【#74 由々しき事態】

−5107年 3月29日 06:07−


アナムル王国 紫海湖のほとり




ギリギリギリギリ…… ビンッ!!


パルマが放った矢が頭上の捕食袋に命中すると、捕食袋は風船のように破裂した。

弾けた捕食袋からは、缶を咥えたままのラオシュと一緒に、大量の消化液が辺りに撒き散らされる。

消化液が付いた周りの草や地面は、シュ〜ッ!…と音を立て、わずかな煙をくゆらせながら見る見る変色していった。

「うわぁ…かなり強い酸ですね…」

「仮に皮膚に付いたら、たちまち大ヤケドだ」

九死に一生を得たラオシュは、体をブルブル震わせ消化液を払い飛ばすと、それでもまだ足りないのか、体を洗うべく紫海湖へ飛び込んだ。

乾パンの入った缶を咥えたまま…。

「あ〜ッ!!ネズミ野郎、助けてやったんだから乾パンぐらい置いてけよ!!」

「もういいじゃない、代わりに今から私が残ってる食材で皆の朝食作ってあげるから♪」

「それにもう、消化液が付いた金属製の缶ですから、所々に穴が開いて、中の乾パンにも染み込んでるはずですよ…」

「ちっ!……あのネズミ野郎、今度出くわしたらタダじゃおかねぇからな!」

パルマは渋々諦めざるを得なかった。



馬車に残ってる食材は野菜と卵くらいで、ミカはそれを上手に使って、人数分の目玉焼きと野菜炒めを作った。

「ちぇっ!米も肉もねぇのかよ……」

パルマは、皿に盛られた料理を見て愚痴った。

「贅沢言わないの!食べられるだけ有難く思いなさい!そもそもパルマが皆の乾パンを盗られたからこうなったんでしょ!」

「それにしてもミカさん、料理も上手なんですね♪僕尊敬しちゃいます☆」

「こう見えても一応は女ですから♪」

「女なのは見た目だけで、中身は男より荒っぽいじゃねーか…」

「パルマ何か言った?もう一度ハッキリ言ってごらん?ん?」

ミカはパルマの鼻先に包丁を突きつけて言った。

「何も言ってません!とても美味そうです!ありがたく頂戴します!」

事実、ミカが有り合わせの食材で作った朝食は、兄のポロルに負けずとも劣らない絶品だった。

アインは、ミカの作ってくれた朝食を食べながら、一人、浮かない表情で考え込むチェンロンに聞いた。

「さっき、あの草の化け物は、本来この辺りには自生してないはずとか言ってなかったか?」

「その通りだ。チョロウソウの自生地帯は限られている。本来であれば、ここツゥハイ湖から遠く離れた地域にしか自生していないはずなのだ。それが、こんな所にまで……」

「自分で移動できるんでしょ?だったら、獲物を求めて紫海湖まで来ちゃったんじゃない?」

「確かにそうとも考えられるが、自生地帯が限られているのには理由がある」

「どんな理由ですか?学術書の記載と大きな違いがあることにも関係してるんでしょうか…」

「学術書がいつ頃に作られたものか分からんが………自生地域の広がりも、今まで見たことがないほど巨大化しているのも、私の考えが正しければ、それは由々しき事態だ」

「由々しき事態??どーゆーことだ?」

「そもそもアナムルの森に棲む動物たちにとって、チョロウソウは言わば天敵。自生地域が広がっても、数が増え過ぎても、アナムルの森の動植物の均衡が崩れてしまう。その自然界のバランスを保っているのが森の神獣パンテラだ」

「うわ!ここでも出た、神獣!………海の神獣、空の神獣と来て、今度は森の神獣だってよ。また神獣と戦わなきゃならなくなったら、次こそ本当にオダブツかも知れねぇな…(T▽T)」

「神獣って、滅多にお目にかかれないんじゃないの?ついてるのか、ついてないのか、私たちどんだけ神獣と縁があるのかしら……」

「つまり、その森の神獣ってやつが、猪籠草が限られた自生地域から出ないように監視してるってことか……」

「そうだ。だからと言ってチョロウソウを絶滅に追い込むようなことはしない。動物たちの天敵と言えど、チョロウソウもまた、アナムルの大自然の中では欠くことの出来ない大切な一員なのだ……」

「自然界の仕組みとか俺にはサッパリだけど、要するにチェンロンのおっさんが言いたいのは、本来であれば猪籠草が紫海湖の畔まで来ることなど有り得ねぇって話だろ?」

「そういうことだ。私がブルージュの聖武を求めて旅に出ている間に、神獣パンテラに何かあったとしか考えられん……」

「仮に、神獣の身に何かあったとして……自然界のバランスが崩れることが、そんな大きな問題なの?」

「人々が暮らす地域に出没したら、猪籠草が人を襲う被害が出るとか?」

「もちろん、それもあるが……もっと大きな問題が絡んでいる。森の神獣パンテラは、皇帝の守護獣でもあるのだ」

「皇帝の守護獣??皇帝を守ってるってこと??」

「そうだ。まだアナムルが小国の一つに過ぎなかった時代から、パンテラは皇帝の守護獣として皇帝の危機を幾度となく救ってきた。ブルージュの聖武と神獣パンテラの守護、この二つがあってこそ皇帝は威光を放ち、その威光のもと人心を集め、小国を統一して王国を建国出来たのだ」

「それじゃあ、神獣の身に何かあったとしたら、自然界のバランスだけじゃなく、アナムルの、王国としてのバランスまで崩れることになっちゃうじゃない!」

「そう、だから由々しき事態なのだ……」

「俺たちは皇帝さんにブルージュの聖武が3つ揃ったことを御披露目に行くってのに、聖武が揃ったと思ったら、今度はもう片方の神獣がヤバイなんて……どうなってんだよ」

「とにかく……」

重い空気が6人にのしかかる中、アインは皆に道を示す。

「ここで推論を言い合ってても何も始まらない。確かな情報を掴むためにも、まずは王宮へ急ごう」

アインの言葉に皆が頷き、馬車は再び王宮への道を進み始めた。



途中、小さな村をいくつか通り過ぎ、3本の猪籠草も見かけた。もちろん自生地域からは大きく外れている。

そのうち、村に近かった猪籠草はアインと三男が排除した。

村で話を聞くと、山菜を採りに行った幼い兄弟が猪籠草に襲われ犠牲になったという。

村人たちはとても悲しむと同時に、神獣はどうしたのかと、とても不安がっていた。

「皆、神獣のことが気掛かりみたいね……」

「アナムルの森に暮らす彼らにしてみれば、神獣パンテラは自分たちの守り神でもあるのだ」

「パンチラ野郎……神獣なら神獣らしく、しっかり役目を果たしやがれ!み〜んなが不安がってんじゃねーか!どこで油売ってんだ!」

「(-_-)………パンテラね、パンテラ」


よほど気が急いていたのか、結局、翌朝の夜明け前にアインたちは王宮のある首都コウシュン(煌春)に到着した。




※※RENEGADES ひとくちメモ※※


【森の神獣 パンテラ】

トラの特異種

アナムル王国の森に棲息

アナムルの自然を破壊する者を排除し、動物たちの天敵となる食獣植物である猪籠草の増殖を抑え、自然界のバランスを保つ役割を果たしている

また、アナムル皇帝の守護獣として崇められ、大昔から皇帝の危機を救ってきたが、皇帝を守る理由やそのキッカケは定かではない

猪籠草の暴走が見られることから、神獣パンテラの安否が気になるところだが、今のところ真相は明らかになっていない

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