【#26 山頂へ】

-5107年 3月18日 17:28-


キルベガン領 チャカリヤ山 五合目付近




「どうやら、馬車で登れるのはこの辺までみたいだな…今日はここで野営しよう」

「こっから先は歩いて行くしかなさそうですね…」

「まだ半分くらいだろ?あと半分は歩きなんて、うんざりするな…」

標高1000mを越えるチャカリヤ山の中腹まで来て、アイン一行は馬車を止めた。

山麓とは景色も一変し、徐々に緑は少なくなり、代わりにゴツゴツした岩が多くなる。

上り坂とは言え、それまでは比較的平坦だった山道も次第に大きな石や岩が増え、道幅もどんどん細くなり、この先はとても馬車が通れそうには思えなかった。

「仕方ない、明日の朝、馬車はここに停めて、イダゴ村へ向かう組と留守番組の二手に分かれよう」

「僕はイダゴ村に行きたいです。語部さんから色んな話を聞いてみたいので」

「俺は留守番しとくよ、こんな高い山のテッペンまで登りたくねぇし…」

「ブンバはどうする?行くか?残るか?」

「ブンバ…残る…イダゴ村…怖い…」

ブンバは、幼い頃の記憶が甦ったのか、何かに怯えていた。

「そりゃそうさ…ブンバにしてみりゃ、あまりイイ思い出は無いだろうからな… よし!ブンバ、俺と一緒に馬と荷物の見張り番して待ってようぜ!」

「見張り…ブンバ…待ってる…」

「じゃあ決まりだな。明日の朝、俺とククタは山頂を目指す。パルマとブンバはしっかり留守番しててくれ」

アイン一行は、少しだけ開けたスペースに馬車を停め、その日はそこで野営した。



明けて翌朝


アインとククタは、シャロンの町で買った防寒服を着込み、必要最低限の荷物を持ってイダゴ村へ向かう準備を整えた。

「じゃあ、行ってくる。明日の朝までに戻らなかったら、すまんがパルマたちもイダゴ村へ向かってくれ、ここから先はイダゴ村まで一本道だ」

「了解。何も起こらないことを祈ってるぜ」


アインとククタの進む道は、登るにつれ細く険しくなっていった。

気温も少しずつ下がり、防寒服を着ていなければ凌げない肌寒さだ。

「普段の服装だったら、とてもじゃないが山頂までは寒くて登れなかったな…」

「防寒着買っておいて正解でしたね」

山頂に近付くと、辺りは濃い霧に包まれる。

風もなく、鳥のさえずりもなく、ザクッザクッという小石を踏みしめる二人の足音しか聞こえて来ない。

ここまで来ると木々もなくなり、荒涼とした岩肌の所々に地を這うような草が生えているだけの殺風景な景色がどこまでも続いていた。

「なんか、不気味な雰囲気ですね…」

「………シッ!…静かに…」

アインは立ち止まり、辺りに注意を向ける。

何かの気配を感じたようだが、濃い霧のせいでその正体は確認できない。

アインは集中して耳を澄ませた。

「………!!」


ゴゴゴゴゴゴゴゴ…


「またロリポリですか!?」

「いや……違う………」

突然、濃い霧を切り裂くように目の前に巨大な岩が現れた。

「落石だっ!避けろ!ククタ!」

頭くらいの大きさの石から、幌馬車ほどもある大岩まで、いくつもの落石が二人を襲った。

アインもククタも、必死になって右へ左へ落石を避ける。少しの油断も、瞬きさえも許されない緊迫の時間が30秒ほど続いたとき、落石に混じって岩とは違う何かが転がり落ちてきた。

丸くて茶色い毛の塊のように見えたそれは、アインの直前まで転がってくると、唐突に手足のある人の形に姿を変えた。


「!!………」


ウガァァァァァ--ッ!


人にも猿にも見えるその生き物は、長くて鋭い爪でアインに襲いかかってきた。

アインは咄嗟に剣を抜き、その勢いのまま下から上に斬り上げる。

次の瞬間、長くて鋭い爪が生えた指が5本、地面に転がった。

5本の指を失ったその生き物は、再び体を丸めて転がり出すと、そのまま深い霧の中へ消えて行った。

しかし、息つく間もなく、次々と茶色い毛の塊が転がってくる。

得体の知れない生き物の襲撃が収まった頃には、アインの周りの地面に、25本の指と3個の手首と7本の腕が散らばっていた。


「大丈夫か、ククタ?」

「大丈夫です。どういうわけか、僕は一度も襲われなかったので…」

「今のは一体何なんだ…猿か?異形種か?」

「多分、イエティーという名の異形種じゃないかと…学術書にも少ししか記載されてないんですが、あくまで言い伝えレベルの情報で、詳しいことは不明なんです…ただ、チャカリヤ山脈に生息する猿のような生き物がいるとだけ…」

「だとすると、おそらく最初の落石も奴らの仕業だな」

「ある程度の知能があると?」

「奴らは落石に紛れて襲ってきた…自然の落石にしちゃあ話が出来すぎてる…奴らが猿の異形種なら、ある程度の知能があってもおかしくない…」

「なるほど、考えられますね」

「イダゴ村の連中なら、何か知ってるだろ。とにかく、この先もどんな攻撃を仕掛けてくるかわからねぇ…俺のそばから離れるな」

「わかりました」


二人は、辺りを警戒しながら細心の注意を払って山頂を目指す。

しかし、そんな二人の懸念をよそに、その後謎の生物の襲撃はなく、二人は無事にチャカリヤ山の頂上に到着することが出来た。


「どう見てもここが頂上だよな?」

「ええ、間違いなく…」

先程までの濃い霧はすっかり晴れ渡り、辿ってきた道を振り返ると、そこには見事な雲海が広がっている。遥か遠く、雲海の切れ間からシャロンの町も見えていた。

「イダゴ村は…どこだ…」

「まさか、チャカリヤ山じゃなかったとか」

チャカリヤ山の山頂は平坦な地形ではない。

外輪山がぐるりと周囲を囲む盆地のような地形は、太古の昔、ここが活火山だったことを示す典型的なカルデラ地形だった。

カルデラ地形のその火口盆地は、今でも煮えたぎるマグマが蒸気を発しているのか、まるで白い蓋をしているかのように深い霧が立ち込めていた。

アインとククタは、その外輪山の縁に立っていた。

直径にして数百メートルの外輪山の縁は、広くても幅は数m、狭い所だと人一人が歩くのも危険なくらいの幅しかない。

そんな場所に、村はおろか、家の一軒すら建てられるはずもなかった。

「ブンバさんの記憶は間違いだったんですかね…」

「いや、まだ確認できてない場所がある」

「え?山頂の外輪山は全部見渡せますけど、どこにも建物なんて…」

「この盆地だ」

「確かに霧で盆地の中までは見えてませんけど、万が一、今でも火山活動があったらガスが溜まってる危険性があります」

「グランサム大陸に活火山は2つだけ。それ以外は休火山か死火山だろ?俺が知ってる活火山はここじゃねぇ」

「いや、でも万が一ってことが…」

「俺は一人でも行くぞ」

アインはククタの忠告など聞く耳を持たず、霧の中へ下りて行った。

「待ってください!僕も行きますよ!」

ククタは布で鼻と口をおさえ、アインに続いて火口盆地へ下りて行った。




※※RENEGADES ひとくちメモ※※


【イエティー】

チャカリヤ山脈に生息すると言われる幻の生物

あまりに情報が乏しいため、それが生物なのか異形種なのか、もしくは、あくまで噂で実は存在しないのか、学術書にも伝説レベルとしての記載しかない

目撃者が少ないのは、それを見た者のほとんどは殺されるからだと言われている

数少ない情報によれば、身長3mほどの大きさで、夏は茶色、冬は白い体毛に全身を覆われ、長くて鋭い爪を武器に人々を襲い、人間の脳を好んで食すらしい


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