【#78 武術大会】

−5107年 4月1日 09:55−


アナムル王国 煌春 武術大会会場




武術大会当日。

一年ぶりに参加者のいる武術大会ということもあり、会場には煌春に暮らすほぼ全ての住民が集まり、立ち見客が出るほどの賑わいを見せていた。

「すごい人数ね……何千人いるのかしら……」

ミカは、あまりの人の多さに驚いている。

「武術大会は、我が国において最大のイベントだ。毎年この日を楽しみに、煌春の住民はもちろん、周辺部族も多く集まってくる。煌春にある四つの門も、この日だけは開放されるのだ」

いつも冷静なチェンロンも、今日だけは高揚を隠せない様子だ。

ミカとチェンロンは、雛壇状に作られた観客席よりも数段高い、見晴らしの良い特別席にいた。

腰壁に囲まれ、混雑する一般席とは隔絶された特別席の中央には、まるで玉座のような立派な席があり、大会開始の直前にそこへクォン大将軍が座る段取りになっている。

「パルマたちはどこかしら?」

ミカは、特別席から半分身を乗り出し、観客席のどこかにいるはずのパルマたちを探した…



「まったく!なんでミカだけ特別席で、俺たちは一般席なんだよ!周りはワーワーギャーギャーうるせぇし、前の野郎の頭でよく見えねぇし……」

「仕方ないですよ、僕たちは異国の人間ですし、ミカさんは今や大将軍様お抱えのお医者さまですから…」

パルマはここでも愚痴っていた。

「ちぇっ…!そう言えば、さっきから三男の姿が見えねぇけど、はぐれちまったのか?」

「三男さんなら、会場の外で集まったお客さんを前に芸を披露してましたよ」

三男は、大勢の観客の前で得意の芸を披露できて、一人、違った意味で興奮していた。



「ダメ……分からないわ……まあ、これだけ人が多いと見付けられないのも無理ないわね。ところでチェンロンさん、円形に作られた観客席の左右にある空間は何?」

「あれは、東の青龍門と西の白虎門、言わば戦士の入場門だ」

「じゃあ、青龍門の近くに陣取ってる黒い民族衣装の集団は?」

「あれはおそらくモンゴ族の者たちだ。モンゴ族の中でも武闘派と言われる一派は、自分たちのことを『黒獅子団』と呼び、普段の服装も、戦時中の鎧も、すべて黒一色で統一されている。聞くところによると、黒獅子団の全員が体のどこかに黒い獅子の入れ墨が彫られているらしい」

「やってることがチンピラね……」

ミカは呆れ顔で黒い集団を眺めていた。



「おいククタ……あの黒装束の一団は何だ?」

「きっと『黒獅子団』のメンバーじゃないかと…。確か、アナムルの周辺部族の中で、武闘派と言われる人たちで作られた戦闘集団が『黒獅子団』て名前だったはずです」

「じゃあ、ロクでもねぇ連中ってことだな…」

パルマは口ではそう言いつつも、心の中では

(黒獅子団……何それ……超カッコイイ☆)

と、目を輝かせていた。




『ご来場の皆様、たいへん長らくお待たせいたしました♪これより、本年度の武術大会を開催いたします♪』

響き渡る司会進行役の声に、会場は割れんばかりの歓声に包まれた。

会場の外で花火が打ち上げられ、そこかしこで爆竹の破裂音が鳴り響く。

『まずは、中央最上段にある特別席に御注目ください♪ 我らが闘神、クォン大将軍の入場です♪』

特別席後方の垂れ幕からクォン大将軍が現れると、会場から一段と大きな歓声が湧き上がる。

クォン大将軍は片手を挙げ、大歓声に応えながら、玉座のような席に腰をおろした。

側小姓のチュウエイとアギュウも、大将軍の後ろに控えた。

腰壁と高座にある特別席のお陰で下から見上げる観衆たちは気付いていなかったが、一見すると豪胆にも見える大将軍の立ち居振る舞いも、実際の足取りはふらつき、席に着くのも両脇を小姓二人に支えられなければならない状態だった。

「まだキツそうだな、クォン…」

「ミカどのの薬と治療のお陰でかなり回復しているが、完調と言うには程遠い…。だが、今日の武術大会の間だけは、大観衆の手前、気丈に振る舞わねばならん…」

チェンロンとクォンは、お互いに目を合わさないよう大観衆の方を向いたまま言葉を交わす。

「顔が赤く腫れ上がってるのも薬の副作用なのか?いくつもの手形のようにも見えるが…」

「これは……その……まあ、副作用のようなものだ」

「いい加減な事を言わないでください、大将軍様。私の処方する薬に顔が腫れ上がるような副作用なんてありません」

ミカはキッパリ言い切った。

「そ、そうであったな…。これはミカどのの荒療治の跡だ、チェンロン。ときに荒療治の方がいい場合もあるのだ……特に早急に治したい時などは……な」

「そうなのか……なかなかキツイ荒療治だな」

「ま、そういう事にしておきましょうか」

クォン大将軍は大会会場を見つめたまま、横顔に突き刺さるミカの冷た〜い視線をビシビシ感じていた。



『さあ♪いよいよこの大会の主役、戦士の入場です♪まずは西の白虎門から、異国からの出場となるエイネ=ブンバールの登場だ!』

司会進行役が選手の入場を宣言する。

「エイネ=ブンバール??何だそりゃ?」

パルマは聞き慣れない名前に驚いた。

「さすがに実名は出せないので、偽名で出場登録したんです。アナムルにもアインさんの手配書は回ってるはずですから、万一を考えて」

「それもそうか……どこにタラモアと通じてる奴が潜んでるかも分からねぇもんな。……にしても、ブンバールって」

「ブンバさんも応援してくれてるはずですから♪なかなかイイ名前だと思ったんですけど…」

「俺は……かっこ悪いと思いますけど…」

白虎門に姿を現したアインに、観客席から声援が飛ぶ。

「頑張れ!若僧♪」

「かっこいい☆負けないで〜!」

「お前に賭けてんだ、負けたら承知しねぇぞ」

「頑張ってください!!アインさ…」

ククタは慌てて自らの手で口を塞いだ。

そんな声援など我関せずといった静かな表情で、アインは15m四方の闘技台に上がった。

(ずいぶん賑やかな武術大会だな……これじゃあ、まるで祭りの見世物じゃねーか…)

視線だけで会場を見回したアインは、心の中で誰に向けるでもない文句を言った。


『さあ♪続きまして東の青龍門から、モンゴ族ジェング族長の登場です!!』

それまでの大歓声が嘘のように会場内が静まり返ると、どこからか太鼓の音が聞こえてくる。

ドンドコドンドンドン…♪

ドンドコドンドンドン…♪

太鼓の音に合わせ、最初に青龍門に姿を現したのは、白と黒の2頭の獅子舞と、黒い大きな旗を持った旗手10人だ。

2頭の獅子舞は、大きな目と口を開け閉めしながら、互いに絡み合い、踊るように闘技台の周りを一周する。

すると次に、黒い鎧を着た屈強な男たち20人が、四角い大きな箱のような物を担いで入場してきた。大きな箱には黒い布が掛けられ、それが何であるか知ることができない。

そして最後に、痩せ細った奴隷たちが担ぐ輿に乗って族長ジェングが現れた。

奴隷たちの中には何人か女性も混じっている。

奴隷たちの首には首輪が付けられ、首輪と繋がる鎖の束を族長ジェングが握っていた。

「なんて酷いことを……」

「そうまでして強さと威厳を誇示したいのかね……悪趣味の極みだな」

静まり返る観衆の中、ククタとパルマは怒りを感じずにはいられなかった。

それは、大勢の観衆も、特別席にいるクォンもチェンロンもミカも同じだった。

「万が一、ジェングに負けるようなことがあれば、奴はこの国を乗っ取り、世の中は乱世に逆戻りだ」

「あやつからはドス黒い悪の気しか感じない…あのような人間に負けるわけにはいかぬな」

「あれは人間じゃないわ。人間の皮を被った悪魔よ」

族長ジェングは、奴隷と繋がる鎖を部下に渡し、ゆっくり闘技台に上がった。


「ワシ以外に出場者がいると聞いて楽しみにしとったが……期待外れもイイところだ」

「……………」

アインは鋭い目線でジェングを睨みつける。

「お前のような小童ではクォンとの対戦前の準備運動にもならん……しかし、アナムルの連中にワシの強さと恐ろしさを知らしめる良いデモンストレーションになるな♪」

「よく喋るオヤジだな………弱い犬ほどよく吠えるって知ってるか?」

「ほざけ。ワシの強さを知らんとは……お前ごとき一瞬で骨を砕いてやるわ!」

「強さに自信がある割には、そんな鎧で固めやがって……そんなにキズつくのが怖ぇのか?顔まで兜で隠してんのは、痛いと泣いちまうからか?」

「素直に負けていれば命まで取るつもりはなかったが、もうお前はここで死ぬことが確定したぞ」

「好きなだけほざいてろ、クソオヤジ………後んなって痛え痛え泣くんじゃねぇぞ」

アインはフォロボの剣を抜き、ジェングは両手に巨大な斧を構えて、二人は対峙した。



大観衆が固唾を飲んで試合開始の銅鑼の音を待つ中、人混みの中に佇む一人の男がボソボソと独り言を呟いた。


「思った通り、やはりここに現れたか………やっと見つけたぞ………アイン王子」


そこに何千人もの観衆がいるとは思えない静寂に包まれた会場に、試合開始を告げる銅鑼の音が鳴り響いた。




※※RENEGADES ひとくちメモ※※


今回はネタがないので、またまた作者の独り言を…m(_ _)m

私が働く部署の繁忙期も一段落し、やっと執筆に時間を割ける日々が戻ってまいりました♪

執筆中のアナムル王国編は、皆さんお気付きのように中国を意識した設定で書き進めています。

物語全体の世界観や行く先々の背景設定を、私の場合、どこかの国の背景や時代を思い描きながら、そのシーンを組み立てているといった感じ。

ちなみに、アインたちの敵国であるタラモアは、アラブ諸国のどこかのイメージ……


読者の皆さんも、それぞれの自由なイメージで愚作『RENEGADES』を読んでいただけたら幸いです☆(^^)


執筆遅れを取り戻せるよう頑張ります!

                  飛鴻

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