【#80 新たな挑戦者】
−5107年 4月1日 10:17−
アナムル王国 煌春 武術大会会場
「ちっ!………卑怯な手ぇ使いやがって……」
地面に降り立ったアインは、首筋を抑え、族長ジェングを睨みつけた。
「甘いなぁ、小僧。戦いに汚いも卑怯もない、最後に立っていた者が勝者なのだ。それが命を賭けた勝負なら尚更な♪フフフフ…」
仮面の下の不敵な笑いは見えなかったが、さも当然のごとく語る勝手極まりないジェングの言い草に、アインは心底ムカついた。
「マスター、ククタさん、ヤバイです……。徐々にですが、ボスの体温が上昇し心拍数にも変化が見られます。おそらく毒ではないかと……」
三男は、モニターしているアインのバイタルデータを見て、警鐘を発した。
「毒?!あの含み針に毒が塗られてたってことですか?」
「成分が分からないので何の毒かは特定できませんが、ボスのデータの変化から察するに、おそらく間違いないと思われます」
「心配しなくても大丈夫だって♪アインはガキの頃からあらゆる毒の耐性つけてんだから♪」
楽観的なパルマであったが、事態はパルマが思うほど簡単では済まなかった。
「ねぇ、何でアイン様は攻撃を仕掛けないの?ずっと同じ場所に立ち尽くしてるけど……」
特別席にいるミカも、アインの様子がおかしいことに気付いた。
「ロリポリの鎧が強固だからといって、今は攻撃の手を緩めるときではない。一気に畳み掛けるべきだぞ、アイン王子……」
「いや、アイン王子の様子が変だ……気が少しずつ弱くなっている……」
クォン大将軍もチェンロンも、心配そうに闘技台を見つめていた。
(くそっ!………視界がボヤケる………クソジジイの野郎、針に毒を仕込んでやがったか……)
アインは視界だけでなく、呼吸が乱れ、体中から力が抜けていくのを感じていた。
そんなアインに、ジェングは容赦なく大斧を振り下ろす。
ガチンッッ!!
それまで紙一重で躱し続けていた攻撃も、剣で受け止めざるを得ないほど、アインの体は思うように動けなくなっていた。
「ブハハハ!どうした?だいぶ動きが鈍ってやしないか?いい加減、負けを認めたらどうだ?まあ、潔く負けを認めたところで、ワシに殺されることに変わりはないがな♪ブハハハハ!」
「ざけんじゃねぇぞ…クソジジイ………俺はこんな所でくたばるわけにはいかねぇんだ」
「それほどまでにワシの命を取りたいのか♪そう簡単には行かんぞ?」
「てめぇの安っぽい命なんざ、どうでもいい………俺にはやり遂げなきゃならねぇ事がある……てめぇは大人しく森の奥でお山の大将気取ってりゃイイんだよ!」
言葉では決して退けをとらないアインであったが、その実、全身の筋肉が硬直し体の自由は徐々に奪われていた。
「おい、おい!……なんかヤベェんじゃねぇか?アインのやつ、少しずつ動きが硬くなってんぞ…」
「あれだけ激しく動いてますから、毒の回りが早いんですよ…」
「ボスの体温、血圧、心拍数から考えれば、立ってるのもやっとの状態のはずです」
先程まで余裕綽々だった観客席の三人は、一転して焦燥感にかられていた。
それは特別席にいる三人も同じだった。
「絶対におかしい……アイン王子がジェングの攻撃に対応出来なくなっている……」
「気がどんどん小さく弱くなっている……このままでは危険だ……」
「やっぱりアイツ、何か卑怯な手を使ったんだわ!そうでなきゃ、アイン様があんな奴に追い詰められるわけないもの!」
アインを心配するクォンとチェンロン、そして、族長ジェングの卑劣さに怒りを露わにするミカ、三人ともアインの勝利を信じつつ勝負の行方を見守ることしか出来なかった。
「そら♪そら♪どうした?だんだん体が動かなくなって来たか?ブハハハハ!」
毒の影響で体の自由が利かなくなってきたアインを、いたぶるように、弄ぶように、ジェングは笑いながら攻撃を続けた。
ガキンッ!…… キンッ!…… ガキンッ!……
それでも必死に剣で受け流し、大斧の直撃だけは免れていたアインだが、時間の経過とともに筋肉の硬直はその度合いを増していく。
(ちきしょう……このままじゃ埒が明かねぇ……意識まで朦朧として来やがった……)
キンッ!…… ガキンッ!……
「ブハハハハ!ワシは小僧を殺したあと、大将軍との勝負が待ってるのだ、小僧ごときに体力を使い切るわけには行かん、そろそろ終わらせてやるわ♪死ねぇぇぇぇッッ!!」
トドメの一撃とばかりに、ジェングは振りかぶった大斧を全力で振り下ろした。
ガチーンンンッッ!!………
アインは、頭上にかざした剣に腕を添え、剣の腹でなんとか大斧を受け止めた。
しかし、ジェングの渾身の一撃を受け止めた衝撃は大きく、踏ん張りきれずに片膝が折れる。
地面に片膝をついたアインは、それでも大斧の重圧に耐えていた。
「ぐぐッ!……」
「ブハハハハ!やはり小僧は小僧に過ぎぬ!経験が足らぬわ!」
「ぐッ!……くそ〜……何が言いてぇんだ、クソジジイ!」
ジェングは大斧に全体重をかける。
剣の腹で防いでいるとは言え、アインの頭と大斧の間隔は、僅か数センチしかない…。
アインが力尽きるか、剣が折れてしまえば、アインの頭は大斧で割られてしまう寸前だった。
「わからぬか?戦いは、武器と武器の攻防だけではないと言うことだ!!」
ジェングは片方の大足を蹴り上げた。
「グォぉぉぉぉラァぁぁぁぁッッ!!!」
「しまっ!!…」
爪先までロリポリの鎧で固められた大足が、アインの腹に深くめり込む。
「ぶはぁぁぁッッ!!」
蹴り上げられたアインは、口から血を吹き出しながら宙を舞った……
会場の歓声が一瞬で悲鳴に変わる。
「……………(ー□ー;)」
「アインさん!!」
パルマもククタも今見ている光景を受け入れられなかった。
「!!…………」
「アイン王子…………」
クォンもチェンロンも信じられないといった様子で呆然としている。
「あぁぁ……アイン様………」
ミカは両手で口を押さえ、ワナワナと震えていた。
ドサッッ!……
アインが落ちたのは闘技台の外の芝生の上だった。
会場に進行役兼審判の声が響き渡る。
『エイネ=ブンバール選手の落下により、勝者!ジェング族長!!』
おおおおおおおおおお〜ッッ!!
会場は割れんばかりの歓声と拍手に包まれた。
「アイーーーーンッッ!!」
群衆を掻き分け、柵を乗り越え、パルマたちがアインに駆け寄る。
「大丈夫か!しっかりしろ!」
「アインさん!アインさん!」
パルマとククタの呼びかけにもアインは反応しない。ゼェゼェという苦しそうな息遣いと共に、時折、ゴフッ!と血の混じった咳をしている。
三男はすぐさまセンサーでアインの体内をチェックした。
「かなり危険な状況です!!今の一撃で膵臓と肝臓に損傷が………肋骨も3本折れて、そのうちの1本が肺に刺さっています」
「担架を!急いで担架を持ってきてくださいッッ!!」
ククタは珍しく大声で叫んだ。
「ミカ!ミカ!!急いで下りて来いッッ!!」
パルマも特別席に向かって叫んでいた。
アインは、救護班の手で担架に乗せられ医務室に運び込まれた。
パルマたちも救護班のあとに続く。
特別席から医務室に駆けつけたミカは、入ってくるなり泣き叫んだ。
「ああ……アイン様……アイン様ぁぁぁぁ!!」
「今は泣いてる場合じゃねぇッッ!!早く例の力でアインを助けてくれ!!アインの命はミカに掛かってんだ!!」
「そうね、ごめんなさい……。ククタ君、この薬玉を水で溶いて少しずつアイン様に飲ませて」
珍しくパルマに謝り、ククタに投薬を頼むと、ミカは目を閉じて精神を集中させる。
やがて静かに開いたミカの瞳の奥は赤く輝き、胸の前で合わされた手は淡い黄色の光に包まれていた。
その手でアインの体に触れると、淡い光は強さを増して輝きだす。
「これが聖女の力か……」
「今は話しかけないで集中してもらいましよう」
ミカの治療を見つめるパルマとククタをよそに、三男は、アインの首元に刺さっていた針を抜き、毒の成分を調べて言った。
「これは……ヒ素ですね……」
三男の言葉に反応し、パルマもククタも振り返る。
「ヒ素?!大将軍のおっさんと同じじゃねぇか!てことは、大将軍のおっさんもアイツが」
「いや、まだ断定できません……」
「何でだよ?同じ毒が使われてんだぜ?」
「アインさんは含み針に塗られた毒が直接体内に入った、言わば急性ヒ素中毒の症状ですが、クォン大将軍は微量のヒ素を長期間にわたって摂取した結果の慢性ヒ素中毒です。同じヒ素でも、やり口がまるで違うんです……」
「なるほどな……じゃあ、どうやって長期間も大将軍のおっさんに毒を摂取させんだよ?」
「さあ……今の段階でそこまでは……」
パルマとククタの推理は続いた。
その頃、特別席のクォンとチェンロンは、予期せぬ事態に焦っていた。
「こうなってしまった以上、私が戦うしかない」
クォン大将軍は険しい表情のまま、おぼつかない足取りで椅子から立ち上がった。
「そんな状態ではまだ無理だ。今ジェングと戦ったところで、百に一つも勝目はない。まだ私の方に勝機がある、ここは私が…」
チェンロンはクォンを窘める。
「ダメだ。ここは私が戦わなければ事態は収拾しないのだ。案ずるな、ジェングの策に陥りさえしなければ、こんな状態の私でも奴に負けることはない」
クォン大将軍は戦いの準備を始めた。
一方、闘技台の上では、アインを負かした族長ジェングが声高に吠えていた。
「次はクォン大将軍、きさまの番だぁッッ!!さっさと下りて来い!そして、死にたくなければワシの前に跪けェ!!ブハハハハ!」
完全にアインを倒したことに陶酔している。
『会場の皆様の中に、ジェング族長に挑戦したいという勇気ある方はいらっしゃいますか?いらっしゃらなければ、この後、いよいよクォン大将軍との決戦となります♪』
進行役兼審判のアナウンスが流れると、会場の大観衆はざわめき、やがて静まり返った。
「ブハハハハ♪ワシの強さを目の当たりにしたばかりだと言うのに、そのワシに挑戦する命知らずなバカ者など、この世にいるワケが」
「私が挑戦しよう」
「なか…………な、なんだと?!」
群衆の中に佇むフードを目深に被ったローブ姿の男の発した一言に、会場中がどよめいた。
『おぉ〜っと!新たな挑戦者が現れたぁ〜!挑戦者の方、どうぞ闘技台へ♪』
進行役兼審判がそう促すと、男は群衆を掻き分け、静かに闘技台に上がった。
クォンとチェンロンは驚いたが、再び椅子に座り直し、闘技台の上の男を見つめる。
『挑戦者の方、見たところ異国の人のようですが、どちらの国から?』
「国は………私の国は滅んでしまった」
『国を持たない放浪者ということですか? して、お名前は?』
「………………」
男は最初、名乗ることを躊躇っているように見えたが、やがて、重い口を開き堂々と自らの名を名乗った。
「私の名はエルドレッド…………今は亡きロシュフォール王国で兵長をやっていた者だ」
※※RENEGADES ひとくちメモ※※
【ここまでのエルドレッド兵長の足取り】
クーデター前のキルベガン共和国で、反政府活動のリーダーだったグランツからアインたちの情報を入手したエルドレッドは、思わぬ事故で殺人犯になってしまったエド博士の娘であるマリーをサライの町まで送り届け、その足でバラザード王国の新国王ケリンに協力を要請するためマジャン城に向かった。
ところが、協力要請を受け入れるための交換条件として無理難題を押し付けられ、その難題をクリアし、アインたちはホーブロー神国に向かったという情報を得るのに実に丸三日を要してしまう。
やっとの思いで上陸したホーブローでは、ポロル教皇から「入れ違いでアナムルに向かった」と聞き、武術大会が開催されたこの日、アナムル王国の首都煌春に到着していた。
バラザードで押し付けられた交換条件が『ジャラー三兄弟と麻雀で勝負をしてトップを取れたら』だったことは、ケリン、ダビ、ボトレスのジャラー三兄弟と、当のエルドレッド本人しか知らない……
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