【#81 格の違い】

−5107年 4月1日 10:34−


アナムル王国 煌春 武術大会会場




エルドレッド兵長。

その名を聞いて、会場全体がどよめいた。

進行役兼審判も、大観衆も、チェンロンも、クォン大将軍も、皆一様に驚いている。

「まさか……あの男が、武勇の誉れ高きロシュフォール軍のエルドレッド兵長だと?!………生きていたのか」

クォンは未だ半信半疑だった。

「グランサムで並ぶ者ナシと詠われた剣士だ。ロシュフォールが滅んだ今、もはや伝説になりつつある……。しかし、この場で名乗りを上げたのは危険過ぎる。タラモアが大挙して捕縛に来るぞ……」

チェンロンは、アイン王子とエルドレッド兵長の手配書が各地に配られているのを知っている。勝負の行方よりも先に、潜伏先がタラモアに伝わった場合のことを懸念していた。

「貴様があのエルドレッド兵長だと?そんな出任せが罷り通るとでも??その名前を出せばワシが怖気づくと思ってるのなら大間違いだぞ?笑わせるな!ブハハハハ♪」

族長ジェングは、エルドレッド兵長の名を語る偽物だと信じて疑わない。

「戦ってみればわかる……」

エルドレッドは静かにそう答えた。

『さあ!エルドレッド兵長とジェング族長の最終決戦だ!この戦いの勝者が大将軍の座を賭けてクォン大将軍に勝負を挑むことになります♪それでは試合開始です!!』


本日2度目の銅鑼の音が鳴り響いた。


「ローブも脱がず、剣も抜かず、ワシをナメてるのか?」

「お前ごときに、その必要はないだけだ」

「ふざけるなぁッッッ!!」

戦いの構えすらとらないエルドレッドに、ジェングは容赦なく怒涛の攻撃を仕掛けた。

しかし、アインと戦ったとき同様、攻撃は全て紙一重で躱された。

「ぬぬぬぬ………。さっきの小僧といい貴様といい、ちょこまか逃げ回りおって……。剣も抜かず、どうやってワシを倒すと言うのだ?ワシの体力が尽きるのを待つ作戦か?あいにくワシの体力は無尽蔵だぞ♪ブハハハハ!」

「勘違いするな。剣を抜かぬのは、この剣をお前のような男の血で汚したくないからだ。それに、お前の体力が尽きるのを待つほど私は悠長な性格ではない……」

「ならば戦ってワシを倒してみよッッ!!」

ジェングの攻撃が勢いを増す。

それでもエルドレッドは、まるで風のように水のように、一切の無駄な動きなく攻撃を躱し続けた。

「ぬぅおぉぉぉらぁぁぁぁ〜ッッ!!」

苛立ちが頂点に達したジェングは、渾身の力で横殴りに大斧を振るった。

アインほどの身軽さはないにせよ、エルドレッドの跳躍力も人並み外れている。

エルドレッドはジャンプ一番、大斧を躱した。

「フフフ……かかったな♪  プッッ!!」

またもジェングは含み針を放った。しかし……

エルドレッドは空中で身を翻し、それを難なく躱した。

「!!……なに?!ワシの含み針を躱しただと?」

「そんな姑息な手が二度も通用すると思ったのか」

「フン!たまたま避けられただけで、貴様の不利に変わりはないのだ♪さっきの小僧同様、コーナーに追い詰められてるのが分からんか♪」

ジェングの言う通り、確かにエルドレッドは闘技台の角に追い詰められてた。

「私が追い詰められているだと?……逆だ。この位置に自分が誘導されたとは思わんのか?」

「貴様にとって逃げ場のない絶対的に不利な位置なのだぞ?その場所へワシを誘導しただと?強がるな♪そこに何があると言うのだ♪そこにあるのは、落ちたら負けの闘技台の端と、闘技台に食い込んだワシの大斧しか………大斧?」

そこには、アインとの戦いで放棄されたジェングの大斧が闘技台に食い込んだままになっていた。

「フ♪……やっと気付いたか」

エルドレッドは大斧に手を掛けた。

「ワシが力尽くでも引き抜けなかった大斧だぞ?貴様なんぞに抜けるわけが…」

「むんッッ!」

エルドレッドは、いとも容易く闘技台から大斧を引き抜いた。

「な!………ま、まぐれで引き抜けたとしても、1本で30kgはある大斧だ、貴様のような細い腕では振り上げることも出来まいて♪ブハハハハ!!」

それでもジェングは、グランサム連邦最強と言われる男の実力を見誤っていた。

エルドレッドは、まるで小刀を振るうが如く、片腕一本で30kgの大斧を軽々と振り回してみせた。


おおおぉぉぉ~ッッ!!


その光景を目の当たりにした大観衆は大いに盛り上がり、口々にエルドレッドを応援する。

「さすが!これでこそ伝説のエルドレッド兵長だ!!」

「やっぱり本物だ!ジェングなんかブッ倒してくれ!!」


エ〜ルドレッ! エ〜ルドレッ! エ〜ルドレッ!


名前を連呼する大声援がエルドレッドを後押ししていた。



会場の大歓声は、医務室にいるパルマたちにも届いていた。

「何だ、やけに会場は盛り上がってんな…」

「大将軍様が闘技台に上がったのでは?……」

「ミッチー、悪ィけど外の様子を見てきてくれ」

「かしこまりました、マスター♪」

三男が会場の様子を見に行って戻って来るまで、さほど時間はかからなかった。

「なんだか、新しい挑戦者が現れたみたいです……エルドレさんて名前の」

三男は見たままをパルマに報告した。

「新しい挑戦者だって?!」

三男の報告にパルマとククタが驚くと、二人の後ろでドサッ!…と何かが倒れる音がした。

振り返ると、横たわるアインに覆いかぶさるようにミカが倒れ込んでいる。

「大丈夫か!!」

「ミカさんッッ!」

パルマとククタは、ミカの両脇を抱えて起き上がらせた。

「ごめんなさい、私なら大丈夫………力を使い過ぎて、ちょっと気を失いかけただけ。アイン様の治療は済んだわ………もう大丈夫なはずよ」

「え?もう?!………あんな重症だったのに」

三男は、すぐさまアインの体をチェックする。

「ミカさんの言う通り、膵臓も肝臓も、折れた肋骨も肺も、元通りになっています。私の知能でも解明できない理解不能な現象です……」

「あたりめぇだ♪これは科学じゃねぇ、神から授かった聖女の力ってやつなんだからよ☆」

それを証明するようにアインは目を開けた。

「ボス!!」

「アインさん!大丈夫ですか?!」

「アイン様…♡ 良かった…」

「俺は……………そうか、ヤツの蹴りをまともに喰らって………負けちまったのか……」

そう言いながらアインはゆっくり起き上がった。

「危ないとこだったんだぜ、ミカがいなかったら今頃あの世だったんだ、聖女の力に救われたな☆」

「そうか……ミカ、すまん……ありがとな☆」

「そんな☆命よりも大切なアイン様ですから♪でもまだ体内に入ったヒ素が完全に抜け切るには時間がかかります……無理は禁物です」

「わかった。ミカが近くにいてくれれば安心だ☆」

ミカは顔を真っ赤に紅潮させ、アインは優しく微笑んだ。


「外が騒がしいのは、とうとうクォンのおっさんとの戦いが始まったのか……」

「いや、それがよ、エルドレって名前の新しい挑戦者が現れたらしいぜ」

「新しい挑戦者だと??」

「名前からして、その人も他国の人なんじゃないですか?」

「勝つためならどんな卑怯な手でも使うような人間が相手なのよ?その人の命も危険だわ」

「アインのケガも完治したことだし、とりあえず会場に戻ろうぜ。歩けるか?アイン、ミカ」

「ああ、なんとかな……」

「大丈夫よ」

アインはパルマとククタに両脇を抱えられ、ミカは三男に肩を借りて、一行は医務室を出て会場に戻った。



闘技台の上では、ジェングとエルドレッドの睨み合いが続いていた。

いや、正しくは、僅かな隙もないエルドレッドの下段の構えに攻撃を仕掛けることが出来ないでいるジェングと、一撃必殺のチャンスをうかがうエルドレッドの間で、目に見えない間合いの駆け引きが行われていた。

それまでの大声援が嘘のように、会場を埋め尽くす観衆も今は固唾を呑んで勝負の成り行きを見守っている。

先に痺れを切らしたのはジェングの方だった。

「どうした?構えてるだけか?やはり、それだけの重さの大斧、振り回すことは出来ても武器として扱うことは無理だろう♪ブハハハハ!」

族長ジェングは目一杯に強がった。

この時点で既に、相手が本物のエルドレッド兵長だと理解し、自分との格の違いをイヤというほど自覚していたからだ。

エルドレッドから発せられる闘気を、対峙するジェングだけがビリビリと感じていた。

(あと数cm間合いを詰められたらワシは間違いなく一刀のもとに殺られる…)

仮面の下に隠された額から脂汗が吹き出していた。

「この大斧が重いと言うのか??ならば、一つ教えてやろう。私の持つ亡き親友の形見であるこの剣は、お前の大斧より遥かに重いぞ」

「な、何を言うかと思えば……そんなハッタリが通用すると思っておるのか♪」

「では証拠を見せてやろう……」

エルドレッドの眼光が鋭く輝いた。


ザンっっっ!!…


太刀筋が見えないほどの速さで、エルドレッドは大斧を振り上げた。

ジェングは一歩も動けなかった。躱そうにも、太刀筋すら見えないのだから動きようもないのは当然だ。

エルドレッドは、元いた立ち位置で何事もなかったかのように大斧を下段に構えていた。

「???」

ジェングは最初、何が起こったのか分からなかった。エルドレッドの闘気に怯えた自らの目の錯覚かとも思った。

しかし…


カラン、カラン……


と、静まり返る会場に響き渡ったのは、真っ二つに割れ、闘技台に落ちた族長ジェングの仮面の音だった。




※※RENEGADES ひとくちメモ※※


【エルドレッドの剣】

作中でエルドレッドは、自らが持つ剣を「亡き親友の形見」と言っている

これはおそらく『第3話 兵力の差』でタラモア軍のロシュフォール侵攻の際に戦死したブレイベン隊長の大剣かと思われる

形見の剣であるがゆえに、族長ジェングのような戦士とは呼べない卑怯な男の血で汚したくないというエルドレッドの思いも納得がいく


果たして今後、その大剣が唸りを上げるときが訪れるのか、今のところ不明である…

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