【#79 勝負の行方】
−5107年 4月1日 10:01−
アナムル王国 煌春 武術大会会場
消えゆく銅鑼の音の余韻と反比例するように、会場は再び大歓声に包まれていった。
「何か言い残すことはあるか、小僧?これがこの世の見納めだぞ?」
「………じゃあ、この戦いはあくまで殺し合いって認識でいいんだな?オッサンも負ければ死ぬんだぞ?その覚悟が出来た上での発言てことでいいか?」
「生意気な小僧だ……ワシがお前ごときに負けるわけなかろう♪」
「わかった……。じゃあ、どこからでもかかって来いよ」
二人の会話は大歓声に掻き消され、観衆の耳には届かない。
「さぁて、どこの骨から砕いてやろうか♪」
「そーゆーことは、どこかに一発でも当ててからほざきやがれ、クソジジイ……」
「ならば、これでも喰らえ!むんッッ!!」
振り上げられた大斧が、唸りを上げてアインに襲いかかる。
アインはジェングを睨みつけたまま、微動だにせず大斧を躱した。
「フハハハ!!あまりの恐怖に足が竦んで一歩も動けなかったか♪♪♪」
「てめぇアホか?当たらない軌道の攻撃を、わざわざ避ける必要ねぇだろうが……」
「そうやって、せいぜい強がっておれ♪ならばこの攻撃を受けてもその場に立っていられるか……試してみよ!!」
今度は二本の大斧が左右からアインを襲う。
アインは人間離れした脅威の跳躍力で、ジャンプ一番それを躱し、元いた場所に降り立った。
「フン♪てめぇの言うとおり、同じ場所に立ってるぜ?」
「ぐぐぐ……とことんワシをコケにしたいようだな……ならばワシも全力でお前を殺してやろう」
「強がってんのはどっちだ……最初の一撃から全力だったくせしやがって…クソジジイ」
「言わせておけば調子に乗りおって!お前の体、粉々に切り刻んでくれるわ!!」
相当な重さであるはずの大斧を、ジェングはまるで小枝のように軽々と振り回してくる。
しかし、アインはそれを全て紙一重で躱していた。
「そぅら、どうした?手も足も出ないか♪ 逃げ回ってるだけではワシには勝てぬぞ♪」
現にアインは、体を捻り、転がり、翻り、15m四方の闘技台を縦横無尽に使って大斧の攻撃を躱し続けているだけだった。
「おい…アインは何で避けてばかりで攻撃しないんだ?」
戦況を見て、じれったそうにパルマは言った。
「それは分かりませんが、相手の隙をうかがってるんじゃないでしょうか……」
さすがのククタでも、戦いの真っ只中にいるアインの心理までは読めない。
そこへ、やっと三男が合流した。
「こんな所にいたんですかマスター♪探しましたよ♪」
「お前が勝手にはぐれたんだろが!」
「だって、私の芸を見に次々と人が集まるもんですから♪皆、大喜びで拍手喝采でしたよ♪」
「そうかよ、そりゃ良かったな!こっちは今それどころじゃねぇんだ!」
「戦いの結果はどうです?もうボスが勝っちゃいました?」
あくまでアインの勝利を信じ切っている三男は、あっけらかんと質問してきた。
「お前なぁ……」
「戦いは互角……と言うか、族長ジェングの攻撃を躱すだけで、まだアインさんは一撃も繰り出してません」
呆れるパルマと違い、ククタは親切に戦況を説明してあげた。
今頃になって、三男は闘技台に注目する。
アインと族長ジェングの戦いをしばらく観察してから、三男は余裕綽々に言った。
「ボスの勝ちですね♪呼吸も心拍数も落ち着いてるボスに対して、相手は呼吸も乱れ、全身から発汗しています。いずれ息が上がってしまうでしょう♪ボスは冷静に相手の動きを観察しながら、一撃必殺のチャンスを諜っているのだと思われます♪」
「そうか、アインは一発でケリをつけるつもりなんだな♪かっこつけやがって♪」
「さすがアインさん♪やっぱり格が違いますよ♪」
安堵したのは、特別席のミカたちも同じだった。
「アイン王子の勝ちだな…。完全にジェングの攻撃を見切っている。アイン王子の人並み外れた動体視力は指南していて感じていたが、まさか、これほどの素質だったとは…」
クォン大将軍もアインの勝利を確信していた。
「焦りの色が見える族長に対して、未だアイン王子は気を解放していない…。解放されたアイン王子の気は想像を遥かに凌ぐ強大なものだ。どのタイミングで一気に爆発させるのか…私は気を解放したアイン王子の姿が見たい♪」
安心したチェンロンは、勝負の行方よりもアインの勝ち方を楽しみにしてる様子だ。
「でも、相手は勝つためには手段を選ばない奴なんでしょ?この後どんな攻撃を仕掛けてくるか…。アイン様が勝ち名乗りを上げるまで、私はそれが心配です」
ミカだけは不安な面持ちで闘技台のアインを見つめていた。
そして、ミカの不安は現実のものになる……
「どうした?だいぶへばってんじゃねぇか?そんなもん闇雲にブン回してりゃ、そりゃぁ息も上がっちまうぜ……そんな事も分からねぇような脳ミソしてんのかよ……クソジジイ」
「フン♪さんざん逃げ回ってるつもりだろうが、徐々に闘技台の角に追い詰められとるのが分からんのか?もう後が無いぞ?ブハハハハ!!」
一瞬チラリと横目で確認すると、アインは確かにコーナーに追い詰められていた。
これ以上後ろに退けば闘技台から落ちてしまう。落ちれば負けだ。
しかし、それでもアインは落ち着いていた。
「コーナーに追い詰めたから何だってんだ?てめぇの後ろにゃ、15m四方の広々とした空間が開けてんだぜ?てめぇを飛び越して後ろに回れば、逆にてめぇがコーナーに追い詰められた形になるのが分からねぇか?」
「ワシを飛び越えるだと?やれるものならやってみろ♪その前に、小僧の体、左右真っ二つにしてくれるわッッ!!」
ジェングは片方の大斧を振り上げ、物凄い勢いで振り下ろす。
「どぉぉぉりゃァァァァァァっっ!!」
ガキィィィーンン………
大斧は大理石で組まれた闘技台に食い込んでいた。
「何?!どこへ消えた??」
一度ジェングの視界から消えたアインは次の瞬間、ストン!……と、闘技台に食い込んだ大斧の上に立っていた。
「ぬぬぬぬぬ………」
「てめぇのデカイ図体も、パワーも、ブンバの足元にも及ばねえんだよ…のぼせ上がるんじゃねぇぞ、クソジジイが!」
「ブンバ??……何者だ、そいつは?」
「俺の仲間だ」
「そんな奴は知らんッッ!世界で一番強いのは、このワシだぁぁぁ!!」
激昂したジェングは、大理石に食い込んだ大斧を放棄して、もう片方の大斧を両手で握る。
「左右が無理なら上下に切り裂いてくれるわ! 覚悟せいッッ!!」
上がダメなら、次は横殴りに大斧を振るう。
「命を賭けた勝負なんだよな?だったら腕の一本くらい、失くしたからって文句言うなよ?」
アインは、それまで抑えていた気を一気に解放した。
アインの一瞬の踏み込みは、唸りを上げて襲いかかる大斧の攻撃速度を上回った。
「ぅおォォォォォォらァァァ〜っっ!!」
自分の命を奪いに迫りくる族長の腕に、アインのカウンターの斬撃が炸裂する。
ガチィィィン………
しかし、アインの渾身の一撃は、ジェングの腕に嵌められた鎧の小手に食い込んだだけで、丸太のような腕を切り落とすには到らなかった。
「ちっ!………なんてクソ硬ぇんだ」
「ブハハハハ!そんな剣がワシの鎧に通用するものか!このロリポリの甲羅で作られた鎧は、世界最強の鎧なのだ!」
「ロリポリ?……どうりで硬ぇわけだ……」
「おい、聞いたかククタ、ロリポリだってよ?……ロリポリって何だっけ?なんか聞き覚えあんだけど……」
「僕たちもチャカリヤ山で出会ったじゃないですか、ガバドさんたちに助けてもらった…」
「ああ♪思い出した!ガバドレンジャー♪ロリポリって、あのダンゴムシの化け物か」
「アインさんのフォロボの剣もパルマさんのブルージュの弓も簡単には通用しなかったんですから、本当にあの鎧がロリポリの甲羅で作られたのなら厄介ですね…」
「ほう、ロリポリを知っておるのか。ならばワシの鎧を打ち破ることは不可能だと悟ったな?ブハハハハ!」
「知ってても、不可能だと悟るかは別の話だ……てめぇの言葉を借りるなら、俺はこれっぽっちも悟っちゃいねぇよ」
アインは再び必殺の構えで身構える。
「口の減らない小僧だ……。ならば、もう少し楽しませてもらうとするか!むんッッ!!」
ジェングは再度、横殴りに大斧を振るって襲いかかった。
「そんな力任せの単調な攻撃が当たるかっつーの………ちったぁ学べよ、クソジジイ」
アインはジャンプ一番、またも簡単に大斧を躱す。
「フン♪愚か者はどっちだ小僧?……プッッッ!」
「………!!」
空中にいるアインは首筋に鋭い痛みを感じた。
「!!………あいつ!」
三男はそれを見逃さなかった。
「どうしたんですか?みっちゃん」
「何かあったのか?ミッチー」
「あの族長、今、口から何かを出しました」
「何かを出したんですか?口から?」
「とうとう吐いちまったのか♪あんな重そうな大斧を激しく振り回してたからな♪」
パルマは勘違いしていた。
「いや、そうじゃなく………何か…細くて小さい針のような物を…」
「!!………含み針ですね?!」
「何だと!……で、どうなった?ミッチー」
「ボスの首元に刺さりました……」
「(ー△ー;)!!」
アインの首元には、髪の毛よりも細くて短い針が3本刺さっていた。
もちろん、大勢の観衆も特別席にいるミカたちも、それには気付いていない。
「含み針か………卑怯な手を……」
それを見極めていたのは、三男と、大観衆の人混みに佇む一人の男だけだった……
※※RENEGADES ひとくちメモ※※
【含み針】
口の中に、針あるいは針を仕込んだ筒を入れ、吹き矢の要領で針を飛ばす、言わば不意打ち用の武器
直接針を口の中に入れるのは危険が伴うため、多くの場合、針を仕込んだ筒が用いられた
今回の族長ジェングの場合は、口籠ることなくアインと普通に話していることから、兜と一体化した仮面の口の部分に予め仕込まれていたと思われる
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