【#17 鬼退治】

-5107年 3月13日 8:18-


キルベガン領 ラローマ村 村長の家



昨日、村長の好意でそのまま家に泊めてもらった三人は、翌朝、魔物退治の支度を整え、出発のときを迎えていた。

「相手は得体の知れぬ魔物、ラローマの鬼じゃ。くれぐれも用心するんじゃぞ」

「わかってますって☆任せといて下さい☆」

パルマはいつになく張り切っていた。

「それから、これを持って行くとよい、握り飯じゃ。腹が減っては戦はできぬと申すでな」

「わあ♪ありがとうございます♪遠慮なく頂きます♪」

ククタは三人分の握り飯を肩から下げたバッグに入れた。

「洞窟の手前まで道案内役をつけよう、歩いて小一時間の距離じゃが、途中の山道で迷う心配もなくなるじゃろう」

村長は道案内役までつけてくれた。

「本当に何から何まで、色々とありがとうございます。良い報告が出来るよう頑張ってきます」

アインは丁寧に礼を述べた。


村長の家を出た一行は、道案内役の村人を先頭に、山道を抜け、清流に沿って続く小道を歩いていた。

「洞窟の入口は間もなくですが、今回、快く魔物退治を引き受けてくださったあなた方に、知っておいてほしい話があります…」

「知っておいてほしい話?」

「はい、きっと村長は全てを話さなかったと思うので…… 魔物に襲われた、たった一人の村人の話です」

「ああ、そう言えば昨日、過去に一度だけ村人が犠牲になったって村長が言ってたな…」

「その犠牲になったのは、村長の奥様なんです」

「何だって!?」

三人は立ち止まり、お互い顔を見合わせた。

「ちょうどいい、少し休憩がてら、その話、詳しく教えてくれないか」

アインは村人を呼び止め、四人は輪になって岩や倒木に腰を下ろした。

「私が生まれるずっと前の話になりますが、村長の奥様は別の村から嫁いできた、それはそれは美しくて優しくて信心深い女性だったと言います。私が知ってる奥様は、もうそれなりにご高齢でしたが、それでも十分にお美しい女性でした…。やがて二人の間に男の子が産まれたそうですが、その息子さんが5才の頃、村外れの大イチョウの木に登って遊んでいるときに、誤ってその木から落ちて亡くなってしまったんだとか…」

「なんか…悲しいお話ですね…」

「魔物退治に向かう途中に聞く話にしちゃあ、ちょっとな…」

「それからどうなった?」

「はい、それからもお二人は仲良く過ごされましたが、残念ながらその後、子宝には恵まれず…。子供好きな奥様は、手先の器用さを活かして、木を彫った動物の置物や毛糸の編み物を作っては村の子供たちにあげていました。亡くなられた息子さんの代わりに、村の子供たちをまるで我が子のように慈しんでくれたのです。私も子供のころ馬の彫り物を貰った覚えがあります。さらに凄いのは、信心深い奥様は息子さんが亡くなってから一日も絶やすことなく、雨の日も雪の日も、毎朝毎晩、息子さんが亡くなられた大イチョウの木にお供え物をして手を合わせに行かれていたことです…実に50年もの間…」

「ご……50年!!」

「どれだけ深い愛情なんでしょうか…」

「その奥さんが犠牲になっちまったのか…」

「はい。今から3年前の息子さんの命日に、その日は大雪だったのですが、なかなか戻らない奥様を心配された村長が探しに行くと、大イチョウの木の下で倒れていたそうです…。奇しくも息子さんの命日に、村長は奥様まで亡くされてしまったのです」

「とんでもねぇ話だな… なぜその話を村長は俺達に話さなかったんだ…」

「村長もああ見えて、実に心の優しいお人です。きっと、魔物退治を引き受けてくださったあなた方に、余計な重圧をかけたくなかったのでしょう…」

「じゃあ、なぜあんたは俺達にこの話を?」

「3月14日…明日がお二人の命日だからです」

「!!………」

「お二人の命日に、村長を魔物の…ラローマの鬼の呪縛から解放できれば…私はそれを願っているのです」

しばらく皆が押し黙っていた。


「私の道案内はここまでです。このまま清流沿いの小道を進めば、5分もせずに滝が見えてきます。洞窟の入口はその裏にあります」

「いろいろ助かった。それと、力が沸いてくる話をありがとう。ラローマの鬼は絶対に俺達が退治してみせると村長に伝えてくれ」

「わかりました。期待しています」

「なんだかヤル気ビンビンMAXだぜぇ!」

パルマは鼻息荒くそう叫んだ。

「ラローマの鬼を退治して、大イチョウの木の下で、天国の奥様に報告しましょう!」

ククタも張り切っていた。

「明日のお二人の命日が、魔物退治が成功した祝いの日となるよう願っております。それでは、御武運を!」

道案内役の村人は、そう言い残してラローマ村へ戻って行った。



ほどなくして前方に滝が見えてきた。

それほど大きくない、落差10mほどの滝だ。

落差は10mほどしかないものの、横幅は落差の倍近くある横長の滝だった。

その裏にあるはずの洞窟の入口は、正面からでは見えなかった。

「滝の裏に回り込む必要があるな」

「きっと滝の裏側は岩がえぐれてるんでしょうね、足元の岩は濡れて滑るから、注意して進まないと…」

「ククタは濡れてもいいけど、握り飯だけは濡らさないでくれよ?」

滝の端にたどり着くと、ククタの見込んだ通り、滝の裏側は岩がえぐれ、片側は岩の壁、片側は流れ落ちる水の壁になっていた。

ちょうど人一人が通れるくらいの、どこか幻想的な空間を進むと、滝の中程に洞窟の入口があった。

しかし、村長の話のとおり、その入口は大岩で塞がれていて、とても人が通れるような隙間は見当たらない。

「やっぱ他に別の入口があるんじゃね?こんな隙間じゃネズミも通れねぇよ」

「いや、この辺の地理に詳しいラローマ村の人達が何年もかけて調べ尽くしても見付からなかったんだ、入口はここしかないんだろ」

「じゃあ、魔物は洞窟を出入りするたびに、この大岩を動かして… てことは、やっぱりシャドーですかね?とても人の力で動かせるような岩じゃないし…」

ククタの推理をアインは否定した。

「いや、シャドーってことは有り得ねぇ、奴らは動くものなら動物だろうが人間だろうが食らいつくが、昨日の村長の話じゃ、ラローマの鬼は畑まで荒らしてる… 動かない野菜まで食うならシャドーじゃねぇ、別の何かだ…」

「なるほど…確かに言われてみればそうですね…」

「別の何かって何だよ?アイン」

「さぁな……丸っきり新種の異形種か、はたまた特異種か、岩をも簡単にすり抜けられる霊的な何かか… それを今から確かめに行くんじゃねーか」

「れ…霊的な奴?…だったら俺、入口で見張ってようかな…」

「とにかく今は、この大岩をどうするか考えるのが先決だ」


それから三人は、全員で押してみたり、丈夫そうな木を持ってきてテコを応用してみたり、色々と試してみたが、狭いスペースという問題もあってどれも大岩を動かすことは出来なかった。

「ハァ…ハァ… ダメだこりゃ…こんなデカイ岩、動かせるわけねぇよ…」

「ハァ…ハァ… やっぱり亡霊の類いなんでしょうか…」

「こうなったら、残された方法は一つしかねぇな… パルマ、お前の出番だ」

「へ? 俺の出番??」

アインは、なるべく真っ直ぐで長い木の枝を拾って来ると、その枝を大岩と地面の間に突っ込んだ。洞窟の入口から奥に向かう方向を指し示すように突っ込まれた枝の先端は、流れ落ちる水を突き抜け、滝の表側に飛び出していた。

「パルマ、滝の表側へ回ってくれ。表側から洞窟の入口は見えないが、向こうに突き出たこの枝の先に入口を塞ぐ大岩がある。だからパルマは、突き出た枝を目印に、枝から1m上を狙ってブルージュの弓を射つんだ。そうすれば大岩の中心に当たる」

「なるほど、ブルージュの弓の驚くべき破壊力で大岩を壊すんですね!」

「わかった、やってみるよ」

パルマは滝の表側へ出ると、滝を正面に見据える位置で弓を構えた。

「準備出来たぞぉーッ!」

アインとククタは大岩から少し距離をとって身構える。

「よし!射てぇぇッ!」


ギリギリギリギリ……ビンッッ!


バーンッ!…ガラゴロンガラガラガラ………


滝を突き抜け、見事に大岩の中心に命中した矢は、ものの見事に大岩を粉砕した。

「やりました!大成功ですパルマさん!」

砕けた大岩の向こうには、深い暗闇がどこまでも続いていた。

暗闇の奥から、微かに魔物の呻き声のような音が聞こえてくる。

「この奥に何かいるのは間違いなさそうだ… 行くぞ!」

三人は、用意してきた松明に火をつけると、ゆっくり慎重に洞窟の奥へと進んで行った。

奥に進むにしたがって、呻き声のような音は次第に大きくハッキリと聞こえてくる。

ゥオォォォォ…………オォォォ………

「何なんだよ、この音…薄気味悪ィな……」

10分ほど進んだだろうか、松明の灯りに照らされた洞窟の奥で、一瞬、白い影が動いた。

「ひぇぇぇッッ!出たぁッッ!」

パルマは持ってた松明を投げ出し、その場で頭を抱えてうずくまる。

アインは松明をククタに手渡し、剣を抜いて構え、それでも尚、少しずつ白い影との距離をつめた。

徐々に距離が縮まるにつれ、松明の灯りに照らされた白い影の実体が少しずつ見えてきた。

やがて、全体像が明らかになると、まずククタが言った。

「ア、アインさん……あれは……」

ククタが考えていた同じことをアインも考えていた。そして、確信を持って答えた。


「ああ……あれは異形種でも特異種でも亡霊でもない……………『ラローマの鬼』は人間だ…」




※※RENEGADES ひとくちメモ※※


【ラローマ村の大イチョウ】

ラローマ村の外れにある樹齢200年の大木

50年ほど前、当時5才の男の子が不慮の事故で亡くなり、50年間1日も欠かさず息子の供養のために大木にお供え物をしてきた信心深い母親も、3年前の息子の命日に大木の根元で亡くなった

それ以降、ラローマ村の鎮守の木として祀られている

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