【#35 交換条件】

-5107年 3月21日 10:50-


バラザード王国 マジャン城 謁見の間



エド博士とアインたち一行は、バラザードの王都にあるマジャン城を訪れていた。

念のためフードを深く被っていたこともあり、道すがらアインの正体に気付く者は現れなかったが、さすがに城内に入ると、顔を見られないように俯き加減に歩くアインを怪しむ声が囁かれていた。

マフィアが統治する国というだけあって、城内を警備するのは一見して「そっち系」と判断できるような黒スーツにサングラスといった出で立ちのゴッツイ連中ばかりで、城で働く侍女たちも、おっかなそうなお姉さんばかりだった。

「しっかし、ガラの悪い連中はっかだな…アインと一緒じゃなかったら絶対に来たくねぇよ、こんなとこ…」

「シッ!聞こえちゃいますよパルマさん!」

「ビビるこたぁねぇ、堂々としとけ」

パルマの不安と心配をよそに、ジャラー三兄弟と親しいエド博士の一行という形が幸いして、誰にも止められることなく謁見の間に通された次第である。



「ここまでは何とか無事に到達することが出来たのねん。あとはジャラー三兄弟にどう切り出すか…そこが問題なのねん」

「爺さんは、その三兄弟って連中と仲良しなんだろ?仲良しの友達と会うだけなのに、何が問題なんだ?」

事情を知らないパルマには、どことなく漂う緊迫した空気の意味が分からなかった。

「詳しいことは後で話します。ひとまずここは何も喋らず、無礼のないように。博士の友人とは言え、バラザードを統治してる人達ですから…」

ククタは小声でパルマに注意を促した。


そこへ、長男のケリンを先頭に、三兄弟が謁見の間に入ってきた。

エド博士とアインたちは平伏して礼を示す。

「久しぶりだな、エド♪」

「頭など下げるな、よそよそしい♪」

「連れの者は新しい助手か?」

三兄弟の口調から、博士との親交の深さが見てとれる。

「今日はどういった用向きだ?急に我らに謁見したいなどと…何か新しい発明でもしたのか?」

「俺が当ててやろう♪プロペラエンジンの設計図が見つかった!違うか?」

「いや、ついに彼女がデートの約束を交わしてくれた!もちろん俺と☆だろ?」

三兄弟はそれぞれに謁見の理由を勘ぐった。

「ちょっと待て!彼女に最初に惚れたのは俺だ!デートするなら、まず俺が優先だろ!」

「惚れるのに先も後もあるか!デート相手を選ぶのは彼女だ!俺を選ぶに決まってる!」

「兄貴たち、自分の姿を鏡で見たことないのか?彼女が選ぶのは、兄弟で一番イケメンの俺に決まってるだろ!」

兄弟仲のよい三人だが、恋愛となると話は別のようで、アインたちがいるのもお構い無しに小競り合いを始めた。

それを制止するように、エド博士は少し声を張って言った。

「今日ワシが御三方にお目通りを願い出たのは、どうしても聞き入れていただきたい依頼事があったからなのねん」

「依頼事だと?」

予想外の博士の申し出に、三人は小競り合いを止め、真面目な表情で向き直った。

「エドが改まって依頼事とは珍しいな、どんな事だ?」

「この者たちは助手でも弟子でもなく、ワシの危機をたまたま救ってくれた旅の者なのねん」

「ほう、旅の者とな…どこから参られた?」

長男ケリンの言葉に、アインは立ち上がって名を名乗った。


「我が名は、ロシュフォール3世が息子、アイン=ロシュフォール…」


「なんだと?!」

ケリン、ダビ、ボトレスの三兄弟は、それぞれ顔を見合せて驚いた。

「お前が…今は亡きロシュフォール国王の一人息子…」

「タラモアが血眼になって探してる奴か…」

「不埒者との噂だが、まさかここで会えるとはな…」

途端に、謁見の間は重苦しい空気に包まれた。

「このロシュフォールの忘れ形見が、エドの依頼と関係しているのだな?」

「そうなのねん。……知っての通り、このアイン王子はタラモアから懸賞金付きの手配書が配られてるお尋ね者、しかし、何か罪を犯したわけではないのねん。今までは奇跡的に何事もなく過ごせていても、この先きっと何度も賞金稼ぎに襲われてしまうのねん…」

「そうだろうな。で、我々に何をしろと?」

「そもそも、連邦平和協定を一方的に破棄してロシュフォールに攻め入ったタラモアこそ悪の根元、そのタラモアから出された理屈にそぐわぬ手配書など、義を誇るバラザード王国では無効にしてもらいたいのねん」

「それは簡単なことだ…と言うより、バラザード政府は、最初からタラモアからの手配書など気にも掛けておらん」

「おお♪それはありがたいのねん♪ならば、アイン王子の今後の身の安全のために、バラザード国内に配られた手配書を回収して、アイン王子を保護してほしいのねん」

「エド…調子に乗るな、いくらお前の申し出と言えど、それは虫が良すぎるぞ」

ボトレスは厳しい表情で言った。

「バラザード政府としては、タラモアの手配書など完全に眼中にない。しかし、連邦各地から集まる成らず者にまで、政府の方針を押し付けるわけにいかない…そこまでしようと思ったら、まずは新たな法を定めねばならん…たった一人のためにそこまでは出来ん」

と、王国の司法担当であるダビが断言する。

「何も罪を犯していないアイン王子の手配書を回収するまでは良かろう、しかし、それですら時間と労力を必要とする。その上で更にアイン王子を保護することは、タラモアの反感を買い、我が国に不利益を招く恐れがある…それを承知の上で我らに依頼しているのか?エド?」


ケリンの言うことは、国をあずかる者として至極当然のことだった。それは、アインがケリンの立場であっても同じ答えだったはずだ。

現に、アイン自身、心の中で同じことを思っていた。

一国の王子とは言え、亡国の王子を匿うことなど、それこそ百害あって一利なし。ましてや、追われの身ともなればなおさらだった。


「手配書を回収するだけの手間賃を払えるほど、ワシに蓄えはないのねん…その代わり、ワシが発明したプロペラエンジンの特許権を…」

「いやいやいやいや!ちょっと待て!細かい事情は知らねぇけど、アインがタラモアから指名手配されてんだろ?その手配書を回収するんだろ?そんで、回収するために金が必要って話だろ?アインのために必要な金なら俺が払う!だから爺さん、特許権を手放す必要なんかねぇぞ」

パルマは、居ても立ってもいられず、会話に割り込んだ。

「何言い出すんだ、パルマ…」

「パルマさん、僕たちはお金なんて…」

「なかなか威勢の良いお連れさんだな♪」

「この者は、アイン王子の幼馴染みで、パルマという者なのねん。で、この者は、二人と共に旅をしているククタという者なのねん。無礼な物言いはワシの顔に免じて許してほしいのねん…」

「勢いがあるのも若さの証。我らは今でもバラザードマフィアの一員、威勢の良い若者は嫌いではない。それで、パルマとやら、お前が金を出すと言うのだな?」

「金とゆーか…代わりの物を…」

「代わりの物?」

「ああ…これだ。これを金の代わりに、アインの手配書を回収してくれ」

パルマはポケットから虹玉石を取り出した。

「ほう♪虹玉石ではないか♪虹玉石7個で手配書の回収か…よかろう、回収は我らが引き受けた」

三男のボトレスは、虹玉石を受け取ってそう答えた。

「おお♪それはよかったのねん♪」

「ただし!手配書の回収だけだ。アイン王子の保護までは出来ん、危険が大きすぎる…」

次男ダビは、あくまで慎重論を唱えた。

「俺に考えがある☆……エド博士、アイン王子、それにパルマとククタ、ここは知っての通りギャンブルの国バラザードだ。身の安全を保証してもらいたいなら、ここは一つ、我々と賭けをしないか?」


長男ケリンは、楽しそうだった。

ギャンブルの国バラザードで育った三人は、根っからのギャンブル好きなのだ。どんな事でも賭けの対象にしてしまう。

今回の件も、何のカラクリも裏もない賭けを、ただ純粋に楽しんでいるのだ。


「賭けだと?」

「実に簡単な賭けだ。金も、代わりの物も、もちろん博士の特許権も必要ない。必要なのは、お前たちの知恵と勇気と根性だけ。この交換条件を飲んで、お前たちが賭けに勝てば、バラザード国内での身の安全は保証してやろう♪…どうだ?乗るか?」

ケリンは少年のような屈託のない笑顔で、しかし意地悪そうに言った。

「知恵と勇気と根性?……いいだろう、その賭け、乗ってやるよ」

「いいのか?中身を聞いてからにした方が良くないか?アイン」

「そうですよ、勝ち目のない無謀な賭けだったら…」

「いいんだ、必要なのは知恵と勇気と根性だけって言ってんじゃねーか…どのみち今後は危険な旅になる、だったら結果的に賭けに負けたとしても、勝負しねぇよりは全然マシだ」

「で、その内容は、どんな事なのねん?」

「…我がバラザード王国には、代々受け継がれてきた聖なる盃がある。知っての通り、バラザードはマフィアが統治する国…つまり国王はマフィアのボスってことだ。その聖なる盃は、国王から次の国王へ渡される王の象徴でもある。それを『期限内に盗み出してみせる』という犯行予告が届いた…いわば、我らに対する挑戦状だ」

「じゃあ、その盃を盗ませなければいいってことか?」

「いや、違う。それだけなら我々マフィア総出で警備に当たれば何とかなる」

「じゃあ、何が賭けの対象なんだ?」


「我らに挑戦状を叩き付けた張本人……鉄仮面の女の逮捕だ」




※※RENEGADES ひとくちメモ※※


【バラザード 聖なる盃】

バラザード王国の象徴

高さ4cm直径15cmの黄金の盃は、国王から次の国王へ受け継がれ、その儀式の時にしか御披露目されることはない

普段納められてる場所も王族の中でも極一部の者しか知らず、今回それを期限内に盗み出すという大胆不敵な犯行予告は、鉄仮面の女が「怪盗」と呼ばれる由縁でもある

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