【#24 急襲】

-5107年 3月18日 6:16-

キルベガン領 チャカリヤ山脈 山麓



アイン一行は、シャロンの町を出てから二度目の朝を迎えた。


シャロンの町から遥か遠くに見えていた山並みは想像以上に遠く、昨夜、丸一日かけてやっと到着した山麓で四人は野営をしていた。

今までの野営と変わった点は、ラローマ村以降、馬車という寝床が出来たことと、ブンバという仲間が増えたこと。

今までの野営と変わらない点は、寝床が出来たにもかかわらずブンバ1人にスペースを占領され3人は相変わらず外で寝てることと、毎朝最初に目を覚ますのはククタであること。

この日も最初に起きたのはククタだった。


ククタは近くを流れる小川の水で顔を洗った。

チャカリヤ山脈から流れ出す冷たく澄んだ水は、一度顔を洗うだけで寝ぼけた意識を覚醒させる。

ククタは皆が起き出す前に小川の水を汲んでおこうと、荷台からバケツを持ち出した。

バケツで小川の水を汲み、それを馬車の荷台に置かれた水樽に移す。それを何度か繰り返しているとき、ククタは妙な地鳴りを感じた。


「なんだ?……」


始めのうち断片的に感じた妙な地鳴りは、徐々に連続した地鳴りへと変化し、大きくなる音と共に、振動を体感できるまでになっていった。

直感的に身の危険を感じたククタは、大慌てで3人を起こしにかかる。

「アインさん、パルマさん、ブンバさん、起きてくださいッ!なんかヤバイですッ!」

ククタの呼び掛けに、一発で目を覚ましたのはパルマとブンバだった。

「………地震か?」

「来る…何か…ブンバ…感じる…」

3人は近付く音と振動の方へ注意を向けた。

遠くの木々が揺れ、驚いた鳥たちが一斉に空高く舞い上がる。

「おい!アイン!起きろ!何かヤベェぞ!」

それでもアインは大イビキで、目を覚ます気配など微塵も感じない。

パルマは、ククタの足元にあったバケツの水を、寝ているアインの頭にぶちまけた。

「ブハッ!…何だ?嵐か?洪水か?」

「起きろ!アイン!何かが迫って来る!」

アインは瞬時に状況を把握し、皆よりも前に出て、剣の束に手をかけた。

やがて、地鳴りと共に、バキッ!ボキッ!バキッ!っと木の折れる音もアインたちのいる方へ近付いて来る。

何かが迫って来ていることは間違いない。その証拠に、音のする方から次々とウサギやタヌキやシカといった動物たちが逃げ出し、アインたちの横を駆け抜けて行った。

そして遂に、地鳴りと振動の主が姿を現す。

「おい…何だコレは…」

「でっけぇダンゴムシだ…」

「学術書で見たことあります…ダンゴムシの異形種で…名前は確か…」

ククタは慌てて異形種の学術書を開いた。

「ロリポリ…ブンバ…知ってる…」

「そうだ!ロリポリだ! ロリポリ…ロリポリ…あった!! えっと…ロリポリは鎧のような外殻がとても硬くて、とにかく力が強いみたいですけど、人間を襲うことはないって書いてありますよ?」

「学術書だって間違いはあるだろ!現にこうして襲われそうになってんだから!」

パルマは震えながらも必死に弓を引いて構えた。

「体は大きいが穏やかな性格で…人の被害のほとんどは事故らしいです…圧死が99%…」

「圧死?潰されるってこと?」

「そうみたいですね…岩や壁との間に挟まれたり…踏み潰されたり…ロリポリは進みたい方向へとにかく真っ直ぐ突進するらしいです、途中にある物を壊したり潰したりしながら」

ククタは学術書に書かれた情報を率直に伝えた。

「あのさ……今俺たちは、そいつの真っ正面に立ってますけど?!これってヒジョ~に危険なんじゃないの?!何かさっきからジィ~っとこっち見てる気がするんですけど!!」

パルマは怯えながら大声で叫んだ。

「パルマ!奴の片方の目を狙え!倒せなくても方向は変わるはずだ!」

アインは攻撃の指示を出す。

「なるほど!任せとけ!」

パルマはブルージュの弓を射った。


ブオォォォォォォォン!…


見事に右目に突き刺さった矢で、ロリポリは仰け反って雄叫びを上げた。

「やったぜ!今回の殊勲賞は俺だ!」

しかし喜んだのも束の間、ロリポリは真っ直ぐパルマを見据え、ブシューッ!ブシューッ!と息を荒げた。

「虫だから表情わかんねぇけど、何か、すごく怒ってる気がするぅ~!お前さっき穏やかな性格って言ってなかったか?ククタ!」

「学術書にも間違いはあるかと…」

「都合よすぎだろ!」

ロリポリは真っ直ぐ突進してきた。


ガシッッ!!


ロリポリの突進を止めたのはブンバだった。

「グフーッ!…」

ブンバは全身でロリポリを受け止め、踏ん張った足は地面に深くめり込んでいた。

「よし!ブンバ!もう少し持ちこたえろ!」

アインは剣を振りかざし、ロリポリに斬りつける。

「うぉぉりゃぁぁぁッ!!」


ガチン!…


全力で斬りつけたアインの剣は、鎧のような外殻に刃先が少し食い込んだだけで致命傷には至らず、緑色の血が少し滲んだ程度だった。

「くそったれ……」

アインは間合いを取り直し再び剣を構える。

「アインさんの剣が通用しないなんて…」

「パルマ!どこでも構わねぇ!思いっきりブルージュをお見舞いしてやれ!」

「おう!」

しかし、パルマの射った矢も外殻には刺さらず、キンッ!という音とともに跳ね返されてしまう。

「ちきしょう…刺さらねぇよ…」

「外殻が無理なら殻の継ぎ目を狙うんだ!」

「よっしゃ!継ぎ目だな!」

殻と殻の継ぎ目を狙った矢は、跳ね返されることなく突き刺さる。

「やった!刺さった!!………」

しかし、大岩をも砕くブルージュの弓を持ってしても矢は僅か数センチ刺さっただけで、アインの剣撃同様、緑色の血が滲む程度のダメージしか与えられていなかった。

「ダメだ…このダンゴムシどんだけ硬ぇんだ…」

「諦めるな!血を流すってことは倒せるってことだ!構わず矢を射ち続けろ!このままじゃブンバが持たねぇ!」

突進を食い止め続けるブンバだったが、足元の地面を見ると、少しずつ後ろへ押し返されている。

「グフーッ!……ブフーッ!……」

ブンバの体力も限界に近付いていた。

ククタはロリポリの弱点を探そうと、必死に学術書のページをめくり続けた。

パルマは後先考えず、継ぎ目を狙って矢を射ちまくった。

アインは、体が無理ならばとロリポリの足に斬撃を繰り返したが、人間の胴体ほどの太さしかない足でさえ、1本切り落とすのに全力の斬撃を五回も要した。

ロリポリの足は7対、つまり14本もある…

「ダメだ、こんなんじゃ埒が開かねぇ…ククタ!コイツの弱点は何だ!」

「見付かりません!一生懸命探してるんですけど、生息地とか好物とか雌雄の見分け方とかしか載ってなくて…」

「くっそ~ッ!…」

そのとき、今度は背後から、再び聞き慣れぬ音と地響きが聞こえてきた。


ガチャン…ガチャン…


カタカタカタカタ…


音と振動は、またしてもアインたちのいる方へ近付いてくる。それも一体ではなく、複数であることが容易に認識できる。


「こ…今度は何だ?!」

「今この状態で挟み撃ちにされたら…」

「ダンゴムシの次は何??カマキリ?ゴキブリ?カブトムシ?」

「グフーッ!…」


ところが、アインたちの予想に反して、そこに姿を現したのは、建築現場で見るような重機に手や足が付いたような『機械』だった。




※※RENEGADES ひとくちメモ※※


【ロリポリ】

ダンゴムシの異形種

最大のものは体長12m体重4t

鉄のように硬い外骨格を持ち、身の危険を感じると丸くなって外敵の攻撃から身を守る

普段は暗く湿った場所を好み、洞窟や湿地帯で群れで過ごしているが、成体になると、繁殖期にだけ別の群れの異性を求め単独で行動する

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