【#27 イダゴ村】
-5107年 3月19日 14:41-
キルベガン領 チャカリヤ山 山頂
アインとククタは、砂礫の下り坂を慎重に進んで行った。
やがて下り坂から平坦な道になると、深い霧の先に、ぼんやりと灯りが見えてきた。
「アインさん、あれは…」
「おそらく、あれがイダゴ村の灯りだろう」
チャカリヤ山のカルデラ盆地の中に、イダゴ村は存在した。
地理的に山麓の平野部からでは見ることが出来ず、山頂からでも深い霧に隠されて村の存在を確認することは出来ない。
イダゴ村が幻の村と言われる理由を、二人は実感していた。
最初、ぼんやりと見えていた灯りは、近付くにしたがってその数も明るさも増し、色の付いたガラスを通して実に様々な色のランプまで灯っていた。
「確かに山頂に村はあったが…ここが本当にイダゴ村なのか…?」
「語部や降霊術師がいる幻の村って…何てゆーか…こう…僕の中ではもっと幻想的で神聖なイメージだったんですけど…」
「これじゃ、栄えてる町の酒場や娼館よりハデじゃねーか…」
霧の中に佇むという点を除いて、神聖で厳粛なイメージとはあまりにもかけはなれた光景に、二人は唖然としていた…。
どの建物も色とりどりの鮮やかな看板が目を引き、それぞれの店のセールスポイントがこれ見よがしに宣伝されている。
『キャンペーン中につき20%オフ!』とか『ただいまタイムセール実施中!』とか『閉店在庫処分!全降霊半額!』とか…中には『お持ち帰り無料!』なんて看板まであった。
「霊って在庫なのか?お持ち帰りって何を持ち帰るんだ…」
アインは、あまりに怪しい売り文句に、降霊術そのものを疑いたくなる思いだった。
「なんか、商売っ気がこれほど露骨だと、どこが一番信頼できる店なのか分からなくなりますね…」
そんな二人を見付けて、辺りの雰囲気と同じ怪しい村人が近寄ってきた。
その村人は、ギンギラギンのスパンコールで飾られた上着に、赤くてでっかい蝶ネクタイを着けて、初対面とは思えない馴れ馴れしさで話しかけてきた。
「お兄さん、お兄さん、お兄さんたちアレだね?旅人ってやつだね?イダゴ村へようこそ♪僕はイダゴ村案内係のスパンコという者です♪お兄さんたちも降霊術師をお探しで?」
「ええ、まあ…」
「それならちょうどいい♪今あちこちの店で春のバーゲンセール中だから、どこもお得だよ♪どんな降霊術師がいいんだい?」
「降霊術師にいろいろ種類があるのか?」
「種類とゆーか得意分野だね♪オーソドックスに家族とか、歴史上の偉人とか、縁もゆかりもない有名人とか、ペットなんかの動物の霊を呼び出すのを得意とする人もいるよ♪」
「呼び出したいのはオヤジなんだが…」
「お父様だね♪だったらあの店だ♪」
案内係が指差したのは、中でも一番ハデな店だった。
「そうか、あの店か…」
「良かったら御案内しますよ♪」
アインを連れて歩き出そうとした案内係を、ククタが呼び止める。
「ちょっと待って。ちなみに歴史上の偉人だったらどの店がいいですか?」
「歴史上の偉人も、あの店が一番だね♪」
「じゃあ、昔僕が飼ってた犬なら?」
「それもやっぱりあの店かな♪」
案内係のオススメする店は、呼び出したい霊が何であれ、結局どこも同じ店だった。
「やっぱり、何が何でもあの店に連れて行きたいだけじゃないですか!」
「そ、そんなことないですよ…あの店の降霊術師の腕はピカイチだし、今ならお持ち帰り無料だから一番お得ですから…」
「あやしいなぁ…」
「じゃあ聞くが、この村で一番人気のない店はどこだ?」
「それは、村外れにあるグナ婆さんの店ですね♪」
「最後に一つ、あんたが絶対に客にオススメしない店はどこだ?」
「それもやっぱりグナ婆さんの店だね♪」
「わかった、ありがとう。行くぞ、ククタ」
アインはそれ以上何も言わず、ククタを連れて歩き出した。
「ちょっと!お兄さんたち!僕のオススメの店には行かないのかい?」
アインは剣を抜き、案内係の鼻先に突きつけた。
「この場でそのよく喋る舌を切り落とされたくなかったら、これ以上俺たちに話しかけるな。行く店は自分たちで決める。間違えてもあんたの世話にはなんねぇよ。稼ぎをパーにして悪かったな…」
アインは剣を収めて再び歩き出した。
案内係はヘナヘナと尻もちをつき、地面に温かい水溜まりを作っていた。
そもそも小規模なイダゴ村には、20軒ほどの建物しかない。
その中でも一番外れにある建物は、そこまで見てきたハデな看板も色とりどりの灯りもない、一見すると普通の家にしか見えないものだった。
「ここだな」
「ですね」
アインとククタは、その建物の木戸をノックした。
「ごめんください、旅の者ですが、降霊のお願いがあって参りました」
「戸は開いとる、入って来たらエエ」
「失礼します」
木戸を開け、一歩中へ足を踏み入れると、そこには顔中シワだらけの老婆が一人、囲炉裏の向こうに座っていた。
「まあ、上がって座りんしゃい。すまんが靴は脱いどくれよ」
二人は老婆に言われた通り、靴を脱いで土間から座敷に上がり、小さくかしこまって座った。
「楽にしたらエエよ。今お茶を入れるけん、ちょっと待ってや」
老婆は、囲炉裏に掛けていた土瓶から急須にお湯を注ぐと、茶碗をふたつ用意して、熱いお茶を入れて差し出してくれた。
「いただきます。失礼ですが、降霊術師のグナさんというのは…」
「グナはワシじゃよ。お主はロシュフォールのアイン王子じゃろ?もう一人はバルーチ村のククタじゃな?」
「!!……なぜそれを…」
「周りの霊たちが教えてくれるんじゃよ」
「周りの霊?」
アインもククタも周りを見回したが、霊はもちろん、何も変わった気配は感じなかった。
「俺たちの周りに霊がいるんですか?」
「もちろんおるよ。心配せんでも何も悪さはせんから怯えなくてもエエ。霊と聞くと皆怖がるが、そのほとんどは善い霊で、実は皆その霊に守られておるんじゃ。もちろん中には悪い霊もおるが、それは極一部じゃけん」
「パルマさんがこの場にいたら、現時点で既に気を失ってましたね…」
「ああ、間違いねぇな…」
「パルマというのは、お前さんたちの仲間じゃな?その者じゃったら、今、腕立て伏せをしておるよ。もう一人、体の大きな仲間は、馬車の中で昼寝をしておる」
「見えるんですか?」
「ワシは見えんよ、霊たちが教えてくれるんじゃ」
「やっぱり霊って実在するんですね…」
アインはその事実を知っただけで、なぜか嬉しい気持ちになった。
「ところで、前以て確認しておきたいのですが、降霊をお願いするのは一回おいくらですか?僕たち手持ちが乏しいので、支払えない金額だったら諦めなければならないので…」
ククタは正直に本当のことを言った。
「お金は取らんよ、他と違ってワシは商売で降霊をしとらんけん…人助けじゃからな」
さっきの案内係の男と違って、このグナという老婆は信頼できる。
アインもククタも、そう確信した。
「で、誰の霊を呼び出してほしいんじゃ?」
「俺の親父です」
「ということは、国王ロシュフォール3世の霊じゃな…久々やけん相当集中せんといけん…すまんが、あそこの大きな桶に外の井戸から水を汲んで来ておくれ。それから、窓を閉めて戸には鍵をかけてくれんか」
二人は老婆に言われるままに、大きな桶に水を汲み、窓も戸も閉めた。
老婆は蝋燭に火を灯すと、二人が用意した水桶に服を着たまま座り込んだ。
「集中するけん、絶対に音を立てないように… では始めるぞ」
老婆は目を閉じ、胸の前で手を合わせ、何やらブツブツと念仏のようなものを唱えた。
アインとククタは、黙ってそれを見守った。
10分ほど経っただろうか…
少し前から念仏のようなものは聞こえなくなり、老婆の体勢も、胸の前で手は合わせているものの何だかちょっと前のめりになったように感じる。
(ひょっとして…寝た?)
アインもククタも同じことを考えていた。
そろそろイビキが聞こえてくるんじゃないかと心配しだしたとき、突然、ビクン!と老婆の体が脈打った。
※※RENEGADES ひとくちメモ※※
今回はひとくちネタがないので、ご要望のあった『登場人物のおさらい』をしたいと思いますm(._.)m
◆ロシュフォール王国◆
ロシュフォール3世…王都陥落とともに自害
アイン王子…この物語の主人公
パルマ…アインと兄弟同然の親友
エルドレッド兵長…国王の最後の命令に奔走中
ビルニス副長…モスタールの裏切りにより殺害
◆ロシュフォール領バルーチ村◆
ククタ…知恵と知識が頼もしい仲間
◆タラモア帝国◆
執権バジャル…幼少の帝王に代わる影の支配者
スタージ将軍…アイン王子を捜索中
モスタール伯爵…祖国ロを裏切った男
◆イグナリナ王国◆
イグルーリ国王…ロシュフォール3世の親友
◆アナムル王国◆
チェンロン…ブルージュの聖武を求めて放浪中
◆キルベガン領ラローマ村◆
ブンバ…かつて誤解から魔物と恐れられていた
◆キルベガン領シャロン◆
グランツ…反政府運動のリーダー
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