【#72 バジャルの憂鬱】

−5107年 3月28日 18:54−


タラモア帝国 タラモア城 執務室




「バジャル様、夕餉の最中に失礼します。カリフの港にホーブローからの大船団が押し寄せているとの報告が……」

近衛兵の一人は、執務室に入るなり執権バジャルにそう告げた。

バジャルは食事中の手を休め、近衛兵に聞き返す。

「何事だ?大船団とは」

「は!港の警備兵によりますと、ホーブローから逃げ出したスラム信者の船団で、船の数は百隻ほど、信者の数は3000人にのぼるのでは…とのことです」

「3000人だと??ホーブローに派遣したスラム信者の半分近くではないか!」

バジャルは驚きと苛立ちを隠せなかった。

「ラムサールはどうした?」

「は!枢機卿とはここ何日か連絡が取れておりません」

「ホーブローで一体何があったというのだ…」

「偵察部員の報告によりますと、新薬の開発に成功し、多くの信者たちがチェチェヤ大聖堂に集められたとか…」

「その者たちはどうした?3000人の中に一人もおらんのか?」

「偵察部員は何人かいるようですが、チェチェヤ大聖堂から戻った者は一人も……」

「ラムサールの奴め……ワシに隠れて何をしておるのだ!」

バジャルの苛立ちは頂点に達し、テーブルにいくつも並んだ夕食の皿を床にぶちまけた。

「戻った偵察部員をここへ呼べ!今すぐだ!」

「ははっ!」

近衛兵が執務室を飛び出して行くと、それと入れ替わるように別の近衛兵が入ってくる。

「報告いたします!」

「今度は何じゃ?」

「ホーブローより、モスタール伯爵が戻られました!」

「何だと?!モスタールが生きておったのか!」

「は!しかしながら、意識はなく身体の損傷も激しいため、一刻を争う状況だと」

「う〜ん………」

バジャルは腕組みをして少し考え込んだあと、こう告げた。

「例のモノは届いておるか?」

「は!伯爵と同じ船で届いております。既に城内への搬入も」

「ならば、ただちに手術を開始せよ!モスタールの意識が回復するのを待つ余裕はない!!」

「は!かしこまりました!!」

もう一人の近衛兵も、走って執務室を出て行った。


(モスタールよ、耐えるのだ……死んではならん!……お前ほど理に適ったイイ素材はいないのだから……)


バジャルは冷酷な笑みを浮かべていた……




「お呼びでしょうか!バジャル教皇様!」

近衛兵に連れられ、ホーブローで偵察部員を務めていた一人が執務室に入ってきた。

「ここではその呼び方はやめろ……」

「失礼いたしました!バジャル様!」

「貴様はホーブローで偵察部員をやっていたのだな?」

「はい!約3年にわたり偵察任務を遂行してまいりました!」

「では、ホーブローでの最後の数日間に起きたこと、貴様が知っている全てを今ここで報告せよ」

「はい……」

バジャルは鋭い目付きで偵察部員を睨みつけたまま、冷めた口調でそう言った。

偵察部員は、自分が知る全てを報告した。


枢機卿が新薬の開発に成功したこと。その新薬を摂取した信者は神秘の力を得られると言われていたこと。新薬享受のためにチェチェヤ大聖堂に集まる指示が出されたこと。大聖堂に集まったのはチェチェヤの住人や近隣の町や村の住人で、その数は数百人に達したこと。しかし誰一人として大聖堂から戻った者はいなかったこと。それを機に大聖堂に行くと殺されるという噂が広まり、残りの信者はタラモアへの帰国を急いだこと。チェチェヤ大聖堂は焼け落ち、時を同じくしてリスト派の一斉蜂起が各地で起こり、スラム派は一掃されたこと。

以上が報告内容だった。


「3000人が大船団で帰国したと聞いたが、残りの半数はどうした?」

「ホーブローを脱出した時は、人も船も、帰国した数の倍はいたのです。ですが途中、巨大なタコの化け物に襲われまして、半数の船はその犠牲に……」

「ということは、スラム教信者はホーブローから一人もいなくなったわけだな?」

「はい……残念ながら……」

「チェチェヤ大聖堂が焼け落ちたとき、そこにアイン王子の姿はなかったか?」

「それは分かりません……そのとき私は帰国すべく既に港町にいたものですから……」

「……………」

バジャルのこめかみに血管が浮き出ているのを見逃さなかった近衛兵は、ゴクリと唾を飲んだ。

「貴様を含め、誰がタラモアへの帰国を許可したのだ?」

「大司教様です」

「そうか……。もう下がってよいぞ」

「は!」

偵察部員が頭を下げると同時に、バジャルのサーベルが唸りを上げた。

床に転がる頭と、横たわる体から、見る見る血の海が広がっていく。

それを横目で見ていた近衛兵は、小さく震えながら直立不動の姿勢を崩せずにいた。


「まったく……!どうして次から次へと我が国に人がなだれ込んで来るのだ!!先日のキルベガンの役人どもといい今回のスラム信者といい……タラモアは難民受入れなど表明しとらんぞ!!」

バジャルは誰に向けるでもない愚痴を吐いた。

「キルベガンの役人どもはどうした?確か、中には前国王もいたと思ったが……」

「は!全員、持ち込んだ私財を没収したのち、先ほど銃殺刑に処しました!」

「そうか、それはご苦労だった。遺体は研究所にいる異型種のエサにしてしまえ」

「御意!」

近衛兵は震えを誤魔化しながら執務室を後にした。


バジャルは、反タラモアの気運が高まっているのを実感していた。

その上で、反タラモアの起爆剤と成り得るアイン王子の抹殺が急務であることを、あらためて心に強く意識せざるを得なかった……




※※RENEGADES ひとくちメモ※※


【スラム教 バジャル教皇】

ホーブロー神国を20年にわたって支配してきたスラム教

そのトップである教皇が、実はバジャルであることが今回の話で判明した

バジャルは、グランサム連邦におけるタラモア帝国の一国独裁を目論み、あらゆる手段を使って目論みを成功させるべく種を撒いていた

しかし、キルベガン共和国における反政府運動やホーブロー神国におけるスラム派一掃を受けて、その目論みは徐々に崩壊しつつある

他にも何か種を撒いているのか……追い詰められたバジャルが最終的にどんな手を打ってくるのか……まだその全容は謎のままである

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