【#34 手配書】

-5107年 3月20日 23:30-


バラザード領 サライの町 エド博士の家



「鉄仮面の女って、その名のごとく鉄の仮面を被ってるんですか?」

「数少ない目撃情報によれば、盗みを働くときは常に鉄の仮面を被ってるらしいのねん」

「それなのに、何で女だと分かるんだ?」

アインは、ごもっともな質問をした。

「これも聞いた話じゃが、体つきがどう見ても女らしいのねん…確か、手配書があったはずなのねん」

エド博士は、いくつかの引出しを開け、手配書を探した。

「確かこの辺に……あった、あった、この手配書の束の中に鉄仮面の女の手配書も…」

エド博士は親指を舐め、何枚もある手配書を一枚ずつめくっては鉄仮面の女の手配書を探していた。

「手配書って、そんなにあるんですか?」

「手配書と言うても、懸賞金付きの大きな事件から、行方不明になった犬や猫のものまで、全部残してあるのねん。特にここバラザードは大陸中から色んな人が集まる上に、知っての通り治安の悪い国じゃから、連邦各国から様々な手配書が配られて、自然とその数も多くなってしまうのねん」

「なるほど…それにしても凄い量ですね」

「あったぞ、これじゃ、これじゃ♪ほれ、見てみるのねん、どの手配書も鉄の仮面を被ってるのねん」

エド博士は、鉄仮面の女の手配書数枚を二人に手渡した。

「ホントだ…どれも鉄仮面被ってますね…」

「スゲェな、懸賞金500万グランだってよ…」

アインとククタは、鉄仮面の女の手配書をパラパラめくって眺めていた。

「おや??」

エド博士は他の一枚の手配書に目を止めた。

「お主、確か名前はアインだったのねん?」

「ん?そうだけど…何だよ?」


「これ、お主の手配書なのねん…」


「何だって?!!!」


アインは、エド博士から強引にその手配書を奪い取り、しげしげと眺めた。

そこには確かに、自分の名前と特長、そしてよく似た人相書きが描かれていた。

「お主は、タラモアに攻め滅ぼされたロシュフォールの王子だったのねん…だからタラモアが躍起になって探してるわけなのねん…懸賞金が100万も付いてるのも納得なのねん」

「これって、とてもマズイことなんじゃ?」

「ああ、おそらく手配書は連邦中に配られてるだろうからな…」

「銀色の髪と左目の下にあるキズ、人相書きも特長をよく捉えてるのねん…確か、その手配書が回ってきたのが一週間ほど前…よくここまで誰にも気付かれずに来れたのねん」

「考えてみりゃそうだな…でも今ここで爺さんに気付かれたわけだ…少しでもおかしなマネしたら…わかってるな?」

アインは剣の束に手をかけた。

「ちょっと!アインさん!」

「心配せんでも、ワシは命を救ってもらった恩人を売るようなマネはしないのねん。そもそもお主は、ロシュフォールの王子というだけで、何か罪を犯したわけじゃないのねん。とは言うても、この国には懸賞金目当ての賞金稼ぎの連中が集まってるのも事実…これから先、どうやって連中の追跡の目を誤魔化すか考えるのが先決なのねん」

「博士、何か良い作戦はないですか?」

「う~ん…まずは髪の色と髪型を変えるのが今この場で出来ることなのねん」

エド博士は、何かの薬剤が入ったビンとハサミを持ってきた。

「その薬剤で髪色を変えられるんですか?」

「そうなのねん♪ワシが発明した染料なのねん♪よほど特殊な色でないかぎり、薬の調合次第で何色でも変えられるのねん♪何色にするのねん?」

「黒でいい…あまり目立つ色は、かえって人目につきやすいだろ…」

「じゃあ、散髪してから黒に染めるのねん」

もともと手先が器用なエド博士は、素人とは思えない手捌きでアインの髪をカットしていく。全体的に長めだったアインの髪は、ものの数分で見事なツーブロックの短髪に変貌を遂げた。

「へぇ♪お上手ですねぇ♪僕もやってもらおうかな☆」

「アイン王子の髪を染めてる間に切ってあげるのねん」

そう言いながら、今度はカットしたばかりの髪に染料を馴染ませていく。

「30分くらい、そのままにしておくのねん」

待ってる間、手際よくククタの散髪も済ませたエド博士は、アインに外の井戸で髪を洗ってくるよう言いつけた。

染料を落とし終えて部屋に戻ってきたアインを見て、二人は固まった。

「エド博士…あれは…」

「どうやら調合を間違えたのねん…」

二人の言葉を聞いて、何かを感じ取ったアインは、慌てて辺りを見回す。

「おい、ジジイ…鏡はどこだ…」

エド博士は、机の引出しから手鏡を取り出すと、震える手で恐る恐るアインに手渡した。

鏡を見てアインは絶句した。

「ゴメンなのねん…娘の髪を染めて以来、かれこれ3年ぶりなもんで、調合をミスったみたいなのねん…」

「で、でも、キレイです♪仮にその色が気に入らなかったら、髪が伸びれば元の色に戻りますし、それも待てないなら染め直すことだって…ね、エド博士?」

「それが…ワシが発明した染料は、毛母細胞まで染め上げてしまうから、ずっとその色なのねん…それに、黒髪なら染め直しも効くんじゃが、アイン王子の場合、元が銀色じゃから染め直しも難しいのねん…」

「なんでそんな大事なことを先に言わねぇんだ?…俺の髪はこの先ずっとこの色なのか?…覚悟できてんだろうな?ジジイ」

アインは再び剣の束に手をかけた。


アインの髪は、美し過ぎるくらい鮮やかな色に染まっていた…それは、目の覚めるような真っ赤っ赤だった。


「落ち着いてください!僕はアインさんらしくて凄くお似合いだと思いますよ?」

「……………」

「ワ、ワシも若者らしくて凄くイイと思うのねん☆」

「ジジイ、てめぇ自分で言ったことをもう忘れたのか?何たら細胞まで染め上げるから、この先ずっとこの色なんだろ?つまり、俺は将来、真っ赤な髪のイカれた爺さんて呼ばれるようになるんだぞ…それがどーゆーことか分かってんだろな?」

とうとうアインは剣を抜き、エド博士の鼻先に突きつけた。

「す、す、すぐに新しい染料の開発を始めるのねん!」

「当然だ…それまで命は預かっておく…プロペラエンジンだか飛行船だかの開発より先に、俺の髪色を元に戻す研究を始めろ」

そう言ってアインは剣を鞘に戻した。

ククタはホッと胸を撫で下ろした。


「でも、とりあえずは手配書の人相書きとかなりイメージ変わったから気付かれずに済みそうですね♪赤い髪が目立って人目に付きやすいなら、フード被れば髪は隠せますし♪」

「それに加えて、メガネかけてマスクすれば絶対に分からないのねん♪」

「いや、俺はそんなセコイ事はしねぇ。このまま、ありのままの姿で表通りを大手を振って歩いてやる!」

アインは、二人からの変装の提案を断固拒否した。

「それでも気付いて近づく奴は、全員ブッ倒せばいいだけの話だ」

「それでは余計に事が大きくなってしまいます、せめて少しでも気付かれないように工夫しないと…」

「面倒臭ぇなぁ…じゃあ、フード被るくらいは…」

「ワシに一つ考えがあるのねん。上手く行くかは運次第…でもここはギャンブルの国バラザード、何も手を打たずに後悔するよりも賭けてみる価値はあると思うのねん」

「どんな手を打つつもりだ?」

「事実上この国のトップに立つジャラー三兄弟に直談判するのねん」

「確か、ジャラー三兄弟ってバラザード国王の息子さん達ですよね?博士は面識があるんですか?」

「ワシがキルベガンから移民して来たときも、受け入れてくれたのは三兄弟なのねん♪それ以来、何度も城に呼ばれては、酒を飲みながら科学の将来性を語り合う仲なのねん♪」

「それは心強い!…で、三兄弟に何を直談判するつもりなんですか?」

「国内に配られたアイン王子の手配書を全て回収して、アイン王子をバラザードで保護すること。その条件を飲めないなら、ワシはキルベガンに戻り、飛行船の技術も特許もキルベガンに渡すと…逆に認めてくれるなら、飛行船の特許はバラザード王国に無償で献上すると…」

「なるほど…確かに飛行船の特許権となれば莫大な利益につながりますし…チャンスはあるかも知れませんね」

「それだけじゃないのねん♪ワシは三人の恋愛相談も受けてるのねん♪よりによって、三人揃って一目惚れした相手というのがワシの元助手で、三人それぞれから仲を取り持って欲しいとお願いされてるのねん☆」

「そりゃまた役立ちそうなネタだな…」

「博士がキルベガンに戻ってしまったら、それも難しくなるわけですもんね、それはかなり有望ですよ!」

「で、その元助手って女は今どこにいるんだ?」

「それが分からないのねん…彼女は本来医者で、新しい薬を開発するためにワシの所で研究を続けていたのねん。ところが、ちょうどワシが画期的なプロペラエンジンの開発に成功した日、彼女も求めていた薬が開発出来たと大喜びしていたのに、その翌日に突然いなくなってしまって、それっきりなのねん…」

「なんだよ…それじゃあエサを失ったも同然じゃねぇか…」

「それはいつの話なんですか?」

「一週間前の話なのねん、だから三人はまだ一目惚れの相手が行方不明になったことを知らないのねん」

「そのことを悟られないように勝負に出るしかねぇってことか…」


三人はその夜、深夜まで作戦を練ってジャラー三兄弟との賭けに備えた。




※※RENEGADES ひとくちメモ※※


【バラザード ジャラー三兄弟】

バラザードのパルバーニ国王は独身で息子がなく、身寄りのない幼少の三兄弟を養子として育て、成人した三兄弟それぞれを国政のトップに据えた

長男:ケリン=ジャラー 行政担当

次男:ダビ=ジャラー 司法担当

三男:ボトレス=ジャラー 財務担当

三兄弟はそれぞれ性格は違えど仲はよく、それまで不安定だったバラザード国政の安定は、国王ではなく三兄弟の力によると言っても過言ではない

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