【#73 猪籠草】
−5107年 3月29日 04:41−
アナムル王国 紫海湖のほとり
アインたち一行は、一昼夜をかけ、道程の中間地点であるツゥハイ湖(紫海湖)の畔まで到達していた。
湖畔の道を静かに馬車が進む。
その馬車の手綱を三男が持ち、ククタとチェンロンが馬に乗り、残りの三人は馬車の荷台で仮眠をとっていた。
「うわぁ、大きな湖ですねえ……海みたいだ」
波一つない鏡のような湖面に夜空が反射して、まるで星空の中を浮遊してるような心地よい錯覚をククタは感じていた。
「ここツゥハイ湖は、アナムル王国のほぼ中央に位置するアナムル最大の湖だ」
紫海湖は、紫色の水を湛え、対岸など見えず、一見すると海のように見えることからその名が付けられた。
「なぜ水が紫色なんですか?」
「さあ…それは私には分からん…」
「この周辺の土壌には鉄分が多く含まれています。湖に落ちる木々の葉から出るタンニンと土壌の鉄分が結合してタンニン鉄が生成されることで水が紫色になっていると思われます」
三男は、二人の疑問をあっさり答えてみせた。
「そうだったのか♪さすが古代文明の知識には驚かされる♪土や水の成分まで分かるとは♪」
「紫色の水を湛えた湖なんて見たことありません♪キレイなんだろうなぁ☆」
「間もなく夜明けだ。ツゥハイ湖では日の出の直前、最も美しい光景が見られる☆」
やがて東の空が白み始め、夜の漆黒の世界に少しずつ彩りが加わり出すと、チェンロンの言う最も美しい光景という言葉の意味を、ククタと三男は思い知らされることになった。
「アインさん、パルマさん、ミカさん、起きてください!!この景色は、見ておかなければ損です!!」
「ボス!マスター!ミカ様!あと数分で今の色彩は失われます!起きてください!!」
ククタと三男は、仮眠中の三人を強引に叩き起こした。
「……どうしたの?何かあったの?」
「……景色が何だって??俺はイイ景色眺めるより、イイ夢見てたいんだけど……」
「……もう交代の時間か??」
無理矢理起こされた三人は、しばらく頭がハッキリしなかったが、目の前に広がる絶景によって一瞬で覚醒した。
「なんて美しいの……☆」
「なんで空も海も紫色?俺まだ夢見てんの?」
「これは海ではなく、紫海湖というアナムル最大の湖らしいですよ」
「それにしてもずいぶんデカイ湖だな……今どのくらいまで進んだんだ?王宮まで残りは?」
「ちょうど半分ほどだ。王都コウシュンまで、このペースで進めば明日の朝には到着できるだろうが、馬たちも休ませてやらねばならん。まあ、それでも明日中には到着できる。武術大会には余裕で間に合いそうだ♪」
「そんなら早速ここで一休みしようぜ♪腹も減ったしな♪」
パルマは馬車を降り、大きく背伸びをしながら言った。
「起きた途端にお腹が空く……その神経がパルマらしいけど、今すぐ食べられる物はポロル兄さんが持たせてくれた乾パンくらいしかないわよ?」
「なんだ、乾パンしかないのかよ……ま、何もないよりマシか……」
パルマは不満そうにミカから乾パンの入った缶を受け取ると、倒木に腰掛け、缶のフタを開けてがっつき始めた。
「それで皆の分なんだから、一人で全部食べきらないでよね!」
ミカは湯を沸かし、皆にお茶を出しながらパルマに注意した。
「わかってるよ!ちゃんと皆の分は残すって」
ぶっきらぼうに返事したパルマだったが、言ってるそばから缶を地面に落としてしまう。幸い、缶のフタは閉じられていたため中身を撒き散らさずに済んだまでは良かったが、傾斜のついた地面を缶がコロコロ転がり出した。
「もう!何やってんのよ!さっさと取ってきて!」
「うるせぇなぁ…言われなくても取ってきますよ」
転がる缶を追いかけるパルマだったが、パルマより先に缶に辿り着いたのは、猫ほどの大きさがある巨大なネズミだった。
「うわっ!何だ、あのでっけぇネズミ!!」
「あれは、ラオシュというネズミの異型種です!」
「ラオシュは、アナムルの森の中で頻繁に見られる馴染み深い動物だ。金属より丈夫な歯を持っているが、人を襲うことはない」
チェンロンの説明通り、ラオシュがかじり付いた缶は簡単に穴が開き、ラオシュは缶を咥えたままヤブの中に逃げて行く。
「あ!待ちやがれ!俺の乾パン返せぇ!!」
パルマは、ラオシュを追い掛けてヤブの中に入っていった。
「ちきしょ〜……あのネズミ野郎、どこ行きやがった……」
大自然の中で野生のネズミと追いかけっこをして勝てるはずもなく、案の定パルマは乾パンを奪った犯人を見失ってしまう。
ところが、少し離れたヤブの中から聞こえる聞き慣れない動物の鳴き声を、パルマは聞き逃さなかった。
チィィィィッッ!…チィィィィッッ!…
「見つけたぜ!食いもんの恨みは恐ぇってこと思い知らせてやる!」
パルマは、鳴き声のする方へ、身の丈ほどのヤブを掻き分けて勢いよく進んで行った。
「おいコラ!俺の乾パン返しやがれ!………って、お前…何やってんだ??」
ヤブを抜けた所で、やっと見つけた乾パン強奪犯の体には緑色のヒモのような物が絡みつき、宙吊りの状態になっていた。
チィィィィッッ!!……チィィィィッッ!!……
「なんだ、何かのワナにかかっちまったのか♪そんな状態じゃ苦しいだろ?乾パン返すなら助けてやってもいいぜ?」
意地悪い笑みを浮かべ上から目線で言い放つパルマだったが、次の瞬間、どこからか伸びてきた緑色のヒモのような物がパルマの足にも絡みついた。
「うわっ!……何だコレ?!」
緑色のヒモのような物はパルマの足をグイグイ締め付け、その太さからは想像もできない強さと丈夫さでパルマの体も引っ張り上げられる。
意地悪い笑みは一瞬で驚きと恐怖の表情に変わった。
「ちょ!痛ぇッッ!………助けて………アイン!助けてくれェーッッ!!」
遠くのヤブの中から聞こえたパルマの叫びに瞬時に反応したアインが駆け出す。
残りの四人もアインの後を追った。
ヤブを抜け、五人が目にしたのは、林の中で逆さ吊りになっているパルマの姿だった。
「なに遊んでんの?さっさと下りてらっしゃいよ」
「誰が遊んでんだ!何かのワナにかかっちまったんだよ!ボケっと見てねぇで早く助けてくれ!!」
「いま助けます!マスター!」
三男は逆さ吊りのパルマに駆け寄ると、腕を何段階か伸ばし、指先に仕込まれた十得道具のナイフで緑色のヒモを切断する。
パルマは、ドサッ!!と背中から落下した。
「イタタタ……。サンキューな、助かったよ♪つーか、お前の腕、そんなに伸びるのか」
「私も今知りました……」
「……………(ー_ー;)」
無事にパルマを救出できた一方で、ラオシュは引き上げられ続け、最終的に5mほどの高さにある袋のような壺のような緑色の塊の中に落ちていった。
昇り始めた朝日を透かして、緑色の塊の中でラオシュがジタバタ足掻いている影が見える。
「何なんだ、アレは……」
「あれはチョロウソウ(猪籠草)だ。しかし何故こんな所にチョロウソウが……。チョロウソウの自生地帯は、ここからは遠く離れた場所のはずだ……」
チェンロンは眉根を寄せて首を傾げる。
「猪籠草?!猪籠草って、学名はネペンテスという食虫植物の異型種です。巨大化して鳥や小動物まで捕えるようになったことから、今は食獣植物と呼ばれるようになったはずですが……ここまで巨大化してるなんて」
ククタは学術書改訂の必要性を感じた。
「進化を続け、今では人間まで捕える食人植物になったってことか……」
アインの表情も険しかった。
「進化はそれだけではない。古代のチョロウソウは獲物を待ち構えるだけだったが、今では葉がツタへと進化し、そのツタで自ら獲物を捕えるようになった。もちろん植物に目があるわけではないが、チョロウソウは近くを通りかかった獲物の発する熱を感じて捕えるのだ。しかも、地中に根を張る他の植物と違い、チョロウソウはゆっくりだが自ら移動する」
「葉っぱがツタになって腕の代わりに、根っこが足の代わりに進化したってことね」
見ると、目の前にある巨大な植物は周りの木々と変わらないほど大きく、何本も伸びたツタが今も獲物を探して、まるでタコやイカの触手のように周囲を蠢いていた。
「ちょっと待て!てことは、さっきのネズミ野郎は食われちまったってことか?!」
「あの捕食袋の中は強酸性の消化液が入っている。獲物の大きさにもよるが、数時間で骨になり、一日も経てば骨すら残らない……」
「何だって?!!」
パルマはブルージュの弓に矢をつがえた。
「これ以上は近付くな!熱を感知されて襲ってくるぞ!」
「んなこたぁ分かってるよ!」
「猪籠草に捕えられたラオシュを助けるなんて珍しいわね♪パルマにそんな優しい一面があるなんて知らなかったわ♪このあと大雪でも降るんじゃないかしら?」
「ネズミ野郎を助けるわけじゃねぇ!あん中には俺の乾パンが入ってんだよ!」
……………(-_-)
一同が呆れる中、パルマはブルージュの弓を放った。
※※RENEGADES ひとくちメモ※※
今回は、これといったネタがない代わりに、私がイメージする紫海湖のイラストを近況ノートに載せたので、興味ある方はご覧になってください(^^)
アインたちが見て感動したのは、こんな景色だったんじゃないかな……的なイラストです☆
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