【#67 信念】

-5107年 3月28日 01:47-


ホーブロー神国 チェチェヤ大聖堂



「何だ、この化け物は……いつの間に……どこから現れやがった……」

アインは咄嗟に剣を構えた。

「頭巾は外れてますが、破れた服は間違いなく枢機卿が着ていた黒いカンドゥーラ……あの化け物は枢機卿です……胸に刺さった鎌のような剣がその証拠です」

ククタは驚きながらも冷静に分析する。

「枢機卿って、さっき穴の底に落ちたんだろ?心臓だって止まってたじゃねぇか……」

パルマも震えながら弓を構えた。

「この人、今も心臓止まってますよ?」

三男は再度、センサーで確認した。

「じゃあ、やっぱり死んでんじゃん!!」

「新手のゾンビってわけか……」

「でも、言葉を話すゾンビって……」

「おそらく、レッドカメリアと聖女の血の効力ではないかと…」

ティラーナ神父は険しい顔でそう言った。

アインは、枢機卿から視線を反らさないままティラーナ神父に聞き返す。

「なんだそりゃ?どーゆーことだ?」

「レッドカメリアの花の効力を調べていた研究者が、ある日、とんでもない効力があることを発見しました」

「ゾンビを造り出す効力ですね?」

ククタの洞察力は相変わらず鋭い。

「その通りです。死んで間もない者にレッドカメリアから抽出したエキスを注入すると、脳だけは活動を再開するのです。しかし自我は失われる……つまり、血を求めるだけのゾンビが生まれるのです」

「それがさっきの連中か」

「はい。そこに聖女の血が加わると、自我は失われず……つまり、命が再生されるのです」

「なるほどな……だからコイツはレッド何とかの花を食ってたのか……そして、穴に落ちて死ぬまでの間にミカの血も取り入れたと……」

「確証はありませんが、採取された聖女の血は枢機卿が持っていたので、そうでもない限り、今この状況の説明がつきません……」


「丁寧な解説をありがとう大司教♪しかし、命が再生するだけではなかったのだ♪レッドカメリアと聖女の血の組合せに、秘められた効力があることを誰も知らなかった…もちろん私自身もな♪」

枢機卿ラムサールは両手を広げる。その手は4本に増えていた。

そのうち一本の腕は爪が異様に長く、その爪の先に3羽の白い鳩が串刺しになっていた。

しかも、その鋭い爪は枢機卿ラムサールの意のままに伸縮出来るようで、爪が元の長さに収まると、爪から外れた3羽の鳩はボトボトと床に落ち、二度と動くことはなかった。

「フハハハハハ!!……見よ!私の肉体を!力が漲り、全ての感覚が研ぎ澄まされている!レッドカメリアと聖女の血の効力は命の再生だけではなかったのだ!これが秘められた真の効力……不老不死!まさしく神の力だ!!」


そう豪語してる間もラムサールの肉体は変化を続けた。

目は大きく見開き、口は裂け、牙が生え、身体中の筋肉は隆起し、老体とは思えない……いや、人間とは思えない姿へと変貌した。


「そのような異形に成り果ててまで生きたいと思うのか……力を求めるのか……哀れな…」

「お主に哀れまれる覚えはない、大司教。お主も命が尽きる場面に直面すれば、生きたいと思うはず。違うか?」

「命は神から授かるもの。生きとし生けるもの必ずいつの日か神に命を返上する時がくる。それが自然の…この世の摂理。不老不死の力など、神への冒涜以外の何物でもない」

「ほう…さすが神に仕える者の立派な物言いだ。しかし、これでも同じセリフが言えるかな?」


再び一瞬で伸びた鋭い爪が、ティラーナ神父の体を同時に5ヶ所貫いた。


「がッッ!!……」

「おっさん!!」

「てめぇ~……よくもミカの親父さんを!!」

パルマは怒りに任せてブルージュの弓を放った。

高速の矢は、見事に枢機卿の胸に命中し、そのまま体を貫通して遠く離れた大聖堂の壁に突き刺さった。しかし……

「どーゆーこった?俺の矢は確実に急所を貫通したはずなのに……なんで平気な顔して立ってられんだよ……」

「フン♪…何の痛みも感じぬぞ!血の一滴も流れておらん!そればかりか、見よ、瞬く間に傷口が塞がっていく!これが神の力だ!!私は神の力を手に入れたのだ!!!フハハハハハ♪♪♪」

勝ち誇った枢機卿ラムサールの高笑いが、大聖堂にこだまする。

ラムサールは、ティラーナ神父を突き刺した爪を元に戻すと、爪についた血をペロリと舐めた。その、先の尖った長い舌も、もはや人間とは思えない異様さだった。

「てめぇ、レッド何とかの花とミカの血で頭ブッ飛んでんのか??勘違いすんなよ?てめぇは不老不死じゃなくて死んでんだ。痛みを感じねぇのも血が流れねぇのも当然だろ」

アインは至極当然なことを挑発的に言った。

「神の力を手に入れた私に歯向かう者にどんな運命が待っているか、そんなことも分からんのか?アイン王子……。当代きっての不埒者とは聞いていたが、頭の方も弱いとは……」

「ざけんなよ。仮にこの世に神の力なんてもんが存在するなら、それは人々に光を与える力のはずだ。おめぇにそんな力があるか?逆だろ?おめぇの力は人々から光を奪う力……闇の力だ。そんな力、誰も求めちゃいない、この世に必要ねぇ力なんだ」

「必要ない力は排除するか?神の力を得た私を倒せるとでも?」

「伸び縮みする爪と、気色悪い体を得ただけで、そんなもんが神の力なワケねぇだろ?何度も同じこと言わせんじゃねぇよ、クソジジイ!!」

「神の力を得た私の武器が、伸縮自在の爪だけだと思ってるのか?」


ガシッ!!


「ぐわっ!…」

「がっ!…」

「チッ!……腕まで伸びやがるのか!」

一瞬で伸びた枢機卿の4本の腕が、パルマとククタと三男の首を掴み、剣を構えるアインの腕まで押さえられてしまった。

「く……苦しい……息が……」

「首が……首が折れる……」

「この腕の筋肉量は常人の20倍、ゴリラ以上のパワーです」

「分析なんかいいから何とかしろ!三男!」

「先ほどのビリビリショックで大量の電力を消費してしまったので、僅かにパワー不足です……この腕は外せません、ボス」

「くそ~………」

「フハハハハハ!伸縮自在なのは爪と腕だけではないぞ♪」

なんと、爪と腕に続き、今度は先の尖った舌が伸び始めた。その舌で、器用に自らの胸に刺さった鎌のような剣を引き抜く。

「さぁて♪この剣でお主たちの息の根を止めるのは容易なことだが、それでは面白くない♪その前に絶望のドン底へ突き落としてやろう♪」

「クソジジイ……何する気だ……」

「お主たちの…いや、リスト教徒の希望の全て……それをこの世から消し去ってやろう♪奇跡が幻だったと悟り、絶望に打ちひしがれて死んでゆくがよい♪」

「やめろ……ミカには手を出すな……」

「何??聞こえんなぁ♪神の力を得るのは私一人で十分♪もう聖女は用済みなのだ♪」

枢機卿ラムサールは、剣を持った長い舌を頭上高く振りかぶる。

「やめろぉぉぉぉッッ!!……」

大聖堂に響き渡るアインの叫びを無視して、祭壇の上で眠るミカの胸に剣が振り下ろされた。


キンッ!!………


しかし、胸の谷間に突き立てられた鎌のような剣は、高い金属音を響かせただけで、ミカの体には1ミリも刺さっていなかった。

「何?!……どういうことだ……」

「へっ♪」

信じられない光景を前にして狼狽える枢機卿に向かって、パルマは得意気に言った。

「てめぇ……ブ……ブルージュの羽衣を……知らねぇのか……ブルージュの羽衣はなぁ……あの……神獣タロンガの攻撃を喰らっても……ほころばねぇくらい……頑丈な羽衣なんだよ!……恐れいったか!!」

「そういうことか……ならば、羽衣で守られていない、聖女の美しい顔に剣を突き立ててやるとしよう♪」

「ミカさん……逃げて……」

「起きろ!……変態女!……」

「ミカ!…ミカぁぁぁぁッッ!!」

再び振り上げられた剣が、少しの躊躇いもなくミカの額に振り下ろされた。



グサッッ!!


………( ̄△ ̄;)!!



鎌のような剣は、身を呈してミカを庇ったティラーナ神父の背中に突き刺さっていた。

「………おっさん……」

アインは、ミカを守ったティラーナ神父を一目見ただけで、その異変に気付いていた。

「大司教……まだ生きておったか……。とことん私の邪魔をしおって!!」

ティラーナ神父がゆっくり体を起こすと、やっと枢機卿ラムサールもその変化に気付く。

「大司教……貴様、まさか……」

「私はまだ生きている……我々リスト派の希望はまだ潰えていない……奇跡はここから始まるのだ!」


ティラーナ神父の腕もまた、4本に増えていた。


「聖女の血は私が飲み干したはず……」

「聖女の血?それなら、ここにいくらでもある」

ティラーナ神父は、指先でミカの耳たぶに軽く触れる。その指先には、真っ赤な血が付いていた。

「お前が食い散らかしたレッドカメリアの花も、そこらじゅうに落ちていたからな…」

「貴様も神の力を手に入れたわけか、大司教」

「神の力だと?……こんなものは決して神の力などではないッッ!!」

ティラーナ神父は、怒りの雄叫びとともに4本の腕で枢機卿の長く伸びた舌を掴むと、目一杯の力で根元から引きちぎった。引きちぎられた舌は、まるで、頭を失ったヘビのようにのたうちまわっていた。

「フハハハハハ♪見よ、舌を引きちぎられても瞬く間に再生する、これを神の力と呼ばずして何と呼ぶ?貴様も同じ力を得たのだぞ、大司教♪ 神の力を得た我々が手を組めば、世界を制することが出来るのだ!とっとと聖女を始末して、二人で世界を……この世を支配しようではないか☆」

「見くびるな、枢機卿……。私は例えこの身が異形と成り果てても、心まで失ってはおらぬ。肉体が朽ち果て、魂となっても私はリスト教の信者なのだ!!スラム教のお前と手を組むはずもない!聖女には……私の娘には指一本触れさせぬ!!」

「まだそのような事を申すか……。ならば、聖女もろとも死ぬがよい!!」

枢機卿ラムサールは、瞬時にティラーナ神父の額めがけて先の尖った舌を伸ばした。

ティラーナ神父は、その槍のような舌を4本の腕でガッチリ押さえる。

しかし、先に変貌を遂げた枢機卿の方が力が強い。ティラーナ神父の体は、まだ完全に変貌しきれていないのだ。

顔の寸前で押さえた舌先が、少しずつ額までの距離を縮めていく。

「ハハハハ!力ではワシの方が上のようだな!」

「もう自分で言ったことを忘れたのか?私はお前と『同じ力』を得たのだぞ?」

「何?………」

ティラーナ神父は自らの舌を伸ばし、その舌で背中に刺さったままの鎌のような剣を引き抜いた。


ザンッッ!!……


枢機卿の舌は、鎌のような剣で両断された。

ティラーナ神父は、剣を手に持ち変え、枢機卿から伸びる残りの舌を細かく切り刻みながら突進していった。

あっという間に枢機卿との間合いを詰めたティラーナ神父は、4本の腕に込めた渾身の力で、枢機卿の頭めがけて剣を振り下ろす。


ガシッ!


枢機卿は、たまらず「4本の腕」でティラーナ神父の腕を受け止めた。

「はぁ……はぁ……意識が飛ぶ寸前でした…」

「はぁ……はぁ……危うく死ぬことだったぜ」

「やっと解放されました♪」

「よくやってくれた、おっさん♪」

枢機卿の腕から解放されたパルマとククタと三男は、眠り続けるミカを守るように周りを取り囲んだ。

「次はこっちのターンだ、覚悟はできてんだろうな?クソジジイ……」


アインはフォロボの剣を握りなおした。





※※RENEGADES ひとくちメモ※※


【レッドカメリアと聖女の血】

スラム派の研究者が発見したレッドカメリアの効能は、死者を甦らせるというとんでもないものだった

死んで間もない「新鮮な」死体にレッドカメリアのエキスを注入することで、脳だけは再生するが自我は失われ、心臓も止まったまま血液が循環しないため筋肉組織に十分なエネルギーが供給されず動きは鈍く、そうして生まれたゾンビは、血を求めて彷徨うだけの生きた屍となる

そこに、究極の癒しや治癒効果のある聖女の血が加わることで、自我は失われず、なおかつ組織の再生能力と肉体の変異が発生することが、はからずも今回、枢機卿とティラーナ神父によって実証された

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