【#52 vs エジピウス】
-5107年 3月25日 6:55-
ホーブロー神国 ウェンブリー教会
アインたち一行は、ウェンブリー教会で過ごす三度目の朝を迎えた。
「みんな、準備は出来てる?いよいよ出発よ♪」
三日ぶりの青空のようにミカは爽やかに言った。
「ミカさん、朝から元気ですね☆」
「何でそんなに元気なんだ?…あと一日二日、雪降り続いても良かったのに…飯は美味いし居心地いいし、なんたって全部タダなんだからよ♪」
「何日もお世話になるわけにいかねぇだろ…。さっさと準備してレッド何とかを探しに行こうぜ」
「こないだも言ったけどよぉ、そのレッド何とかを採取するだけじゃ済まねぇんだぞ?異形種も神獣も出るんだぞ?ホントに分かってんのか?アイン…」
「二人とも、何度も言いますけど、レッドカメリアね!レッドカメリア!」
四人が出発の準備を終えたころ、ポロル神父が朝食を運んで来てくれた。
「準備は整いましたか?山頂まで行くのに一日、帰りは下りなので半日。ただし、それは途中で何のトラブルもなかった場合です。エジピウスと遭遇したり、山頂で万が一タロンガに襲われたりすれば、もっと時間がかかるはずです。念のため、乾パンや干し肉も用意しておいたので持っていってください」
「わあ♪ありがとう、ポロル兄さん♪」
「助かります☆」
「あ~あ…こんな美味い朝食も今日限り…。明日からまた、ひもじい朝食に逆戻りか…」
「はい!ぶつくさ言ってないで、食べ終わったならコレ持って!さあ♪行くわよ~♪」
ミカは強引にパルマにリュックを背負わせた。
「お世話になりました☆では、行ってきます☆」
「いろいろ助かった、ありがとう☆必ずレッド何とかを採取して戻ってくる。無事に戻れるよう神に祈っててくれ☆」
「俺ここで皆の帰りを待ってようかな…」
パルマの言葉を無視して、アインもククタも各々リュックを背負い、教会を出発した。
「ほら!さっさと歩く!!」
パルマも、ミカに思いきり尻を蹴られ、渋々後に続いた。
エルマ山の山頂に続く登山道は、麓から8合目までは針葉樹の森の中を、そこから先は雪と氷で出来た白銀の世界を進むことをポロル神父から聞かされていた。
事実、8合目辺りで景色は一変し、まるで、そこに目に見えない線が引かれているように、森と雪原との境界線が存在した。
「何だ、この不思議な景色?…こっから先、一本も木ィ生えてねぇじゃんか…」
パルマは、ポロル神父が持たせてくれた干し肉をムシャムシャしゃぶりながら言った。
「ホント不思議ね…間違えて足を滑らせたら一気にここまで滑落よ…地形変化も分かりづらいから、クレパスにも注意して進まないと…」
「クレパスって何だ??」
「氷河にできる氷の裂け目のこと。エルマ山の山頂付近は昔から一年中雪に覆われてるから万年雪になってるはずだし、地形と環境次第では氷河があってもおかしくないわ…」
「ここまでは針葉樹の森のお陰で二日間降り続いた雪の影響も大したことありませんでしたけど、ここから先は、かなりの積雪、しかも新雪ですから歩きづらいはずです。おまけにもう春ですから、こんな環境だと雪崩の危険性もありますよ」
「滑落やらクレパスやら雪崩が危険なことはよく分かった。しかし今の俺たちには、アッチの方が危険なんじゃねぇか?…」
アインは遠い空を指差して言った。
「エ…エジピウスだ!!」
「あれがククタの言ってた、最も出会いたくない鳥ってやつか?」
「そうだとしても、あんな遠くなんだから、大丈夫なんじゃない?」
四人が見つめる先、はるか上空を巨大な鳥が3羽、羽ばたきもせず旋回している。
「あんだけ遠いんだ、気付いちゃいねぇって♪今のうちに少しでも進もうぜ」
パルマは相変わらず干し肉を頬張りながら、前進を開始した。
「でも、猛禽類は、数キロ先の雪原にいるウサギも発見できるって言いますから、僕たちなんか簡単に見つかっちゃうんじゃ…」
「え?そうなの?」
「そんなことも知らないで平然と進み始めたの?こんな所で発見されたら、見ての通り逃げも隠れも出来ないわよ?」
「そうパルマを責めるな。山頂まであと少しだ、進み始めた以上このまま一気に行くしかねぇ。気付かれないことを祈ろう…」
「言ってるそばから悪いんだけどよアイン…なんか、一匹こっち向かって飛んで来てねぇか…?」
「何?!」
アインが振り向いた時には、猛烈な勢いで滑空してきたエジピウスが、四人の目前まで迫っていた。
咄嗟に剣を抜いたアインだったが、新雪に膝まで埋まった状態では思うように動けない。
ピキィィィィィーッッ!
けたたましい鳴き声を上げ、鋭い爪が向けられた先にはパルマがいた。
「危ないッッ!パルマッッ!!」
「あ…あわわわ……」
怯えたパルマは、アイン同様新雪に足を取られ、背中から雪に埋もれるように大の字に倒れ込んだ。
パルマの体は見事に雪に埋まり、それでも咥えたまま放さない干し肉が、雪原からひょっこり飛び出していた。
雪上スレスレを滑空してきたエジピウスは、見事にその干し肉だけを鋭い爪でキャッチして、再び上空に舞い上がる。
「大丈夫か!パルマッッ!」
雪から這い出てきたパルマは、三人の心配をよそに、
「あんにゃろ~…俺の干し肉かっぱらって行きやがった!」
と、かなり場違いな発言で三人を呆れさせた。
「大丈夫なのか?!」
「ああ、どこもケガしてねぇ」
「まだ油断は禁物よ!あとの2匹も気がついたみたい、こっちに飛んで来るわ!」
ミカの言葉に全員身構えると、どうやら、あとの2匹も真っ直ぐパルマに向かって滑空してくる。
「なんで俺ばっか狙われるんだ?!女にゃモテねぇのに、鳥のバケモノにはモテんのか?」
「良かったじゃない♪エジピウスに感謝しなさい♪」
「パルマさん!リュックを向こうに投げて!早くッッ!」
「え?」
「早く投げてッッ!!」
ククタの珍しく強気な剣幕に押され、パルマはワケも分からず下ろしたリュックを遠くに投げた。
すると、パルマに向かって飛んで来ていた2匹は、直前で方向転換し、投げ捨てられたリュックのそばに降り立った。
そして、リュックを奪い合うようにケンカを始めたのだ。
「ククタ!分かってんだろな?あのリュックには神父さんがくれた大事な食料が入ってんだぞ!」
そこへ最初の1匹も加わり、3匹とも大きな翼を広げ、クチバシで突つき合いが始まる。
「その食料が問題なんです。なぜエジピウスがパルマさんだけを襲うのか…そこを考えたんです。イエティーに襲われた時のように、武器なら今回は全員が持っている…パルマさんだけが持っているもの、それは神父さんが持たせてくれた食料です。それに賭けてみたんですが…結果は見ての通り、大正解だったようです♪」
3匹のエジピウスは、リュックを奪い合い激しいケンカを繰り広げている。アインたち四人のことなど丸っきり眼中にないようだ。
「なるほど、さすがククタ君ね♪特に干し肉は強い匂いがするから」
「そうなんです。学術書によれば、エジピウスは犬より嗅覚が優れてるらしいので♪」
「じゃあ、俺を狙ってたんじゃなく、干し肉が目当てだったのか…」
「そーゆーことだ♪ 干し肉を奪い合ってる今のうちに、奴らを片付けちまおう♪」
「よっしゃ!だったら俺に任せとけ!食いもんの怨みは怖ぇってこと、あいつらに思い知らせてやる!」
パルマはブルージュの弓を構えた。
「ダメだ!パルマはまだ手を出すな!」
そのパルマを、アインは制した。
「何でだよ?今がチャンスじゃねーか…飛んでねぇハゲタカなら間違いなく命中させられるぜ?」
「そうじゃない。無駄な殺生をするなと言ってるんだ」
「アイン、正気か?相手は異形種だぞ?」
「例え異形種でも、むやみやたらに殺していいワケじゃない。殺していいのは、殺らなきゃこっちが殺られる時だけだ」
「じゃあどうすんだよ??」
「ここはミカの出番だ」
「え?!私ですか?」
「例の薬であいつらを眠らせてくれ。出来れば丸一日、目が覚めないくらいに。薬の量で調節できるだろ?」
「調節は可能ですけど…果たして異形種に効くかどうか…」
「まずはやってみよう。それでダメなら、そん時に考える♪」
「わかりました☆やってみます☆アイン様」
「相変わらず呑気だなぁ…アイン。失敗して襲いかかって来たら責任とれよ?」
ミカはその場で大きな薬玉を手早く作り上げる。
「よし!ミカはそれを奴らの頭上に投げるんだ。ちょうど薬玉が奴らの頭上にきたタイミングで、パルマ、お前の出番だ♪確実に薬玉を射抜いて、奴らに薬を浴びせてやれ!」
「わかりましたわ☆アイン様☆ しくじったら承知しないよ!パルマ!」
「うるせぇ!任せとけ!」
ミカは薬玉をエジピウスの頭上に投げた。
それをパルマが見事に射抜く。
ミカの調合した薬は、白い霧となって3匹の頭上に降り注いだ。
「さすがパルマさん!」
「こんなの朝飯前だぜ♪」
「あとは薬が効いてくれるかどうかね…」
「ミカの薬だ、必ず効くはずだ」
「………アイン様☆☆☆」
はじめのうち、薬を浴びたことにも気付かずリュックの奪い合いに夢中になっていたエジピウスは、やがて、1匹また1匹と動きが鈍くなり、最後には3匹全てが意識を失い倒れ込んだ。
「やりました!作戦成功です!アインさん!」
「ま、半分は俺のお陰だな♪」
「薬が効いて良かったです☆アイン様☆でも、どのくらい効果が続くか分かりません…早くこの場から離れましょう」
「そうだな。ククタの知識に今回も助けられた♪ミカもパルマもよくやった♪皆ありがとう☆」
アインは剣を納めると、眠るエジピウスに近付き、パルマのリュックを拾い上げ、中から残りの干し肉を取り出した。
「アイン………お前、まさかとは思うが…何する気だ?」
パルマの言葉をスルーして、アインは眠る3匹の口元にそれぞれ干し肉を置いて回ると、空っぽになったリュックをパルマに投げ渡す。
「おい!アイン!…俺たちの大事な食料だぞ!しかもメッチャ美味いんだぞ!それを異形種なんかに…(T△T)」
「こいつらはコレを食いたかったばっかりに無駄に眠らされたんだ…このくらいしてやってもいいだろ♪さぁ、先を急ごう♪山頂はもうすぐだ!」
アインの言葉に誰も異を唱える者はいなかった。
それでもパルマは、その形が確認できなくなるまで、何度も後ろを振り返り、指を咥えて干し肉を眺めていた。
四人が再び山頂を目指して歩き始めたころ、ホーブローの港に一隻の船が到着した…
※※RENEGADES ひとくちメモ※※
【ポロル神父の干し肉】
今回、結果的にエジピウスを引き付けてしまったくらい芳醇な強い香りを放つ干し肉
ポロル神父の特製で、数種のスパイスを振った鶏肉を、リンゴ・くるみ・ウイスキーオークの3種類をブレンドしたチップで燻製にしたもの
ポロル神父の家系に代々伝わるそのレシピは門外不出となっているが、無事にウェンブリー教会に戻った暁には何が何でも聞き出してやろうとパルマは企んでいる
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます