【#16 依頼】

-5107年 3月12日 9:47-


キルベガン領 ソミュール 寺院の石段



ククタは、ブルージュの弓の内側に、小刀で器用にパルマの名前を彫った。

「ククタ、お前すげぇ器用なんだな」

アインは関心した様子で、それを眺めていた。

「こんな感じでいいですか?」

「コレめっちゃカッコイイよ!俺がペンで書く字より全然上手い!!まるで誰か有名人のサインみたいだぜ!も~ぅ超サイコー!!」

パルマは大喜びだ。

「パルマ、あのチェンロンとかゆーオッサンが言ってたことが本当か、いっぺん引いてみたらどうだ?」

アインはそう促した。

「そうだな…。お!引けるぞ!あんなにピクリともしなかった弦が、名前を刻んだ途端、ちゃんと引ける!」

弓を構えて胸のあたりまで、まだ半分程度の引きしろではあるものの、それでもしっかりパルマは弦を引けていた。

「ホントだ!すごい!すごい!」

ククタも手をたたいて喜んでいた。

「ついでに一発、矢ぁ射ってみろよ」

アインはさらに促した。

パルマは矢筒から矢を1本引き抜くと、広場を囲む木に狙いを定め、弦を絞った。

「よ~し!いくぜぇ………」


ギリギリギリギリ………ビンッッ!


放たれた矢は、目にも止まらぬスピードで一直線に飛んで行くと、狙った大木を貫通し、その後ろの大木をも貫通し、さらにその後ろの3本目の大木に突き刺さった。

三人とも驚愕の表情で、口を開いたまま、その信じられない光景をしばらく眺めて固まっていた。

「な…なんだ…この弓…」

「す…凄い強さですね…まだ半分しか弦を引けてないのに… 最後まで引き絞ったらどれだけの破壊力に…」

「パルマ、その弓ちょっと貸してくれ…」

アインは弓を受け取り、弦を引いてみる。しかし、アインが引いても今まで同様、弦は少しも引けなかった。

「あのオッサンが言ってたことは本当だった… これがアナムルに伝わるブルージュの聖武か… とんでもねぇ武器だ…」

「うおぉぉぉぁッッ!」

何を思ったか、パルマは突然腕立て伏せを開始した。

「いきなり何やってんだ?」

「俺は強くなる! 強くなって、一日も早くこの弓の本当の力を引出せる使い手になってやる! あのオッサンはこの弓を俺に託してくれたんだ! ブルージュの弓は俺が守んなきゃなんねぇんだ!」

ハッ!ハッ!ハッ!ハッ!…

パルマの気合いはハンパじゃなかった。

「意気込みは分かるが、今はそんなことより、俺達もそろそろ出発しねぇか?体鍛えんのは次の町に着いてからでも出来るだろ」

「そ、それもそうだな…(・・;)」

「アインさんはもう大丈夫なんですか?」

「まだ少し痛むが、大丈夫だ」


三人はソミュールの町を出て、次の町シャロンへと向かった。




-5107年 3月12日 13:38-


キルベガン領 ラローマ村



シャロンの町に向かう途中、アインたちは街道沿いのラローマ村の食堂で少し遅めの昼食を取っていた。

「これ、めちゃくちゃ美味しいです!」

「うめぇ~!こいつぁたまんねぇな!」

ククタは水鳥の香草蒸しを、パルマは豚肉と野菜のピリ辛炒めを、夢中で頬張っている。

そんな中、アインだけはなかなか食事が進んでいなかった。

「どうしたんだよ?食わねぇのか?」

「ホントはまだお腹が痛むんじゃ?」

「いや…この村に着いてから、何か様子がおかしくねぇか? やたら村の連中にジロジロ見られてる気がする…」

アインは周囲を警戒していた。

「僕は特に気になりませんでしたけど…」

「小さな村だし、俺らみたいな旅人が珍しいんじゃね?」

「だと良いんだが………」

三人は食事を済ませると、料金を支払って店を出る。

「いやぁ、美味かったぁ♪」

「ご馳走さまでした☆」

「…………」

満足げなパルマとククタに対し、アインだけはどこかスッキリしない気分だった。

すると、三人の周りを大柄な男たち5人が取り囲んだ。

「あんたたち、旅の人だな?」

「そうだが……だったら何だ?」

「ちょっと会ってもらいたい人がいる。すまんが少し付き合ってもらえないか?」

「………」

大柄な男たちは見た目と違い、ごく普通の村人だった。少なくとも敵意は感じられない。

「………いいだろう」

「おい、アイン…」

「大丈夫だ、悪い奴らには見えねぇ」

「突然ムリ言ってすまねぇ、こっちだ…」


男たちに連れて来られたのは、この村の最長老である村長の家だった。

家に通され、部屋に入ると、上座に村長が座っていた。

おそらくかなりの高齢な割に大柄でガッチリした体格の村長の両脇には、それ以上に大柄でガッチリした男二人が、腕組みをしたまま、まるで置物のように微動だにせず直立していた。

「旅の途中、いきなりこのような無礼、誠に申し訳ない」

村長は若いアインたちに深々と頭を下げる。すると、村長のお辞儀に合わせ、両脇の男も気をつけをして深々と頭を下げた。

「実は、お前さんたちに、折り入って頼みたいことがある…」

「頼みたいこと?」

気負って身構えていたアインは、多少、拍子抜けした。

「お前さんの腰にぶら下がっておるのは、フォロボの剣じゃな?」

「………」

「して、お前さんの背負っている弓は、ブルージュの弓じゃろう?」

「なんで知ってんだ?この弓もアインの剣も、そんな有名なのか?」

「ワシも伊達に歳を食っとるわけじゃない。フォロボの剣もブルージュの弓も、まずは御目にかかれないような伝説の武器じゃ。その両方を、こうして一度に目にすることが出来るとは、長生きはしてみるもんじゃな☆」

「………」

「なんだよ…爺さん、この剣と弓を目の前で見たくて俺達を呼んだのか?」

「いや、勘違いせんでくれ。そんな他愛ない目的で呼びつけたわけではない」

「じゃあ何だってんだ?さっさと頼みってやつを話せよ」

「実は…魔物を退治してほしいんじゃ」

「魔物退治だって?!」

パルマは、村長のあまりに予想外の発言に驚いた。

「なんか、魔物退治って、楽しそうな恐ろしそうな…」

ククタはここでも目を輝かせていた。

「伝説の武器を二つも携えるお前さんたちは、相当な武芸の才があるはずと見込んでの頼みじゃ。どうか聞き入れてくれんか?」

難しい顔でずっと腕組みをしていたアインが初めて口を開いた。

「その魔物とやら、もっと詳しく教えてもらおうか… 俺達の答えはそれからだ」

「それもそうじゃの。ま、お茶でも飲みながら、心を楽にして聞いてくだされ」


三人は、出されたお茶を飲みながら、静かに村長の話を聞いた。

村長は、お茶を一口すすってから、ゆっくりと話し始めた。


「かれこれ10年以上昔の話じゃ… ある頃から、村を流れる川の上流にある滝の裏に、その魔物は住み着いた… 魔物を直接見た者はいないんじゃが、その頃から畑の作物が荒らされたり、家畜が襲われたり… 被害のあった翌日には、その場所に必ずワシらの倍ほどの大きさがある足跡が残っておる… いつからかその噂は国中に知れ渡り、人々はそれを『ラローマの鬼』と呼んで恐れるようになった… 今まで何度も魔物退治に向かったものの、滝の裏にある洞窟の入口は、家ほどもある巨大な岩に塞がれて中に入ることは出来ない、しかしその場に行くと必ず洞窟の奥から魔物の呻き声が聞こえてくるんじゃ… その事が判明してからは、魔物はきっと亡霊だとか、何かの怨霊に違いないという声まで囁かれるようになり、誰もこの村には近寄らなくなってしもた… 10年以上経っても村人の被害は1人だけしか出とらんのは幸いじゃが、いつまたそのような悲劇が訪れるかも知れん… それだけは絶対に避けたいんじゃよ… だから、どうか頼む!ワシらに力を貸してくれんか?この通りじゃ!!」

村長は話し終えると、改めて深々と頭を下げた。

「話は分かった。頭を上げてくれ、村長」

アインは考え込んでいた。

「どうするんだ?アイン」

「話を聞いた感じだと、その魔物ってシャドーかも知れませんね…それに、洞窟の入口も他にあるのかも知れません…」

「いや、ワシらもそう思い、何年もかけて周辺を調べ尽くしたが、洞窟へ通じる入口などどこにも見付からんかった…」

アインは心を決めた。

「わかった、魔物は俺達が退治する」

「やっぱりな☆そう来ると思ったぜ☆」

「僕たちでラローマの人達の苦しみを…悪夢を終わらせましょう!」

「おお!引き受けて下さるか!なんと心強い! ありがとう…ありがとう…」

村長はアインの手を両手で握り、その目からは大粒の涙が溢れていた。




※※RENEGADES ひとくちメモ※※


【ラローマの鬼】

長年に渡りラローマ村の住民を苦しめてきた魔物

残念ながらその魔物を見た者はおらず、そのことが逆に人々の恐怖を煽り、様々な噂が飛び交う中、いつからか人々はその魔物をラローマの鬼と呼ぶようになった

それが果たして異形種なのか、特異種なのか、もしくは丸っきり別の生物なのか、正体は不明のままである



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