【#75 戦えない大将軍】

−5107年 3月30日 06:31−


アナムル王国 首都コウシュン(煌春)




煌春に到着したアインたちが最初に驚いたのは、街をぐるりと取り囲む壁の高さだった。

ロシュフォールの王都もホーブロー神国のチェチェヤの町も、ここと同様に壁に囲まれていたが、そんな壁とは比べ物にならない高さと堅固さを遠目からでも実感できる。

壁の最上部には等間隔に櫓が設けられ、それぞれの櫓からは大砲の砲口が覗いていた。


「何て壁だ……これじゃまるで城壁じゃんか」

「どこのお城の城壁も、ここまで壮大な壁は見たことないわ……だって右も左も角が見えないのよ?端から端まで何mあるって言うの……」

「壁の高さは51.4m、この壁面の両端は1021m、櫓は約50m間隔で設けられてますので大砲の数は21門、1個平均3tの玄武岩をレンガのように積上げて造られているようですね」

得意のセンサーを使って、三男は一瞬で壁の構造を解説してみせた。

「毎度毎度、本当に古代文明の力には驚かされる。三男どのの言う通り、我らの首都コウシュンの町は一辺1kmの壁が四方を囲み、その中に国民の半数が暮らしている。私もその一人だ」

「壁に囲まれた首都で暮らせるのは、選ばれた人間てこと??」

「いや、残りの半数は他の民族だ。この壁も元々は小国で覇を争っていた時代の名残り……とは言え、今も万一の他民族の反乱に備える役は担っているがな……」

「統一される前、アナムルにはどれくらいの国があったんですか?僕の学術書には、統一前のアナムルの歴史は書かれてないので」

ククタの知識欲はここでもいかんなく発揮される。

「正確な数は分からんが、少なくとも30の小国が存在した。その主立った小国が統一されてアナムル王国が建国されたのだが、今でも統一に異を唱える少数民族が周辺に存在している。今回の武術大会に出場してくるモンゴ族もその一つだ。モンゴ族は統一に反対する少数民族をまとめ上げた部族で、勢力は日に日に拡大しつつある……その族長がジェングというわけだ」

「じゃあ、間違ってその族長が大将軍に勝ったりしたら、神獣も行方不明だし、アナムル王国そのものが危険って話だな?かなりヤバイ状況じゃんか…」

「いきなり乗っ取られることはないだろうが、再び昔のように民族や小国どうしが争い合う波乱の時代に逆戻りしてしまう可能性は高い…」

「大将軍が頼みの綱ってわけね……」

「武術大会まであと二日……大将軍の容態が気になりますね……」

「まだ時間も早い。王宮に出向く前に、クォン大将軍の様子を伺いに行こう。大将軍の邸宅は、そこの南大門から町に入って間もなくの距離だ」

チェンロンに導かれるまま、アインたちは壁の中央に位置する巨大な南大門に向かった。



「そこの旅の者!止まれ!!」

門の手前まで来たところで、長槍を持った門兵たち10名ほどに取り囲まれる。

「煌春に何用だ?通行証を見せろ」

「あいにく通行証は持っておらん」

チェンロンはそう言いながら、目深に被ったフードを脱いだ。

「あ、あなた様は………チェンロン太師!!」

「長いこと都を留守にしていたせいで忘れられたかと心配したが………」

「忘れようがございません!気付かなかったとは言え、とんだ御無礼を!!」

門兵たちは深々と頭を下げた。

「この者たちは私の連れだ、安心して良い」

「は!急いで門を開けよ!! それと、急ぎ王宮にチェンロン太師が戻られたとお伝えするのだ!」

「ははッ!」

礼をしたまま並ぶ門兵たちの間を通って、アインたちはアナムルの首都である煌春の町に足を踏み入れた。


「おっさん、アナムルじゃそれなりの立場にある人間だったのか」

「門兵さんたち、確かチェンロン太師って言ってなかったかしら?」

「太師って、大将軍と並ぶ最高官位だったような気がします……僕の記憶違いかな?……」

「さすがククタどのは博識だな。その通り、我が国において、武の最高官位が大将軍、文の最高官位が太師だ。もっと適任者がいるというのに、どういう訳か私がその官位に就いている……」

「それだけ皇帝からの信頼が厚いってことだろ」

「俺からしたら、アインだってその辺のゴロツキと一緒だし、チェンロンのおっさんもその辺のおっさんと何ら変わらねぇけどな……」

「そんな失礼なこと言っちゃダメですよ!パルマさん!」

「ハハハハ!お主たちはそれで良い♪下手に身分を気にして、心に壁を作られても困るからな♪」

チェンロンは寛容にパルマの発言を許した。

「ホーブローからアナムルまで一緒に旅をして来たんだし、私たちはもう仲間よね☆」

「そうですね♪その方が今まで同様に接することが出来ますし♪」

「私が……お主たちの仲間………仲間か………ありがたい話だ☆」

チェンロンは、胸に込み上げるものを感じた。

「ところでよぉ、アナムルの人間は遺伝的に皆ハゲなのか?チェンロンのおっさんもそうだけど、さっきから行き交う人全員がツルッパゲなのが気になってんだけど…」

「ここアナムルにおいて剃髪は成人の証だ。男も女も、15歳になると同時に剃髪の儀式を行う。周辺部族もそれに習い剃髪することで従属を現している。アナムルで頭髪があるのは他国からの客人か、従属を良しとしない反抗部族ということだ」

「私…アナムルに生まれなくて良かったわ」

ミカは大真面目にそう言って、胸を撫で下ろす。

「なるほどな、それでさっきから訝しい目で見られてるわけか…」

「そういうことだ、気を悪くしないでくれ。さあ見えたぞ、あそこがクォン大将軍の家だ」


見ると、小姓二人が門の周りを掃いていた。

大将軍の家という割に他の民家と大差なく、多少敷地が広いのと門が立派なくらいで、官位に相応しい大豪邸というわけではない。


「大将軍様の邸宅って言うから、もっと立派な家かと思ったら……これじゃ、その辺の家と変わらねぇじゃんか」

「我々アナムルの人間は質素倹約こそ美徳とされ、決して豪華絢爛に己を誇示することはない。それは大将軍とて同じ。自然を愛し、自らも自然の中の一員として、無駄な殺生はせず自給自足で暮らしている。それがアナムルの国民性なのだ」

家に近付いてくるアインたちに気付いた小姓の一人が駆け寄ってくる。

「あ♪♪♪誰かと思ったらチェンロン太師じゃないですか!!お〜い!阿牛〜!チェンロン太師が戻られたぞぉ☆」

手招きで呼ばれたもう一人の小姓も駆け寄ってきた。

「……………」

「チュウエイ、アギュウ、二人ともしばらく見ない間に大きくなったな♪しっかり武芸は励んでいるか?」

「はい!頑張っています!」

「……………」

「そうか♪そうか♪」

チェンロンは二人の小姓の頭を撫で、優しく微笑んだ。

「皆に紹介しよう、二人はクォン大将軍の側小姓をしているチュウエイとアギュウだ。そして、この方たちは私の客人であるアイン、パルマ、ククタ、ミカ、それに三男殿だ。二人とも、挨拶は?」

「初めまして♪忠栄といいます♪煌春へようこそ♪」

「……………」

二人の少年の挨拶に、アインたちもそれぞれ挨拶を交わす。

明るく活発な忠栄に対し、寡黙でおとなしそうな阿牛という対照的な二人の少年は、

「チェンロン太師が戻られたことを大将軍様にお伝えしてきます♪どうぞ、中に入ってお待ちください♪」

と言って、屋敷の中へ駆け出して行った。

「あの二人の少年は、周辺部族の間で起きた紛争で親を失くした孤児なのだ。アギュウは目の前で両親を殺されたショックで、それ以来言葉を発することが出来ないでいる……」

「そんな……」

「ひでぇ話だな……」

「アナムル国内には二人の他にも多くの紛争孤児がいる。これ以上そんな不憫な子供たちを増やさないためにも、一日も早く周辺部族まで含めた統一国家を築かなければならん」

「そんな時勢の中で、周辺部族に皇帝の座を奪われるわけにはいかねぇな……」

「いかにも。だからこそクォン大将軍の容態が何より気掛かりなのだ……」

そこへ、忠栄が走って戻ってきた。

「大将軍様は床を抜けるのもままならぬご様子……ですので、寝室にお通ししろと…。どうぞ、こちらです」

忠栄に連れられ、一行はクォン大将軍の寝室に通された。


広い寝室の中央に敷かれた布団に、クォン大将軍は横たわっていた。

傍らでは阿牛が健気に薬草を挽いている。

「………………」

アインたちは、チェンロンを含め誰一人として挨拶すら出来ずにいた。

布団に横たわる大将軍の姿が、とても20年以上も無敗を誇る男の姿には見えないくらい弱りきっていたからだ。

「この様子じゃ、とても二日後の武術大会で戦えるとは思えねぇな……」

パルマの一言に誰も返事はしなかったが、全員、心の中では同じように感じていた……




※※RENEGADES ひとくちメモ※※


【チュウエイ(忠栄)とアギュウ(阿牛)】

二人とも周辺部族の出身だが、部族間の紛争で忠栄の両親は行方不明に、阿牛は目の前で両親を殺されるという不幸を経験し、紛争孤児となった

その後、慈悲深いクォン大将軍に拾われる形で、側小姓として大将軍の身の回りの世話から雑用全般をこなしながら、同時に武術も学んでいる

どちらも11歳の少年

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