【#76 毒物の王】
−5107年 3月30日 07:44−
アナムル王国 煌春 大将軍の邸宅
「おお……チェンロン……戻ったのか……」
人の気配に気付いたクォン大将軍は、目を開け、虚ろな眼差しでチェンロンを見つめた。
「久しぶりにコウシュンに戻ってみたら……どうしたと言うのだ?クォンらしくもない。一体何があった?」
「さあ、医師も懸命に務めてくれているのだが、原因が分からんのだ……。一ヶ月ほど前から体に不調をきたし、今では立ち上がることすらままならん。出迎えることも出来ず申し訳ない……。そちらの客人は?」
「こちらは、ロシュフォール王の御子息、アイン王子。後ろに控えるはアイン王子の仲間たち、パルマ、ククタ、ミカ、それに三男どのだ」
チェンロンに紹介され、アインたちは頭を下げた。
「そうか……ロシュフォールの……。父王どのとは毎年の連邦会議で顔を合わせるくらいだったが、あのお人柄は天が与えた王の中の王と呼べる御方だった。そんなロシュフォール王の最期も、真に立派な最期だったと聞いている…。このグランサム連邦において無くては成らない惜しい人を亡くしたこと、心からお悔やみ申し上げる。その御子息を前に、このような不様な姿で申し訳ない……」
布団から起き上がろうとする大将軍を、アインは思いやりの言葉で制した。
「無理に起きない方がいい。迷惑でなければ、うちのミカに診てもらったらどうだ?ミカはこう見えて、ホーブローで医学を学んだ名医なんだ」
「そんな……名医だなんて……アイン様♡」
「おお、そうであったか。ホーブローで医学を学んだならば是非ともお願いしたい」
クォン大将軍に頼まれ、ミカは、
「失礼します」
と、まずは大将軍の脈をとる。
一同が見守る中、暫しの沈黙をおいてミカは言った。
「……今すぐ命の危機というわけではなさそうですが、まずはこの薬を飲んでください」
ミカは腰に下げた袋から、薬玉を大将軍に渡した。
「これはホーブローの薬か?」
「いいえ、私が処方した万能薬です。もっと色々と詳しく調べてみないと根本的な原因は分からないけど、ひとまずこの薬を飲めば今よりは元気になるはずですから♪」
クォン大将軍は、阿牛から水差しを受け取ると、ミカの薬玉を一気に飲み込んだ。
「ククタ君、悪いんだけど馬車の荷台から私の医療道具が入ったバッグ取ってきてくれる?」
「わかりました」
ククタは走って寝室を出ていった。
「限られた医療道具しかないけど……大将軍の症状、出来る限り詳しく調べてみるわ」
「頼んだぞ、ミカ」
「任せてください♪アイン様♡」
「私からもお願いする、ミカどの」
チェンロンも丁寧に頭を下げた。
「今まであんま意識しなかったけど、ミカって医者なんだよな。こーゆー時はスゲェ頼もしいけど、その格好がなぁ………白衣でも着てりゃあ、もう少し医者っぽく見えるのに…。世界広しと言えどビキニ姿の医者なんてミカ以外にいねぇよ絶対……」
「何?!私はてっきりホーブローの医師は皆このような色っぽい服装なのかと思って専属医師を雇おうかと思ったんだが………違うのか?」
「皆がこんな露出狂的な服装のわけないじゃないですか……ミカが変態なだけですよ♪」
「パルマには二度と喋れなくなる薬を処方した方がいいみたいね?なんなら注射でもいいけど?」
いつもの如く、ミカはパルマに言葉のメガトンパンチを食らわす一方で、初対面の相手を気遣って口に出さないまでも、心の中では
(もしかして……大将軍様ってエロ親父系?(-_-;))
と、3段階あるエロ親父警戒レベルを1つ引き上げた。
ククタが医療道具を持って戻ってくると、ミカは早速それを使って大将軍の診療を始めた。
「僕たちは向こうの部屋で待ってた方がよくないですか?」
「そうだな、人の診察を黙って見物してるのも…」
ククタの意見にアインは賛成した。
「気を遣わせてすまない。居間で寛いでいてくれ。チュウエイ、アギュウ、王子たちにお茶を煎れて差し上げなさい」
「かしこまりました、大将軍様」
「……………」
忠栄と阿牛に連れられて居間に移動し、二人が煎れてくれたお茶をいただく。
「えらい美味いお茶だな♪」
「アナムルはお茶の名産地ですもんね」
「その名産のお茶の中でも、これはアナムルの民でも滅多に口にできない最高級のお茶だ」
チェンロンは少し自慢気にアナムル茶のうんちくを語った。
「どおりで♪この爽やかな香りと深い味わい……美味いはずだ♪」
「普段お茶なんて飲まないお前に分かるのか?パルマ?」
「わ、分かりますとも!(-_-;)」
気まずそうなパルマを見かねて三男が話を逸らす。
「こんな美味しいお茶を煎れてくれた二人に、私が芸を披露してあげましょう♪忠栄くん、阿牛くん、芸が見たくないかい?」
「見たい!見たい!」
「……………」
三男は念のため、アインを見つめて応えを求める。
「ここじゃ狭いから、庭に出て披露してこい」
「やったぁー!行こう行こう♪」
忠栄と阿牛に手を引かれ、三男は庭に出て行った。
ほどなくして、寝室の方から診療を終えたミカが居間へやってきた。
ミカの後ろには、まだ多少ふらつき気味だがミカの肩に手を置いてクォン大将軍も追従していた。
クォンの気がかなり回復しているのを感じて、チェンロンは大いに喜んだ。
「おお!もう歩けるほどに回復したのか♪」
「さすがホーブロー医学を修得したミカどのの薬だ♪立ち上がることもままならなかったというのに、あっという間に御覧の通りだ♪」
クォン大将軍の表情にも生気が戻った。
「診察の結果は?……どんな具合だ?」
「検査結果が出るまで少し時間かかるから、まだ何とも言えないけど………ただ、二日後の武術大会に出るのは難しいかと思います……」
「………そうか」
アインに聞かれ、ミカは医師として正直な意見を述べた。
「あのよぉ、大将軍さんのほっぺたの手形……ありゃ何だ?まさかミカ、大将軍さんに気合注入でもしたのか?」
パルマは、クォン大将軍の頰に赤くクッキリ残る手形を見てそう言った。
「そ、そうなのだ……ミカどのに気合を……」
「あなたが診察のどさくさに紛れてお尻触ったからでしょ!」
「何ィィィっっ!!…」
アインとパルマとククタは、三人同時に怒りを顕にする。
「あれは、たまたま手が当たって……」
「たまたま当たったにしては、しっかりワシ掴んでましたけど?」
ミカがエロ親父警戒レベルをMAXまで引き上げたのは言うまでもない。
「ハハハ♪クォンは昔から『英雄、色を好む』を体現している男だからな♪」
「ミカどのの薬のお陰で久々に活力がみなぎったせいで……つい、な(^_^;)」
「つい、な……じゃないわよ!!」
ミカなら大将軍に勝てるかも知れない……アインとパルマとククタは三人同時にそう感じ、怒りを鎮めた。
「ところで、三男くんは?」
「三男なら、外で子供たちに得意の芸を披露してるぞ?三男がどうかしたのか?」
「ちょっと調べてほしいことがあって…」
ミカが庭に向かうと、外から小姓二人の笑い声が聞こえてくる。
三男の芸を見て、忠栄と阿牛は大はしゃぎしていた。
「三男くん、盛り上がってるとこ悪いんだけど、ちょっとイイかしら?調べてほしいことがあるの」
「構いませんよ♪持ちネタは全て披露できましたし♪」
「忠栄くん阿牛くん、この家の井戸はどこ?」
「井戸ならこっちだよ♪」
ミカは三男に井戸水の成分分析を依頼した。
「特に変わった成分は検出されませんが…」
「そう……。じゃあ、これも調べて」
ミカは、小さな紙切れに包まれた1本の短い毛を慎重に三男に渡す。
「風で飛ばないように気を付けて。それは大将軍様の枕に着いてた睫毛よ。アナムルの人に頭髪があれば、こんな苦労はしないで済んだんだけど……どう?」
「これは………かなり高い濃度のヒ素が」
「やっぱりね…。忠栄くん、阿牛くん、二人の髪の毛も1本ずつ貰っていい?二人が病気に罹ってないか調べてあげるから♪」
「うん、いいよ♪髪の毛の1本くらい♪」
忠栄は自分の髪をワシ掴みにして強引に引き抜くと、一度に10本ほど抜けていた。
「ほら、アギュウも!」
なかなか髪を抜こうとしない阿牛を見かねて、忠栄が阿牛の髪も同様に引き抜く。
「……………」
一瞬だけ痛そうな顔をした阿牛の髪も、10本ほど手に入った。
二人の髪を受け取った三男がセンサーで調べても、二人の髪の毛からはヒ素は検出されなかった。
「二人は健康です♪ヒ素は検出されません」
三男の言葉を聞いて、ミカは険しくも淋し気な複雑な表情を浮かべた……。
居間に戻ったミカは、一同を前にこう告げた。
「大将軍様の体調悪化の原因が判りました……ヒ素です」
「ヒ素?!」
ククタはヒ素という言葉を聞いて驚きを隠せなかった。
「我が国で古来から『毒物の王』と呼ばれている、あのヒ素だと言うのか?」
「はい、間違いありません。症状を見るかぎり、大将軍様は慢性ヒ素中毒だと思われます」
「聞いたことねぇ病気だけど、それって薬で治んのか?」
パルマも心配そうにミカに質問した。
「解毒剤はあるけど、薬を飲めばすぐに治るものではないわ。解毒剤を毎日飲んでも、大将軍様の体からヒ素が抜けるには何ヶ月も必要…。それに、慢性ヒ素中毒の人は、肝臓や腎臓の機能も低下してるはずだから、体力が完全に回復するには更に時間がかかるの」
「てことは、武術大会なんて、とんでもねぇ話ってことだな……」
重い空気が辺りを包む。
「出場しないわけにはいかん!私が出場しなければ、その時点で族長ジェングの勝利………つまり、大将軍の座を明け渡すことになってしまう。そうなれば奴は間違いなく皇帝に勝負を挑むだろう……。何としても出場して、我が人生二度目の敗北を喫することのないようにせねばならん……」
クォン大将軍は、腕組みをして考え込んだ。
※※RENEGADES ひとくちメモ※※
【慢性ヒ素中毒】
一度に大量のヒ素を摂取すると起こる急性ヒ素中毒は命を落とす危険が高く、早急な処置が必要だが、それに比べ慢性ヒ素中毒の方は、長期間にわたって微量のヒ素を摂取することで体内に蓄積されたヒ素によって起こる中毒症状で、腎疾患、肝疾患、呼吸器疾患、消化器疾患、色素沈着、角化症など、中毒患者によって不特異な症状が現れる
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