【#10 裏切り】
-5107年 3月7日 9:00-
ロシュフォール=イグナリナ 国境の森
「モスタール宰相!」
「おお!ビルニスではないか!」
ロシュフォールとイグナリナの国境付近の森で、ビルニスの小隊は、やっとの思いでモスタール一行と合流することに成功した。
「探しましたぞ、モスタール殿。 ご無事で良かった」
「いやぁ、街道ならまだしも、森の中では道も良く分からんでな、無駄にさまよってしまった」
「そうでしたか… 我々の部隊は途中何度も異形種と出くわし、兵の半数以上がやられてしまいましたが、モスタール殿一行が異形種に襲われずに済んで何よりです。 これから先の道程は我々が護衛の任に就きますので、どうか御安心を」
「おお、それは心強い。 で、国王陛下はどうなされた?」
「陛下は…我々に最後の命令を下されたあと… 誠にご立派な最期を遂げられました」
「そうであったか…」
(まったく…ビルニスの部隊を寄越すとは国王も余計なことを… これではワシの計画が遅々として進まんではないか… 異形種も兵の方ばかり襲いおって、ワシの方へは一度も出て来んというのに…何のために二晩も森の中をさまよい歩いとるのか…)
領民30人を引き連れたモスタールの一行は、ビルニスの部隊20名に護衛される形となって、イグナリナへの道を進んだ。
あと少しで森を抜けるという所まで来て、事件は起こった。
「う?うわぁ~ッッ!」
最後尾を歩いていた兵が、突然頭上から降ってきた粘着質の糸に捕らえられ、そのまま樹上に引き上げられた。
驚いた全員が見上げると、そこには幾何学的な形に組まれた糸の塊があった。
その中央で、人間ほどの大きさもあるクモのような生物が、自ら捕らえた兵の体に食い付いていた。
「あれは!…ネフィラスだ! みんな頭上に注意しろ!」
ビルニスは大声を上げて全員に注意を促す。
「弓兵!頭上のネフィラスを狙え!」
よく見ると、高さ20mほどある森の樹のそこかしこに、幾何学模様の糸の塊があった。
そればかりか、その森の広い範囲を覆うように、樹々の頂点を結んで薄いヴェールのような物がかかっていることも確認できた。
「しまった… どうやら我々はネフィラスの巣窟に入り込んでしまったようです、モスタール殿」
「とにかく、まずは領民たちを守ることが優先だ。 バッサウ!バッサウはおるか!」
「は! ここに!」
モスタールは、領民たちのリーダーであるバッサウを呼んだ。
「領民たちをまとめて、ひとまず安全な場所に避難させるのだ! わかっておるな?」
「了解しました」
モスタールは何やら目配せをし、それに応えるようにバッサウは不敵な笑いを浮かべた…。
そうしてる間にも、兵や領民らは次々とネフィラスに捕らえられ、樹上に引き上げられる。
ビルニスも自ら弓をとり応戦しているが、次から次へと湧くように現れるネフィラスに苦戦を強いられていた。
モスタールは、頭上から襲ってくる粘着糸を必死に剣で薙ぎ払っていた。
(いいぞ、この調子なら余計なお荷物がだいぶ少なくなる…)
「みんな!こっちだ!」
バッサウは大声を張り上げ、ネフィラスの攻撃から逃げ惑う領民を一ヶ所に集めた。そこは、細い山道が少しだけ開けた場所だった。
それを見たビルニスが叫ぶ。
「そこはダメだ! 奴らの粘着糸は真っ直ぐ飛んでくる! だから開けた場所はかえって攻撃を受けやすい! 上からの直線的な攻撃を少しでも避けられる枝の多い大木の根元に逃げるんだ!」
しかし、ビルニスの声は領民たちの悲鳴に掻き消され、周りの樹々に集まったネフィラスの攻撃に、一度に10人以上が餌食になってしまった。
「くそ~………」
兵も、ビルニス自身もまた、眩しい太陽が逆光となって、樹上の標的をなかなか捉えきれず、次々と集まるネフィラスの駆除に手間取っていた。
すると突然、その太陽の光を遮る巨大な何かが頭上に現れ、ビルニスたちの足元に陰を落とす。その途端、ネフィラスの攻撃が止んだばかりか、それぞれが幾何学模様の糸の塊の中へ身を隠した。
「なんだ…何が起こった?…」
ビルニスも、モスタールも、バッサウも、兵たちも、まだその場に生き残っていた全員が戸惑っていると、そこへ音もなく巨大な何かが降り立った。
「なんだコイツは…」
「でかい…でか過ぎる…」
兵たちは、あまりの巨大さに臆している様子だ。
「うろたえるな! コイツはネフィラスの親玉だ! 地上に降りたネフィラスがどんな攻撃を仕掛けてくるか分からん、間合いを広くとれ!」
ビルニスは弱気になる兵に喝を入れる。
「コイツが親玉?…では、今までワシらを襲っていたのは、まだ赤ん坊ということか…」
モスタールは今までの10倍以上ある巨大クモを前に、コソコソと大木の陰に身を隠した。
「ふん! こんな図体のデカイやつ、パワーはあっても動きは鈍いに決まってる! 四方から全員でかかれば仕留められるはずだ! 勇気のある奴は俺に続け!」
バッサウは剣を構えると、無謀にも巨大ネフィラスに正面から突撃した。
「うおぉぉぉッッ!………ぐはっ!」
バッサウの胸には、太く鋭い針のようなネフィラスの前足が突き刺さっていた。
(バッサウの愚か者め!お前が殺られてしまっては今後誰がワシを守ると言うのだ…これでは計画がますます遅れてしまうではないか!)
ネフィラスの長い8本の脚は、それぞれに目が付いてるような正確さで、残った兵を攻撃していく。しかも、その巨体からは想像もつかない速さの攻撃に、時間の経過とともに兵の数はどんどん減っていった。
(さすがにこれはマズイぞ…ビルニスは何をしておるのだ…ん?ビルニスはどこへ行った?)
ビルニスは、ネフィラスの頭上に位置する樹の枝に登っていた。
下向きに剣を構え、両手でそれを握りしめると、樹の枝からネフィラスの頭部に狙いを定めてジャンプした。
「これでも食らえッッ!」
高い場所から飛び降りた勢いのまま、剣を脳天に突き刺す。
ギュピィィィーッッ!
呻き声を発してのたうち回るネフィラスだったが、まだ致命傷には到っていないようだ。
「くそ!剣の刀身では脳まで届かぬか… 誰か!槍をよこせ!」
脳天に突き刺した剣にしがみつき、振り落とされないよう必死に堪えながらビルニスは叫んだ。
「隊長!これを!」
残った兵の一人が槍を投げ渡す。
その兵も、次の瞬間にはネフィラスのもがき苦しむ前足に吹き飛ばされてしまった。
ビルニスは槍を見事に受けとると、槍先を突き刺すのではなく、まるで杭を打つように、槍尻で剣を更に深く突き刺した。
グキャァァァァーッッ!………
ネフィラスは、断末魔の叫びとともに、ついに地面に突っ伏した。
ハァ…ハァ…
地上に降り立ったビルニスは、肩で大きく息をしながら周囲を確認した。
周囲には、兵や領民の屍が無惨に散らばっていた。
ネフィラスの襲撃を生き抜いたのは、わずか二人。そのもう一人の生き残りが、大木の陰から姿を現しビルニスに歩み寄る。
「よくやった!ビルニス! 一時はワシも死を覚悟したぞ」
「モスタール殿…ご無事でしたか… しかし、兵や領民が…」
「残念なことだが、異形種の襲撃を受けたのだから仕方あるまい… そもそも最初から、生き残るのはワシ一人で良かったのだ」
「は?…今何と?」
グサッ…
ビルニスの胸に短刀が刺さっていた。
「モ… モス…タール… 貴様…」
「ビルニスよ、お主には何の恨みもないが、生き残ってもらっては困るのだよ… 今後のワシの構想に、お主の名前は入っておらんのでな…」
「まさか…貴様が… なぜだ…」
「冥土の土産に話してやってもよいが…そんな時間はもう残っとらんだろう」
「くそ……無念…」
ビルニスは両膝から崩れ、そのまま前のめりに倒れこんだ。
「エルドレッド……兵…長……」
ロシュフォール王国を支えた勇者の一人、ビルニスは絶命した。
モスタールは、周囲に散らばる屍から指輪や首飾りといった貴金属を集めると、それらを袋に入れ、本来の目的地であるイグナリナとは別の方向へと歩き出した。
※※RENEGADES ひとくちメモ※※
【ネフィラス】
クモの異形種
毒は持たないが、動く物なら何でも襲いかかる狂暴な巨大クモ
成体に成長すると体長8m、脚の長さは6mに達する
幾何学模様の巣は、獲物を捕らえるという目的ではなく自らの身を隠すために用いられ、
獲物は主に尻から出す粘着性の糸で捕らえ、それを巣に持ち込んで食す
幼体のうちは森林地帯に生息しているが、成体になると、樹上や岩山に生息地を移す
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