【#31 受け継がれしもの】

-5107年 3月19日 23:34-


キルベガン領 チャカリヤ山 五合目付近



ブンバの朦朧とする意識は、目の前で起きた惨劇によって一瞬で覚醒した。

「お父さん?………お父さん!!」

「なんて無茶なことを!」

「は…早く……早くコイツの体を切り落としてくれ…」

アインは、直径1mはあろうかというアンネリダの胴体を、一刀のもと切断した。

「大丈夫か!オッサン!!」

「お父さん!…お父さん!…」

長はガクッと膝が折れ、そのまま仰向けに倒れこんだ。

胴体に食らいついたままのアンネリダの頭部を、アインとブンバが引き剥がそうとする。

「ぐわァァァっっ!…無理だ!歯が食い込んで内臓ごと引っ張られてる感じだ…」

「くそ~…どうすりゃいいんだ…」

「お父さん…お父さん…」

ブンバは長の頭を抱きかかえて泣いていた。

頭部が食らいついたままの長の腹部からは大量の血が流れ出し、地面に出来た血溜まりが見る見る広がっていく。

アインが1本1本丁寧に食い込んだ鈎状の歯を外しているのを見て、パルマとククタもそれに加わる。

「こいつ、どんだけ歯ぁ生えてんだ!」

「ちくしょ~!血が止まんねぇよ!」

「グナさん!こんな時の止血の方法知りませんか?!このままじゃ…このままじゃ…」

「残念じゃが…そこまで深く大きな傷が何ヵ所もあっては血は止められまい…諦めるしかなかろう…」

「そんな…」

「諦めてたまるか!せっかく会えたブンバの親父なんだ!…パルマ!ククタ!最後まで諦めるんじゃねぇぞ!!」

三人は必死に歯を外し続けた。


「三人とも、もうよい…私は助からん…」

「そんなこと気安く言うんじゃねぇ!」

「よいのだ…神がそう言っている…私には聞こえる…」

「ほんとか?婆さん?」

「ああ、本当じゃ…」

グナ婆さんの言葉を聞いて、三人は悔しそうに手を止めた。

「命尽きる最期の瞬間に、私は神から最高の贈り物を賜った……こうして息子と会えたのだから……」

「……お父さん…ブンバ…お父さん…」

ブンバは父親の手を力強く握った。

「泣くな息子よ…息子の命を救うためなら、自分の命くらい喜んで差し出す…親とはそういうものなのだ……お前の母親も同じ思いだったはず…」

「お父さん…お母さん…」

ブンバが泣き止むことはなかった。

長の言葉を聞いて、アインもククタもそれぞれの親を思い出し涙していた。

「息子よ……お前を見付けたときは力ずくでも連れ帰ろうと思っていたが…一族には戻らずともよい……イダゴ村を守る使命は…ここに生き残った者たちが果たしてくれる…」

長の言葉に三人は驚いた。

「え?じゃあ、僕たちと旅を続けていいんですか?!」

「良かったなぁ!ブンバ!」

パルマとククタは素直に喜びを現した。

「……………」

アインは何も言わず考え込んでいた。

「いずれこの世界にも平和が訪れる…そうなれば我ら一族の使命もそれまで…近い将来…平和が訪れることを私は信じよう……ゴフッ!」

長の口から大量の血が吹き出した。

「お父さん!!…」

「オッサン!しっかりしろ!」

「息子の腕に抱かれて死ねるとは…夢にも思っていなかった…私は幸せ者だな……息子よ…自分の生きる道は自分自身で決めるのだ……神の言葉を信じ……心のままに…………」

長は、その言葉を最後に、ゆっくりと目を閉じた…。


うおぉぉぉぉぉぉぉん!……


ブンバは父親を腕に抱いたまま、天を仰いで大声で泣いた。それは、周りの山々にこだまするほどの慟哭だった。

ブンバが泣き止むまで、誰もそれを止めることはなかった。

ひとしきり泣いたあと、気持ちを落ち着かせるように一つ大きな息を吐くと、ブンバは父親を抱きかかえて立ち上がった。

アインたちを見つめるブンバの目の奥は、赤く光っていた…。

「俺、行く…」

「……………」

「ブンバさん?」

「よし、行こう!親父さんの埋葬を済ませて、また一緒に旅を続けようぜ!」

「パルマ違う…」

「ブンバが初めて俺の名前ちゃんと呼んだぞ♪」

「俺は行く…一族のもと…」

「へ?なに言ってんだよブンバ、親父さんも自分の生きる道は自分で決めろって言ってたじゃんか…」

「だから自分で決めた…神の言葉も聞いた…」

「どうしちゃったんだよ?喋り方まで変わっちまったし…本当にブンバか?」

「もうよせ、パルマ。父親の死を乗り越えて、ブンバが自分の意思で決めたことだ…」

「そんなこと言われてもよぉ…このままじゃブンバは行っちまうんだぜ?二度と会えないかも知れないんだぜ?アインはそれでも平気なのかよ?」

「男が決心したことに、余計な口出しは出来ねぇだろ…」

「それに、またきっと会えますよね?チャカリヤ山に来れば…ね?ブンバさん」

「アイン、パルマ、ククタ、すまない…俺の…一族の長としての魂…心を突き動かしてる…」

「わかってる。父親から色んなもん受け継いだんだな」

「ありがとう…アイン」

「また会えますよね?」

「必ずまた会える…ククタ」

「本当に行っちまうのかよ…寂しいなぁ…」

「そう寂しがるな…パルマの危機…必ず駆けつける」

ククタとパルマはまたもや大泣きしていた。



全員が力を合わせ、太い木の枝を組み合わせて担架を作り、亡くなったイエティーと長の遺体を乗せ、上からブンバの着ていた服を被せた。

担架の四方をイエティーが担ぎ、いよいよお別れの時がきた。


「グナさん…俺たち…家まで…送り届ける…心配ない」

「わかった、頼んだぞ」

「お主たちは、これからどうするんじゃ?次の目的地は決まっておるのか?」

「どうしましょう?…アインさん」

「とりあえずの目的は達成したし…少しのんびりしねぇか?アイン」

「そうだな…ロシュフォールを出てから今日まで駆け足で来たからな…どこかの町で少しのんびり過ごして、先のこと三人で考えるのもアリだな」

「じゃったら、サライの町がオススメじゃ♪街道に出て北へ向かえば、間もなくバラザードへ入る、そこから半日進めばサライの町、ガベス山の麓にある温泉で有名な町じゃ♪」

「お♪温泉いいじゃん♪そこ行こうぜ、アイン」

「僕、温泉て入ったことないから行ってみたいです☆」

「よし、じゃあサライの町に行ってみるか☆」

グナ婆さんに薦められ、三人はサライの町へ向かうことを決めた。

「それから、餞別代わりにお主らにコレをやろう」

グナ婆さんは、直径2cmほどの小さく透明な玉をアインに手渡した。

アインは手のひらの上で玉を転がしながら聞いた。

「これは?」

「それは虹玉石じゃよ、町で売れば多少の金になるでな☆」

「虹玉石!?宝石じゃないですか!」

博学なククタは、虹玉石について解説した。

「見た目は透明ですけど、光に透かすと虹色に輝く、幻の宝石です!」

「幻なものか♪世間では宝石らしいが、ワシの村ではそこら中に落ちとるよ♪だからワシらはイダゴ石と呼ぶんじゃ。チャカリヤ山の周辺でも見付かるけん、山を下る途中に探してみれば何個か見付かるかも知れんよ♪」

パルマは早速、四つん這いになって地面に目を凝らしていた…。


「最後にこんな物まで頂いて…本当に色々とありがとうございました」

「山登りはツライじゃろうが、またいつでも遊びに来て、話し相手になっとくれ♪」

「必ずまた来ます!」

ククタは両手でグナ婆さんの手を握り、深く頭を下げた。

「イダゴ村もイエティーの一族も…しっかり守れよ、ブンバ」

「もちろん…俺頑張る…アインも頑張って」

「ああ。離れ離れになっても俺たちは仲間だ、それだけは忘れるなよ☆」

「頑張って下さい、ブンバさん!」

「また一緒にシャロンの町でペヤン腹いっぱい食おうな!約束だぞ!」

三人は、一人ずつブンバと熱い抱擁を交わした。

「じゃあな…」

ブンバはグナ婆さんをおんぶして、他のイエティーとともに暗い山道を登って行った…。


 

「これで…良かったんですよね…」

「ああ…これで良かったんだ…」

「でもやっぱ…寂しいな…」

「ああ…すげぇ寂しいな…」

アイン、パルマ、ククタの三人は、昨日までブンバが寝ていた馬車の荷台に寝転がっていた。

ブンバだと一人でいっぱいいっぱいだった荷台のスペースは、三人が横になっても十分な広さだった。

「とりあえず今日は寝よう…」

結局、三人が眠りに就いたのは、東の空が白み始める頃だった…




※※RENEGADES ひとくちメモ※※


【虹玉石】

別名イダゴ石

チャカリヤ山周辺だけで採れる透明な丸い石

太古の昔、チャカリヤ山の活発な火山活動によって造られたと思われるが、詳細な生成過程は不明


光に透かすと虹色に輝き、光の強さや種類、見る角度によって色が変わるため玉虫石とも呼ばれる

世間一般には、チャカリヤ山周辺で採れることさえ知られていないため、稀少価値が高く幻の宝石と言われ高値で取り引きされる

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