【#70 ホーブローの奇跡】

-5107年 3月28日 07:17-


ホーブロー神国 ウェンブリー教会




「おお!それはまさしくブルージュの楯!やはりここにあったのか♪」

チェンロンは目を輝かせた。

「いやいやいやいや、ちょっと待った!」

パルマは、ミカに近寄ろうとするチェンロンの行く手を遮り、少し大袈裟な身振り手振りで反論する。

「あんた、気の力で形を捉える心眼は使えなくなったのか?あれのどこが楯なんだよ?どこから見たって、ありゃ服だぜ?」

「そうか、お主たちにブルージュの楯の話はしていなかったか…」

「あの時、僕たちはブルージュの弓については細かく教えていただきましたが、楯と棒の話は…」

「そうであったな……私としたことが、何年も探し求めたブルージュの楯を前にして気持ちが先走ってしまった、申し訳ない」

チェンロンは、気持ちを落ち着かせ、改めてブルージュの楯について説明を始めた。

「楯と言っても、その言葉から誰もが想像する鉄や木で作られた板状の物ではない。ブルージュの樹液から作られた生地で織られた衣なのだ」

「何で衣なのに楯なんだよ?だったらブルージュの衣で良くね?」

「楯と名前が付いているのは、その力のためだ。あらゆる衝撃を吸収し、炎に包まれても燃えることはなく、冷気も通さない、どんな鋭利な刃物で切り付けても破れることはなく突き刺すことも出来ない、それが三つめの聖武、ブルージュの楯だ」

「なるほど♪だからタロンガの鈎爪も枢機卿の剣も防ぐことが出来たんですね♪」

「!!……今、何と言った?攻撃を防いだ?」

「はい♪」

「まさか、すでに楯のどこかに名前を…」

「襟や袖の縁取りしてある布の部分にミカさんの名前を僕が刺繍しましたが…まずかったですか?」

「…………」

チェンロンは頭を抱え、うつむいた。


「あのぉ……私のこの羽衣の話で盛り上がってるみたいだけど、どちら様?」

ミカは、初めて見る怪しい人物に尋ねた。

「そうか、ミカさんは初めてでしたね。この人はチェンロンさん♪アナムル王国の僧侶さんで、僕たちは以前、旅の途中で知り合ったんです♪」

ククタは、ミカにチェンロンを紹介した。

「旅の途中で知り合ったって言えるほど、あんまイイ出会いじゃなかったけどな……最初は俺の弓を奪いに来たんだからよ」

「あら、そうなの?初めましてチェンロンさん♪私はミカ、将来アイン様と結婚する者ですわ☆」

「そうでしたか☆私はチェンロンと申します。ミカさんは、とても強くて清らかな気をお持ちですな☆アイン殿とお似合いだ☆」

「もう♪初めてお逢いする人にまでお似合いって言われるなんて…♪チェンロンさんの人を見る目は確かなようね☆」

「そうなんですよ、ミカさん♪チェンロンさんは気の使い手で、盲目というハンデがありながら、気で何でも見えちゃうんです♪」

「お褒めいただき光栄だが、そんな事より、お主たちに頼まねばならぬ事ができてしまった……」

「あ!!……前以て言っておくけど、弓も楯も返さねぇからな!もちろん貸出しもしねぇぞ!!」

「分かっている。だからこそ、頼まねばならんのだ……」

「何ですか?チェンロンさんが改まって僕たちに頼みなんて?」

「急ぎ、私と一緒にアナムルへ向かってほしい。ブルージュの三つの聖武が揃ったことを皇帝にお披露目せねばならんのだ。アナムルの内情も絡んでいる話なのだが……詳しいことは道中で説明する。力を貸してもらえぬか?」

チェンロンの話しっぷりは真剣そのもので、何か深い事情があることは容易に想像できた。

パルマもククタも返事に困り、アインを見つめ答えを求める。

アインはしばらく黙ったまま考え込んでいたが、やがて、意を決したように口を開いた。

「わかった。どんな事情があるか知らねぇが、俺たちの協力が必要なら力を貸してやろう。一緒にアナムルへ行ってやる。ただし、今すぐ出発するわけにはいかねぇ。ここホーブローの……リスト派とスラム派の決着がついてからだ」

「リスト派とスラム派の決着?……それはどのくらいかかるのだ?」

「さぁな……今日中に決着つけばいいが……何日もかかる可能性もある。それと、ホーブローを発つのなら、その前に俺はミカに話しておかなきゃならない事がある……」

「え?私に話?そんな神妙な顔して……まさか、ついに結婚してくれるとか?」

ミカは頬を赤らめてときめいた。

「いや、そうじゃない……ミカの親父さんのことだ」

「な~んだ……ガッカリ……。アイン様に話してませんでしたっけ?私の父は、ウェンブリー村で農夫をやってたんですけど、スラム派の襲撃にあって……。このリストの十字架のペンダントが父の形見です」

ミカは、首から下げたペンダントを手に取ってアインに見せた。

「え?………いや、そうじゃなくて、ウェンブリー教会のティラーナ神父のことだ」

「ミカさんは赤ん坊の頃この教会に捨てられて、ティラーナ神父が父親代わりに育ててくれたんですよね?」


ミカは、それまで皆が聞いていた過去の話とは丸っきり違うことを言い出した……


「アイン様もククタ君も何か勘違いしてない?ここに捨てられてティラーナ神父に育てられたのはポロル兄さんよ?私も父の死後、ここに養子に出されて父親代わりに育ててもらったのは事実だけど、優しかった父と違ってティラーナ神父はとにかく厳格な人で、毎日のように叱られたわ……だから父親だなんて一度も思ったこともない。私が男嫌いになったのはティラーナ神父のせい。こんなこと言ったらポロル兄さんに怒られるかも知れないけど、神父がスラム派に連行された時、祭壇の下に隠れてた私は、これでやっと自由になれると思って清々したくらいなんだから」

ミカの話に、全員が首をかしげた。

「ミカ、お前、チェチェヤ大聖堂で変な薬でも飲まされたんじゃねーか?何をトチ狂ったこと言ってんだよ」

「誰も狂ってなんかないわよ。それに、チェチェヤ大聖堂?そんな所、幼い頃に行ったと思うけど、ろくに記憶すら残ってないわ。パルマこそ狂ってんじゃない?」

「はぁ??お前、昨日のこと何も覚えてねぇのか?」

「昨日って……エルマ山を出て、夜にここへ帰ってきて、ポロル兄さんの夕食をいただいた後、お風呂にも入らず寝ちゃって……で、珍しく今朝は私が最後に起きてきたってだけじゃない」

「……………」

アインもパルマもククタもポロル神父も、返す言葉を失った。至極当然のように話すミカが、皆をからかってるようには思えない。

「とにかく私は早くお風呂に入りたいの。ポロル兄さん、朝から悪いけど、お風呂借りるわね♪」

「あ、ああ……どうぞ♪いつでも入れるように沸かしてあるよ♪」

「覗かないでよね!変態パルマ!」

「誰が覗くか!!」

ミカは一人、風呂場へ向かった。


「アイン、ミカが言ったこと、ありゃ一体どういうこった??」

「昨日の記憶が飛んでるのは、おそらく薬のせいだろ……。ミカの眠り薬も、目が覚めると直前の記憶が飛ぶと言っていた……。スラム派に拉致られた時に飲まされた眠り薬は、きっとその何倍も強い効果があったに違いない」

「昨日の記憶が飛んでるのはそれで納得できますが……以前に聞いた昔の出来事と、あんなにも内容が違うのは……僕にはまるで、記憶そのものが書き換えられたようにしか思えません……」

「うん、うん、あれは完全におかしいぜ」

「それについては私も同感です。丸っきり事実と異なる記憶にすり替えられてるとしか…」

パルマもポロル神父も、ククタの意見に同調した。

「皆の言う通り、記憶が書き換えられたんだ」

「え?!」

アインの断定的な言い方に、三人は驚いた。

「いつ?誰が?そもそも、どうやって記憶なんて書き換えられるってんだよ??」

「ティラーナ神父だ……」

「ミカの親父さんが?」

「おっさんは最期のとき、俺に薬玉を渡してきた。眠り続けるミカを起こすにはその薬玉が必要だと。俺は何の疑いもなくミカに飲ませたが……あれがきっと、ミカの記憶の中にいる自分の……父親の記憶を書き換えるための薬だったんだ」

「何のために?」

「おっさんはミカの特殊能力のことを知っていた。癒しや治癒だけじゃなく、おそらく相手の心を覗ける能力のことも……。いつか何かのキッカケで大聖堂での出来事を特殊能力で覗き見たとき、15年前に死んだはずのおっさんが生きていて、異形と成り果てた姿を知られたとしても、父親とは思えない大嫌いな存在としてミカの記憶に残しておけば、悲しませずに済む……。おっさんは、あの薬でミカを悲しませないための保険をかけたんだ」

アインは自分なりの推測を皆に説明した。

「そんな……そうまでしてミカさんを悲しませたくなかったんですね……」

ククタの目には涙が溢れていた。

「それが父親としての……娘を想うおっさんなりの愛情なんだろ……」

「なんか俺……泣けてきた……(ToT)」

パルマはオイオイ泣いていた。

ポロル神父は静かに涙を流しながら、十字架を握りしめ神に祈りを捧げた。



そんな折、ウェンブリー教会に新たな訪問者がやってきた。

白いカンドゥーラを着た5人組の訪問者は、教会の中に入って来るなり開口一番こう告げた。

「突然の訪問お許し願いたい。私共はスラム信者と偽って各地のスラム教会に身を潜め、ティラーナ神父のもと、奇跡の日を待ち望んでいた者にございます」

先頭を歩いていた白髪の老人は、胸に手を当て深く頭を下げた。

残りの4人も同様に頭を下げる。

「そして今日、奇跡の時が訪れました。これもひとえに、15年にも及ぶティラーナ神父のたゆまぬ努力と、神の御心によるものにございます」

「とゆーことは、ホーブローからスラム派の連中を追い出せたんですね?よかった♪」

「ミカの親父さんもあの世で喜んでるぜ☆」

ククタとパルマは素直に喜びを表現した。

「まだスラム派を完全に追放できたわけではありません。どういう訳か、どの町もスラム信者のほとんどが姿を消していたお陰で、スラム派に占拠されていた町は全て解放出来ました。しかしまだ偵察部隊のメンバーが各地に散っているはずです。我々の仲間が手分けして探しているので、見つけるのは時間の問題かと思われますが…」

「枢機卿の非道を知って、犠牲になる前にタラモアに逃げ帰ったのかも知れませんね……」

「偵察部隊もかわいそうにな♪もう帰る場所がないんだからよ♪」

ククタが大聖堂で見たゾンビたちの悲劇を思い返して悲痛な面持ちだったのに対し、パルマは意地悪そうにニヤけていた。

「さて、ここから本題なのですが……。私共がウェンブリー教会へ来た理由を単刀直入に申し上げます」

白髪の老人は、真剣な眼差しでポロルを見つめて言った。

「自らの命と引き換えにされたティラーナ神父の奇跡の完成のために、ポロル神父、我々と共に聖地チェチェヤにお越し願いたい」

「私が?……チェチェヤに?……」

「さよう。あなた様は今後、リスト教の教皇として、このホーブローを以前のような平和で穏やかな国にしていただく使命がございます。これは、神のお導きであり、我々リスト派の総意であり、ティラーナ神父の最後の願いでもあります。もちろん、我々リスト派の神父全員でお支えいたします。ですから、どうか我々と共に聖地へ」

リスト派の神父たちは、より深く頭を下げ懇願した。

「教皇として……ですか……」

突然の申し出に、ポロルは応えに迷った。

自分のような若輩者にそんな大役が務まるのか……自分の双肩にリスト教信者の、ホーブローの未来がかかっている……あまりに大きな責務に、ポロルは一歩を踏み出せずにいた。

「やってやれよ……おっさんの遺言だろ……」

アインの一言がポロル神父の背中を押す。

「おっさんは俺にも同じことを言っていた。ポロル神父、おっさんはあんたの勤勉さと誠実さを見込んで、自分の命を捨ててまでホーブローの未来をあんたに託したんだ。そんなあんただからこそリスト派の全員がついてきてくれるし、力も貸してくれる。ここで引き下がってちゃ男じゃないと思うがな……」

「父さん………」

アインにそう言われ、ポロルは目を閉じて天を見上げた。

「………わかりました。どこまでやれるか分かりませんが出来る限りの努力をして、リスト派……いえ、このホーブローに平和と安定をもたらせてみせます!!」

ポロルは力強く言い切った。

「よくぞ申されたッ!」

「15年間…待ち続けた奇跡が…ついに!…」

「これでホーブローの将来は安泰だ」

「元の平和な国に戻るのだ!」

「我々も、命を惜しまず力になりますぞ」

リスト派の神父たちは、誰からともなく次々とポロル神父の手を握り、涙を流して喜び合った。


「よく決心したな♪これで俺たちも心置きなくアナムルへ旅立てる」

アインの表情にも笑顔が戻った。

「全ては神のお導きとあなた方のお陰です、アイン王子。その恩に恥じぬ働きをして、ホーブローに平和を取り戻してみせます!」

「しっかり頼んだぜ♪大丈夫、あんたなら必ずやり遂げられるはずだ♪スラム教やタラモアのことなら心配ない、いずれ俺たちがブッ潰してやるからよ♪」

「くれぐれも無理はなさらぬよう……。それと、ミカのこと、よろしく頼みます」

「ああ、わかった」

「僕たちが命懸けで守ります!」

「なんたって、リスト教の聖女様だからな♪キズ物にならないように、しっかり守るから任せとけって♪」

「パルマに守られるほど私弱くないけど?」

タイミングが良いのか悪いのか、風呂から上がったミカが戻ってきた。

「てめぇ~……どっちが強いとか弱いとかって話じゃねぇんだよ!今のは話の流れ上……」

「そんなの、私の方が強いに決まってるじゃない♪♪♪それより、アナムルへ向かうんでしょ?だったら出発の準備しなきゃ♪私、アナムルは初めてだからワクワクしちゃう♪」

部屋に戻り出発の準備をしようとするミカをアインが呼び止めた。

「ミカ………」

「はい、何でしょう?アイン様☆」

アインはミカに手を差し出した。

「俺の手を握るんだ」

「そんな……☆人前でアイン様と手を握るなんて……☆どうしたんですか?」

「いいから握るんだ!握って、俺の心の中を見ろ!昨日の夜、ミカが眠っている間に起きた出来事を、しっかりその目に焼き付けろ」

アインは自ら強引にミカの手を掴んだ。

「アイン……様?」

「見るんだッッ!!」

あまりに真剣なアインの剣幕に観念し、ミカは目を閉じて一度深呼吸をする。

再び開いたミカの瞳の奥は、赤く輝いていた。

誰もが押し黙り、重い空気が流れる。

瞳の奥の輝きが消えると、ミカは静かに口を開いた。

「私が眠ってる間に……こんな事が……」

「おっさんは……ティラーナ神父は自らの命と引き換えにミカを守ったんだ。親父さんの供養のために、ホーブローに残ってもいいんだぞ?」

「……………」

ミカはうつむき、しばらく考え込んだあと、顔を上げて、笑顔でキッパリ言った。

「アイン様、私はどこまでもアイン様のお側でお仕えします☆先ほど言ったように、私はティラーナ神父に対して、育ててもらった恩こそあれど、親子の愛情など微塵もありません……逆に、憎しみの方が強いくらいなのですよ?命を捨てて私を守ったのも、私から言わせれば、最後に父親らしい事をしてくれたくらいにしか感じません……。ですから、もうティラーナ神父のことは忘れて、これからも共に旅を続けさせてください☆」

ミカは満面の笑みでアインを見つめる。

「しかし……」

「いいじゃねぇか、アイン。ミカ本人がそう言ってんだからよ」

「例え親子でも、憎しみしかない相手なら、亡くなっても悲しみなんて感じないのかも知れませんね……」

「そういうこと♪分かってくれたなら、皆も早く出発の準備しましょ☆」

ミカは部屋へ戻って行った。




「お父さん………お父さぁぁぁぁん!………」

ミカは枕に顔を埋め、大声で泣いた。

薬によって書き換えられた記憶は、アインの心を覗いた時に、元の記憶まで甦っていたのだ。

しかしミカは、書き換えられた記憶のままを装った。アインたちに余計な心残りをさせたくなかったからだ。


ひとしきり泣いたあとミカは立ち上がり、涙をぬぐって姿見の前に立つと、鏡に映る自分の顔を力強い眼差しで見つめ、首から下げた形見のペンダントを握りしめる。

これからは、心の中の父親と共に戦い抜くことを強く誓った……




※※RENEGADES ひとくちメモ※※


【その後のホーブロー】

教皇となったポロルはチェチェヤに移り住み、まずは大聖堂の修復に取りかかった

リスト教徒の協力の甲斐あって、わずか1ヶ月で新たな大聖堂が完成した

チェチェヤ大聖堂の名はティラーナ大聖堂と改名され、以前とほぼ同規模の大聖堂であったが、それまでと大きく違うのは、建物のてっぺんに巨大なリスト派の十字架が建てられたことだ

それは、命懸けでホーブローの奇跡を起こしたティラーナ神父の追悼と、多くの犠牲となったスラム信者の慰霊の想いが込められた十字架だった

ティラーナ神父と多くのスラム信者たちは、大聖堂の地下深くに今も静かに眠っている…

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