【#30 親と子】

-5107年 3月19日 22:48-


キルベガン領 チャカリヤ山 五合目付近



「ブンバの母親だって?!その母親の霊を呼んだのか?」

パルマは予想もしなかったアインの答えに驚いた。

「そうだ。ラローマさんじゃない、ブンバを産んだ実の母親をな…」

「ブンバ…母親…記憶ない…あまり…まだ小さい時…死んだ…」

「ブンバ…実は、その人も母親ではなかったんだ…その人は本当の母親のお姉さんで…赤ん坊の頃のブンバを育ててくれたのは、お姉さん夫婦だった…」

「じゃあ、本当の母親はどうしたんだよ?」

「………ブンバを産んだ時に亡くなっていた…ブンバの母親は、自分の命と引き換えにブンバの命を救ったんだ」

「!!」

パルマはあまりの衝撃に言葉を失った。

ククタは自らの境遇と重ね合わせて涙を流していた。

「ブンバ…お母さん…死んだ…命…引き換え…」

ブンバも泣いていた。

「……………」

イエティーの長だけは、その事実を知っていた様子だったが、それでも下を俯き涙を堪えていた。

「その真実を伝えるためにグナさんも連れて来たんです。僕らの口から伝えるよりも、実際に降霊したグナさんに伝えてもらった方がいいと思って…。それに、グナさんは他にも確かめたいことがあるって言うから…ね?グナさん」

ククタはグナ婆さんを促した。

「その通りじゃ。まずはブンバよ、お主は当然、お主の産みの親の記憶はなかろうが、お主の母親はいつもあの世からお主を見守っておる。お主のことを心から愛しておるんじゃ、そのことだけは忘れてはならんぞ」

「お母さん…ブンバのお母さん…」

ブンバは声を上げて泣いていた。

「それから、限られた短い時間の中では聞けずに確かめられなかったことなんじゃが………イエティーの長よ、お主がブンバの父親じゃな?」

!!!…

グナ婆さんの一言に、アインもパルマもククタも、泣いていたブンバさえも驚いた。

「………そうだ。こいつは間違いなく我が息子、この世でたった一人の息子だ」

「やはり、そうじゃったか…」

「なぜ分かった?お前も神の言葉が聞こえるのか?」

「神の言葉か……まあ、捉えようによっては、そうとも取れるのぉ…神だったり仏だったり妖精だったり… お主の言葉を借りれば、そう、神の声が教えてくれるんじゃ」

「ブンバ…お父さん?…」

ブンバは、父に会えた喜びと信じきれない思いが絡まって、複雑な表情で戸惑っていた。

それは、アインたちも同じだった。

自分たちの大切な仲間なのは間違いない、しかし、イエティーの一族であることも長の血を引く息子であることも間違いない事実なのだ。

「さあ行こう、息子よ。我ら一族には神々の通り道であるイダゴ村を守護する尊い役目がある。長である私に代わり、いずれはお前が一族を統べねばならんのだ」

「ブンバ…困る…仲間…一緒がいい…」

ブンバは理解が追い付かず困っていた。

困っていたのはアインも同じだった。


以前、自分も今のブンバと同じような境遇がイヤになり放浪の旅に出た経緯がある。ブンバの気持ちは身に染みて理解できた。

しかし同時に、長の言うことも理解できた。

どんな形であれ仲間は失いたくない、だからと言って、出生の謎が解け再会できた親子を再び切り離すことなど許されるのか…


アインは何も言えず、どうすることも出来ず、ブンバと長の間にあるもどかしい空気を感じながら立ち尽くすしかなかった。


そんな、もどかしい空気を一変させたのは、ブンバの一言だった。

「何か来る…ブンバ…感じる…」

「やはりお前も神の声が聞こえるのだな、私も聞こえたぞ…何か邪悪なものが来る…」

「え?邪悪なもの?!どっから来るの?何も見えないんですけどぉ!」

パルマは山道に目を凝らした。

「どっちから来るんだ…上か下か…」

アインは剣を抜いて身構えた。

「地中から来る…霊たちはそう言っておるよ」

グナ婆さんの言葉を聞いて、皆が一斉に足元を見た。


グオォォォォォ!…


最初に襲われたのはイエティーの1体だった。

突然、地中から飛び出した長さ30cmほどのミミズのようなヘビのような生き物が、イエティーの喉元に食いついた。

イエティーは必死になって引き剥がそうとしていたが、引き剥がそうとすればするほど、逆にイエティーの方が悲鳴を上げていた。

グギャァァァ!…ガアァァァァ!…

その生き物は次から次へと地中から飛び出し、悲鳴を上げてのたうち回るイエティーに襲いかかった。

「あれは……アンネリダの幼生だ!皆!動いちゃダメです!!その場にジッとして!」

ククタは叫んで注意を促した。

しかし、人間の言葉を理解できないイエティーたちは、アンネリダの攻撃をかわし、逃げ惑い、立ち向かい、動き回ることによって余計にアンネリダの攻撃を受けていた。

「何だよ、あの気色悪い生き物は…」

「アンネリダ?」

「あれは、アンネリダというヒルの異形種の幼生です。地中に潜み、近くを通りかかった獲物の振動を頼りに襲いかかり、食いついて血を吸う吸血異形種です。だから動いちゃ危険なんです!」

「わかった!ジッとしてる!」

「動けずに、ただ襲われた奴が血を吸われて死んで行くのを見てろってのか?冗談じゃねぇ!」

アインは、アンネリダに襲われたイエティーたちに向かって走り出した。

「おい!アイン!危ねぇって!」

「要は、振動感じて襲われるより早く動きゃいいんだろ!」

「アインさん!無理に引き剥がそうとしちゃダメです!口の周りに環状に生えた鈎状の歯が深く食い込んでます!無理に引き剥がせば肉ごと切り取られてしまいますから!」

「じゃあ、どうすりゃイイんだよ!」

「頭を残して体を切り落とすんです!死ねば頭は簡単に剥がせますから!」

「ミミズみてぇな生き物のどこまでが頭で、どこからが胴体だってんだ!!」

「少しでも血を吸ったアンネリダは、体が風船のように赤く膨らんでいきます!」

「ちっ!面倒臭ぇ生き物だなぁ!!ぅおりゃゃゃあッッ!!」

アインは次々にアンネリダの体を切り落としていった。

「おい!イエティーども!ジッとしてろ!間違って肉切っても知らねぇからな!!」

痛みと恐怖で動き回るイエティーたちの体を傷付けないように、細心の注意と剣捌きでアンネリダを処理していく。

「おい!イエティーの長だかオッサンだか知らねぇけど、こいつらに動かないように言い聞かせてくれ!!」

自らは何も手出しできない長は、アインに言われるままにイエティーの言葉で動かないよう指示を出した。


ハァ… ハァ… ハァ…


アインは肩で大きく息をしていた。

全てのアンネリダの処理を終えたアインの体は返り血で真っ赤に染まり、アイン自身もまたアンネリダの攻撃を何度か食らい、胴体を切り落とされた頭だけが何個か付いたままになっていた。

「最初に攻撃を受けたイエティーは助けられなかったか…」

アインは残った頭を引き剥がしながら言った。

最初に攻撃を受けたイエティーは、大半の血を吸いとられ、息絶えていた。

それでも他のイエティーは生き延び、パルマもククタもブンバも、グナ婆さんも無事だった。

「とんでもなく厄介な生き物だったな…」

「でもまだ動かないで下さい、アンネリダの幼生はある程度成長するまで母親とともに群れで行動すると言われています…まだ近くに母親がいる可能性が…」

再度ククタが皆に注意を促していたとき、


ドスン!


と大きな音を立てブンバが尻もちをついた。

長との力比べで体力を使い果たし、それでもアンネリダの幼生の攻撃を動かずに耐えていたブンバだったが、幼生の攻撃がおさまると同時に緊張が解けたのか、その場に座り込んでしまったのだ。

「ヤバい!今の振動で気付かれちまう!」

「ブンバっ!しっかりしろ!」

アインの必死の呼び掛けも聞こえないほど、ブンバの意識は朦朧としていた。

すると、ブンバ以外の全員が地面の細かい振動を感じ、次第にその振動が大きくなっていく。

「来るぞ………」

全員が身構える中、立ち上がろうとするブンバの近くの地面が盛り上がり、そいつは地中から姿を現した。

「なんという大きさじゃ…」

グナ婆さんが驚くほど巨大なアンネリダは、地上に見えている部分だけでも3mあり、ブンバの胴体と変わらないくらいの太さから、まだ地中に隠れている部分まで想像すれば、優に10mを越えるほどの巨大さだった。

アンネリダは、地上に出ている部分を、まるでヘビが鎌首を持ち上げるように起こし、振動の発信源に狙いを定める。

「ブンバさん!動いちゃダメです!」

ククタの忠告も聞こえないブンバは、それでも必死に立ち上がろうとしていた。

発信源を捉えたアンネリダの頭の先端にある口が大きく開くと、中には無数の鋭く長い歯が環状に幾重にも並んでいた。

「あぶない!」

イエティーの長はアンネリダの攻撃からブンバを守ろうと動き出す。

「ちっ!…」

アインも一度は鞘に収めた剣を再び抜いてアンネリダに突進していった。


ドンッッ!


アンネリダの攻撃を体で受け止めたのは、アインより一歩早く動き出していたイエティーの長だった。

「オッサン!!」

アンネリダの鋭い歯は長の体に深く突き刺さり、一番外側に並んだ長い歯は、長の背中まで突き抜けていた。




※※RENEGADES ひとくちメモ※※


【アンネリダ】

ヒルの異形種

成体になると全長は10mを越える

目は無く、代わりに振動を感知する器官が全身にあり、地上を歩く虫の足音まで感知すると言われている

普段は地中に潜み、振動を頼りに環状に並んだ鋭く長い歯で獲物に食らいつくと、幼生のうちは傷口から溢れ出る血を吸って栄養分とするが、成体になるとそのまま獲物を丸飲みして消化してしまう

チャカリヤ山麓とアナムル王国の森林地帯で生息が確認されている

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