【#33 火山の町】

-5107年 3月20日 19:19-


バラザード領 サライの町 エド博士の家



「散らかっとるが、まあ上がってくれなのねん」

三人はエド博士の家に到着すると、気球を作業場に運び入れ、研究室兼居住スペースに招かれた。

「うわぁ…家の中なのに研究機材だらけだ」

「まるで科学者の家みてぇだな」

「ワシは科学者なのねん!」

実際、部屋中の至る所に見たこともない機材が並び、足の踏み場もないという表現を見事に具現化していた。

「本も何冊あるんだ…ハンパねぇな」

「ククタの学術書の数もスゲェけど、比べ物になんねぇくらい、壁一面が本棚だ…」

「難しい本ばかりですね…色んな分野の本がありますけど、中でも航空力学に関する本が多いような…」

「ワシの専門は飛行科学なのねん」

「だから気球の実験をしてたんですか」

「気球なんて初歩中の初歩、将来的にはロケットを作るのが夢なのねん」

「ロケット?ロケットって何だ??」

「科学が発達していた古代文明では、人類はロケットで月まで行ったのねん」

「月だって?!あの、お空に浮かんでるお月様に?」

「古代の人類は、そのロケットってやつを使って月まで行ったってのか?」

「そうなのねん。気球に始まり、飛行船、プロペラ機、ジェット機、ロケットと、時代とともに進化した飛行技術が太古の昔には存在してたのねん」

呆気にとられるアインとパルマと違い、ククタだけは瞳を輝かせてエド博士の話に聞き入っていた。

「話は後回しにして、まずは温泉と食事に行くのねん。早くしないと店が閉まってしまうのねん」

三人はエド博士に連れられて、老舗の大衆温泉と、サライの郷土料理を堪能した。


「いやぁ、美味かったな♪」

「郷土料理も美味かったし、酒もサイコーだったし、温泉入って肌もスベスベだ☆」

「確かにスベスベですけど、僕ちょっとヒリヒリするというか、ピリピリ痛いというか」

「サライ温泉は酸性が強いのねん。だから肌が敏感な人は少しピリピリするのねん」

「それにしても、温泉街って風情があってイイよな♪この匂いだけは勘弁だけど…」

「サライは寂れた温泉街じゃが、なんと500年の歴史がある温泉なのねん☆」

「だから古い建物が多いのか…」

「建物を見て何か気付かないのねん?」

「ん?古い木造の建物ばかりだけど…」

「実は、鉄が一切使われていないのねん。釘はもちろん、ドアの取っ手も窓枠も、本来なら金属が主流の物まで全部が木なのねん」

「へぇ♪それだけ景観を大切にしてるんですね♪ホントだ、言われてみれば鉄が見当たらない」

「景観を大切にしてるというより、どういうわけか、サライの町を含めたバラザード西部は、金属がすぐにサビてしまうのねん…だから鍬や鋤や鎌といった農機具まで全部が木なのねん。ワシの研究機材もマメに手入れしないとすぐにサビるのねん」

「へぇ、それは不思議ですね…」

「ま、そんなことは置いといて、今夜はウチで泊まっていくといいのねん、屋根裏部屋が空いてるのねん☆」

「ご馳走してもらって、そのうえ泊めてくれちゃうの?爺さんイイ人じゃん♪」

「助けてもらって、このくらい当然なのねん☆」


再びエド博士の研究室兼居住スペースに招かれた三人。

「屋根裏部屋は、そこの階段を上がった所なのねん。でも、眠くなるまでは皆で語り明かすのねん☆」

博士の一言は、ククタの好奇心を刺激した。

「いいんですか?僕、博士から教えてもらいたいことがいっぱいあります☆」

「ワシの知ってることなら何でも教えてあげるのねん♪」

「俺は、あの本棚に飾られてる写真立ての中で、爺さんと仲良く写ってる美人さんが誰なのか知れればいいかな♪まさか、歳の離れた奥さんとか彼女さんなんて言わねーよな?」

パルマはズラッと並ぶ難しそうな本よりも、写真の中の女性にしか興味がないようだ。

「あれはマリー♪ワシの一人娘なのねん♪」

その言葉を聞いた途端、パルマは手のひらを返したかのように態度を一変させた。

「エド博士!難しい研究やら実験で今日もお疲れでしょう!肩でもお揉みしましょうか?腰の方が凝ってます?」

「おぉ、それはありがたいのねん♪じゃあ、肩をお願いしたいのねん」

「あぁ…これは凝ってますなぁ…。ところで、娘さんはおいくつに?」

「二十歳なのねん♪」

「それなら、私やここにいるアインも同い年ですよ♪どこにお住まいなんですか?まさか、こんな物置みたいな所で一緒に暮らしてるわけないですよね?…あんなに清楚な娘さんだ、修道院でシスターやってるとか?」

パルマはエド博士の肩を揉みながら、一人娘の情報を手に入れようと必死だった。

「去年、タラモア出身の青年と結婚して、シャロンで暮らしてるのねん♪」

「結婚………(-_-)」

パルマは手を止めた。

「すまんが次は腰を揉んでほしいのねん♪」

「あ?俺はもう寝る!腰はククタにでもやってもらいな!」

パルマは仏頂面で屋根裏部屋へ上がって行った。

「彼は何を怒ってるのねん?」

「まぁまぁ、彼はよくああなるんですよ、気になさらずに。腰は僕がマッサージしますんで♪」

ククタはエド博士の腰を揉みながら話を続けた。

「博士はバラザードなのに、娘さんはキルベガンで暮らしてるんですね」

「ワシは生まれも育ちもキルベガン、シャロンの町の出身なのねん。妻に先立たれ、研究に没頭するためにワシだけバラザードに移住したのねん」

「シャロンは大きな良い町じゃないですか☆今は反政府運動の拠点になってるみたいですけど、少なくともマフィアが牛耳るバラザードより治安はいいかと…なぜ治安の悪いバラザードに?」

「キルベガンは、工業研究には予算をかける反面、科学研究には国の予算を一切使わないのねん。つまり科学研究は自腹でやらなきゃならないのねん…。それに引き換えギャンブルの国バラザードは、目新しい物、特に将来的に金になりそうな物には惜しみなく金を出してくれるのねん♪だからバラザードに来たのねん♪」

「なるほど♪」

「俺にはよく分からねぇけど、工業も科学も似たようなもんじゃねぇのか?ましてや、空飛んだり、ロケットってやつで月まで行くとなりゃあ、キルベガンで開発されたエンジン?て名前の動力とかが必要になるんじゃねーの?」

アインは、アインなりに博士の難しい話を理解し、感じた疑問を素直にぶつけた。

「確かにお主の言う通りなのねん♪ワシの夢を叶えるためには、キルベガンが持つ工業技術も絶対に必要なのねん」

「だったら、お互い協力すりゃいいじゃねーか…」

「それがなかなか難しいのねん…それぞれ自分の国の利益ばかりを考えてるから、お互いが手を結ぶというのは…」


「……………!!」

アインは博士の言葉を聞いて、あることを閃いた。しかし、今この場でそのことを口には出さなかった…。


「やっぱり僕たちが考えるより、国と国って面倒臭いんですね…それじゃあ博士の壮大な夢も…」

「それがそう悲観的でもないのねん♪実はワシには頼りになる協力者がいるのねん♪」

「協力者?シャロンに住んでる娘さん夫婦ですか?」

「違うのねん。娘は結婚してからロクに連絡すらして来ないのねん…もしかしたらシャロンの町を離れて、旦那さんの故郷であるタラモアに移住してるかも知れないのねん…」

「娘さん夫婦じゃないなら、誰が?」

「ワシがまだキルベガン大学で科学の教鞭をふるってた頃の生徒で、ワシの一番弟子なのねん♪」

エド博士は、それはそれは嬉しそうに一番弟子との昔話を語った。

その優秀な一番弟子は、キルベガンの工業技術を更に発展させ、クランクシャフト式動力機(エンジン)や油圧式シリンダーを独自に発明したらしい。

「そんな優秀なお弟子さんがキルベガンにいるんですね♪」

「そうなのねん♪彼がこっそりキルベガンの工業技術を教えてくれたり、逆にワシが新しいアイデアを伝えたり、今でもコッソリ連絡を取り合っているのねん♪」

「そのお弟子さんは、今もキルベガンで科学者をしてるんですか?」

「いや、今はシャロンの町で土建屋の棟梁をやってるのねん♪」

「!!」

アインとククタは顔を見合わせ、どちらからともなく頷いた。

「アインさん…ひょっとして」

「ガバドレンジャーだ…」

「なんじゃ?お主らもガバドと知り合いなのねん?」

アインはガバドから受け取った名刺を見せた。

「いやぁ、世間は狭いとは、まさにこの事なのねん☆」

「僕たちもビックリしました♪」

「じゃあ、爺さんはガバドから色んな工業技術の情報を?」

「そうなのねん♪その情報を元に色んな研究を進めて、実はもう飛行船までは作れるはずなのねん♪」

「飛行船?飛行する船ってことか?」

「簡単に言えば、お主らが見た気球にエンジンとプロペラを付けて、空を自由自在に飛べる乗り物なのねん☆」

「へぇ、そんなもんが作れるのか…」

「博士、作れる「はず」っていうのは?」

「実は、その画期的なプロペラエンジンの設計図が盗まれたのねん…」

「盗まれた?!」

二人は声を合わせて驚いた。

「ワシが愚かだったのねん…。あまりに画期的な発明に喜んだワシは、早速そのことを領主に報告に行ったのねん…領主も喜ばれて、すぐに開発に着手するよう大金を持たせてくれたのねん…その帰り、浮かれたワシは酒を飲み過ぎて道端で寝入ってしまって、気が付いたときには鞄に入れてたはずの設計図だけ盗まれていたのねん…」

「物盗りにかっぱらわれたのか?」

「いや、物盗りじゃないのねん…その証拠に大金は盗まれてなかったのねん…」

「設計図だけ?」

「じゃあ、画期的な発明と知ってる領主が黒幕なんじゃないですか?」

「それも違うと思うのねん、領主があの設計図を手に入れても、この国の誰もそのプロペラエンジンを作ることは出来ないはずなのねん…」

「それなら一体誰が?…誰か思い当たる奴はいねぇのか?」

「一人だけいるのねん…」

「誰だ?」

「女ということ以外、名前も素性も知られていない盗賊………人呼んで『鉄仮面の女』なのねん」

「鉄仮面の女?!」




※※RENEGADES ひとくちメモ※※


【鉄仮面の女】

グランサム大陸全土に名を轟かせる女盗賊

女ということ以外、名前も素性も知られていない

大陸中を股にかけ、金銀財宝はもちろん、新しい技術や情報を盗んでは、それを必要とする国や人に高値で売り捌く

グランサム連邦各国から指名手配されている

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