたんじゃねぇだろな?!だったら許さねぇぞ!!」

「それは僕も許しません!!」

パルマとククタは神父に食ってかかった。

「御安心ください、そのような報告は上がっておりません」

「だったらいいけどよ…」

「スラム派の偵察能力がハンパねぇのは分かった。俺が知りたいのは、ミカの父親代わりであるアンタが、なぜスラム派に与してるのかってことだ……どうやってスラムの大司教にまで成り上がった?」

「懺悔の思いを込めて、全てお話いたしましょう…。少々長い話になりますが、聞いてください……」


ティラーナ神父は、目を閉じて深い溜め息を吐いた後、静かに、ゆっくりと話し始めた。


「ここホーブローに暴力的なスラム教が入って来てから、私たちリスト教信者は迫害と殺戮に怯える日々を過ごしてきました…。中には、武器を手に立ち向かう信者たちもいましたが、悪魔に仕えるスラム信者に抗えるはずもなく、歯向かった者たちはことごとく殺されてしまった…。私たちリスト派の神父は、夜な夜な密会を開き、打開策を話し合いました。しかし、何度話し合っても決定的な案は出ず、無駄に時間を費やすばかり…。そうしてる間にも、日に日にスラム派の脅威は増す一方…、悠長に構えてる場合でないことは、集まった神父全員が自覚していました」

「で、最終的にはどうなったんだ?」

「最終的な決め手になったのは、我々には聖女ミカがいたことです。当時まだ幼かったミカですが、その頃から聖女と呼ぶに相応しい奇跡を起こしていました。巣から落ちて死んでしまったヒナ鳥を蘇らせたり、枯れてしまった草に花を咲かせたり、目を閉じて手をかざすだけでミカは様々な奇跡を起こしたのです。奇跡を起こすとき、ミカの目の奥が赤く輝くことを知った私は、ミカが神から選ばれた存在だと確信し、誰の目にも付かないように教会で大切に育てました」

「目の奥が赤く輝くのは特異種の証です…」

「わかっています。ただ、ミカの力は特異種という一言で片付けられるような単純なものではないのです。常人では有り得ない、まさに神から授かった能力、ミカを聖女と呼ばずして誰を聖女と呼びましょう……その聖女ミカが我々の元にいる…そのことが最後の望み……我々は最後の望みに賭けることにしたのです」

「ミカの力を信じ、その最後の望みにリスト派の命運を賭け、あんたたちは何か手を打ったってことだな?」

「はい。我々神父全員がリスト教信者であることを胸に秘め、スラム教に改宗した『フリ』をして、スラム教に潜入したのです」

「なるほど!そうすればスラム教の内部情報を知ることも出来ますね!」

「それだけではありません……スラム派からの信頼を勝ち得ることで、時間はかかりましたが確固たる地位に就くことも出来ました。大司教という地位を得てからは、それまで以上にスラム信者をコントロールしやすくなりました。リスト派の教会や信者たちを襲撃しないよう御触れを出せたのも、大司教という立場あってこそなのです。私だけではありません、あの夜、ウェンブリー教会で誓い合った神父たちの多くは、今ではスラム派の司教や司祭としてホーブロー各地のスラム教会に散らばり、真のスラム信者に気付かれぬようリスト派を守りながら、今日この奇跡の日を心待ちにしていたのです」

「つまり、あんたらリスト派の神父たちは、スラム教に入り込み、内部崩壊を企んでたってことか?」

「その通りにございます、アイン王子。あの夜に誓いを立てた神父たちだけでなく、多くのリスト信者たちが信念をひた隠し、今も黒いカンドゥーラを着て奇跡を待ち望んでおります」

「俺たちがココへ来たことが奇跡だって言うなら、それは間違いだ。俺たちは仲間を連れ戻しに来ただけで、ホーブローに巣食うスラム教をブッ潰しに来たわけじゃねぇ」

「それも分かっております。しかし、現にあなたがチェチェヤ大聖堂に来たことが引き金となって、ホーブローにおけるスラム教の頂点にいた枢機卿を排除することが出来たのも紛れもない事実。それも全て、聖女ミカの…神のお導きによるものでございます」

「神様を信じる人って、何でもかんでも神のお導きとか言うよな?そーゆーポジティブな理屈、俺にはサッパリ理解できねぇよ…」

ティラーナ神父の長い話に退屈していたパルマが愚痴った。

「仮に神のお導きだったとして、スラム教のトップをブッ倒したあと、これからどうするつもりなんだ?」

ティラーナ神父は祭壇の裏に隠してあった大きな鳥籠を持ってきた。

鳥籠の中には白い鳩が3羽入っている。

「この白い鳩を放てば、各地に散っているリスト派の信者たちが一斉に蜂起する手筈になっています。今日この大聖堂にあなたが来ることは事前に伝わっていますので、皆が今か今かと奇跡の瞬間を待っているのです」

「だったら、さっさと放て。いずれこの大聖堂は焼け落ちちまう……こんだけ火の手が広がっては消火は不可能だし、いくら石造りの建物でも長くはもたねぇぞ。冷てぇようだが、俺たちはミカを連れ戻せりゃ後のことはどうでもいいんだからよ」

「我が国の、ましてや二つの宗派のことですので、アイン王子にこれ以上ご迷惑をかけるわけにはいきません。鳩を放ち、奇跡を完成させましょう。再び平和なホーブロー神国に戻ることを信じて☆」


ティラーナ神父が鳥籠を開け放つと、3羽の鳩は一斉に飛び立った。

しかし次の瞬間、細く鋭い針のような物が鳩の体に突き刺さった。

「フハハハハハ!! 全て聞かせてもらったぞ、大司教………いや、ティラーナ神父!」


驚いた全員が声の方を振り返ると、そこには、穴の縁に立つ不気味な異形へ変貌を遂げた枢機卿ラムサールの姿があった…




※※RENEGADES ひとくちメモ※※


【お詫び】

65話のひとくちメモで、忙しいながらも週に1話は更新していくとか言っておきながら、いきなり一週間以上間隔が開いてしまいました…

思いっきりイイワケですが、仕事がクソ忙しい+息抜きに絵を描いてた+金土日と金沢に旅行してた…

とゆーのが、その理由です(-.-;)y-~

誠に申し訳ございませんm(_ _)m


息抜きに書いた絵、題してパルマいわく『クソ忙しいしクソ暑いし、早く夏終われ! 一足早く秋の気分に浸ってやるぅ(T∀T)』を近況ノートに載せておきますので、興味ある方は覗いてみてください☆(^^)


次こそ一週間以内にアップします…  飛鴻

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