【#18 真実】

-5107年 3月13日 11:24-


キルベガン領 ラローマ村 滝裏の洞窟



「人間? ラローマの鬼の正体は人間だって?!」

洞窟内に響いたアインとククタの会話を聞きつけて、少し手前で怯えていたパルマが二人の元に駆けつけた。

「あまり大声を出すな… あいつ今は寝てるようだ…」

アインは口元に人差し指を当て、パルマに注意を促す。

白くて丸い大岩のように見えるそれは、三人に背を向け、体を丸めて横になっていた。


ゴォォォ……グゴォォォ……


「この寝息が洞窟の外まで届いて、魔物の呻き声のように聞こえたんですね…」

「でもよ、何で人間だって分かるんだ?」

「少なくともシャドーじゃねぇのは間違いない… シャドーは全身に体毛がないが、こいつには少しだが頭髪がある… それに見ろ、こいつ腰に何かの毛皮を巻いてやがるし、寝床もしっかり作ってる…異形種ならそんな理性は存在しねぇよ…」

「なるほど…」

「アインさん、あそこの岩の上、何か置いてあります…」

「ん?…………」

アインは薄暗い中、目をこらしてそれを見た。

「!!……… あれは器だ…それに何か置物もある… 間違いねぇ、こいつは人間だ」

「な~んだ、人間かよ♪ にしてもデカイな…」


その時、それが寝返りを打った。

松明の灯りに顔を照らされたそれは、驚いたように目を開けた。

突然の明るさに手をかざして光を遮ったそれは、やがて目が慣れ、三人の姿を確認するといきなり威嚇するような雄叫びを上げた。

「ブバァァァァァッッ!!」

「うわぁぁぁぁぁッッ!!」

パルマは本日二度目の頭を抱えてうずくまった。

ククタも思わず後ろに退き尻モチをついた。

アインはそれを睨み付け、剣を構え直す。

しかし、一度の咆哮だけで、それは襲いかかっては来なかった。

「っきしょ~!デケェ声でビビらせやがって!」

パルマは矢をつがえ、弓を構えた。

「待て!!射つな!!」

アインはパルマを制すると、自らの剣も鞘に戻した。

「なんだよ?どうしたんだよ?」

「こいつは攻撃してこない」

「なんで分かるんですか?アインさん」

「上手く言えねぇけど…こいつ、俺達に怯えてやがる…だから弓を収めるんだ、パルマ」

「お前、あのチェンロンてオッサンみたいに、相手の気が分かるのか?」

「いや、気なんて分からねぇ… 分からねぇけど、そう感じるんだ… だから見てみろ、こいつ、これ以上行けねぇ所まで後退ってやがる…」

アインの言う通り、それは洞窟の最奥の壁に背中を当て、その壁を掴むように両手を広げていた。


アインは、軽く両手を開いて攻撃意志がないことを表現しながら、ゆっくり近付き優しく話しかけた。

「驚かせてすまない。俺達はお前に危害を加えるつもりはない。ただ、いくつか確かめたいことがあるだけだ」

「ブバ……ブバ……」

「言葉は分かるか? お前は人間か?」

「ブバ……ブバ……」

「なぁアイン、無駄だって。こいつは言葉なんか通じねぇんだよ、ブバブバしか言ってねぇじゃんか…きっと未発見の異形種じゃねーのか?」

「まだ興奮して警戒してるだけかも知れませんよ?言葉が通じなくても、何か警戒心なくす方法ないかな… あ!そうだ!」

ククタは、肩から下げたバッグから、村長が持たせてくれた握り飯を取り出した。

「おいおい!ククタ!なに俺達の昼飯引っ張り出してんだよ!まさか、こいつにやろうとしてんじゃねぇよな?」

「………ダメでしょうか?」

「ダメに決まってんじゃねーか!俺達は魔物退治に来たんだぜ、それともククタは魔物と仲良くなりに来たのか?」

しょぼくれるククタの手から、アインは握り飯を取り上げる。

「……こいつは魔物じゃねぇ、人間なんだ」

そう言いながら笹の葉の包みを開け、握り飯を一つ差し出した。

「おい、アイン、まだ人間だって確証は…」

すると、それは恐る恐る手を伸ばし、アインから握り飯を受け取ると、ひとしきり匂いを嗅いだあと口に運んだ。

パルマは驚き、アインとククタは微笑んだ。

それは再度、今度は自ら手を伸ばし、手のひらを広げて「もっとくれ」と催促する。

その行動は、警戒が解けた証でもあった。

アインが残りの握り飯を笹の葉の包みごと手のひらに乗せると、それは、残りの握り飯5つを笹の葉の包みごと口に頬張った。

「あ~…俺達の昼飯が……(T∀T)」

パルマの腹の虫がひときわ大きな異議を唱えた。


「もう一度聞くが、お前は人間か?俺の言ってる言葉の意味、分かるか?」

アインは敢えて、まるで幼子に話すように、ゆっくり丁寧に語りかけた。

すると、

「俺……人間……言葉……わかる……」

と、まるで言語の違う異国人のようなカタコトの返事が返ってきた。

「やった!やっぱりちゃんと話せたんですね♪」

「ま、魔物がしゃべった…俺達は魔物を手懐けたんだ!」

「だから人間だって言ってんじゃねぇか…」

(パルマだけ少しズレてるが)三人は魔物退治という本来の目的と食い違ってることなどすっかり忘れ、心の底から喜んだ。



その後、アインは気になっていた質問をしていった。

「お前、名前はあるのか?」

「俺……名前……ブンバ」

「ブンバ?名前はブンバってゆーんだな?」

「ブンバ……俺……名前」

「そうか、ブンバか♪俺の名前はアインだ」

「俺はパルマ」

「僕はククタです。よろしく」

「アイン……パンマ……クタ……」

「……ちょっと違うけど…まいっか」

「きっと発音しづらいんですよ」

「ところでブンバ、どうしてブンバはこんな洞窟で暮らしてんだ?」

「俺……頭……ダメ……弱い……パパ……ママ……死んだ……知らない男……知らない女……家……住んだ……いつも……叩く……俺……知らない所……捨てた……小さい人間……大きい人間……叩く……醜い……化け物……俺……いつも……俺……逃げた……人間……ここ……住んだ……」

「そうか………」

アインは悲しげな表情でうつむいた。

「何で分かるんだ?俺にはさっぱり分かんねぇぞ?」

パルマは意味が解らず、頭の中をたくさんのクエスチョンマークが飛び跳ねていた。

「つまりこーゆーことですよ…

小さい頃に両親が亡くなって、親戚か里親に引き取られたけど、虐待を受け、知らない土地に捨てられ、そこでも大人からも子供からも酷い仕打ちを受けて、そんな人間から逃げてこの洞窟に住み着いた…と」

ククタは完璧に翻訳してみせた。

「とんでもなく悲惨な過去じゃねぇか……そんな経験をしてきたから、人間を怖れてるのか…」

「俺……人間……怖い……人間……叩く……酷い……いつも……悪い……人間……嫌い……」

「心配するな、俺達はお前を傷付けない」

「アイン……パンマ……クタ……ご飯……くれた……人間……優しい……」

「どうやら僕達のことは怖がってないみたいですね☆ 良かった☆」

「アイン……パンマ……クタ……優しい……好き……お母さん……優しい……好き……毎日……ご飯……くれた……美味しい……他の人間……悪い……嫌い……でも……ブンバ……人間……叩く……しない……叩く……悪い」


ブンバの話す言葉をしっかり理解していた

アインだが、このブンバの発言には疑問を覚えた。


「ブンバ、今お前、人間を襲わないって言ったのか?」

「人間……叩く……悪い……お母さん……教えた……ブンバ……約束……お母さん……村人……守る……約束……」

「お前を産んでくれたお母さんが教えてくれたことを覚えてて、それを今までずっと守ってきたのか… じゃあ、なぜ一度だけ村人を襲ったんだ?」

「ブンバ……産んだ……ママ……覚えない……違う……お母さん……村の……お母さん……約束……ブンバ……人間……叩く……悪い……しない……一度も……」


アインはブンバの話に妙な胸騒ぎを覚えた。


「つまり、お前には産みの母親とは別の母親がいて、その人との約束で一度も人間を襲ったことはないと?」

「ブンバ……お母さん……約束……人間……叩く……しない……お母さん……村人……守る……」

「そのお母さんは今どこにいるんだ?」

「ブンバ……ケガ……守る……出来ない……お母さん……死んだ……イチョウの木……」


「ッッ………………!!」


「ア…アインさん… 今の話って…」

「ああ、そうだ。俺達は…いや、村長もラローマ村の人達も、とんでもねぇ勘違いをしてたみてぇだ……」




※※RENEGADES ひとくちメモ※※


【ブンバ】

両親の死後、里親に引き取られるも、その醜さと頭の弱さから虐待を受けた挙句、見知らぬ町に捨てられ、そこでも酷い仕打ちを受けて、町から逃げてラローマの滝の裏にある洞窟に住み着く

さまざまな憶測から洞窟に住む魔物として恐れられ、ラローマの鬼と呼ばれるが、その正体は紛れもなく人間である

たぶん30才くらい 見た感じ250cm おそらく200kgくらい


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