【#62 チェチェヤ大聖堂】

-5107年 3月27日 19:47-


ホーブロー神国 ウェンブリー教会




夕食の準備が整っても、ミカは帰ってこなかった。


食卓に並んだ料理は、今夜も旨そうな物ばかり。ポロル神父の料理の腕前は一流シェフに匹敵するレベルだ。

しかし、食欲をそそる芳香に包まれ、立ち昇る暖かそうな湯気を見つめながらも、アイン、パルマ、ククタの三人は、誰も食事に手を付けていなかった。

「どうしたんですか?皆さん食べないんですか?」

事情を理解できない三男が聞いてきた。

「アインさんもパルマさんも、ミカさんのことが気掛かりなんですよ…もちろん僕もですけど」

「そう言えば、ミカさんの姿が見えませんね…?」

三男は、ミカが行方不明になってることを理解していないのだ。

「まったく!ヤキモキさせやがる!…あの変態女、どこ行きやがったんだ!」

パルマはかなりイライラしていた。

「ミカさんなら、ここから南西15km先にいますよ?」

三男はあっさり答えた。

「何で分かんだ?ミッチー…どこに行くとか聞いたのか?」

「いいえ、行き先は聞いてませんけど、ミカさんのバイタルサインがその地点から動いてないので、そこに居るのは間違いないです」

「バイタルサイン?…なんだそりゃ?」

「体温や脈拍、身体機能や脳波などの生体データです♪私はそれをモニタリングできる機能を搭載してるんです♪それをレーダーとリンクさせれば居場所も特定できます♪…と言っても20km圏内ですけど」

「そんな機能があるなら早く言ってくれよ、ミッチー…」

「誰からも何も聞かれなかったので…」

三男の言ってることはごもっともだ。

それ以上は誰も三男を責めなかった。

「でもみっちゃん、ミカさんの生体データ、どのタイミングで取得したんですか?」

「施設で最初にあいさつした時です♪あのとき皆さんと握手しましたでしょ?その際に、皆さんの手のひらから細胞を採取して、それぞれの遺伝子情報をインプットしました♪あとはそれをスキャンして、生体データをモニターするだけです♪」

「そんな事が出来るのか…やっぱスゲェな、ミッチーは♪」

「とゆーことは…みっちゃんは、ミカさんだけじゃなく僕たちのデータもモニター出来るってことですか?」

「もちろんです♪皆さん、ともに旅をする大切な仲間ですから、心身の異常を逸早く察知して対処すれば大事に至らずに済みますからね☆」

「ありがたいような、迷惑なような、何とも言えない感じだな…常に皆の何とかデータをモニタリングしてるのか?」

「はい♪マスターもククタさんも、ミカさんを見ると心拍数と血圧が上昇します。特に胸やお尻を見たときに…」

「だぁーッッ!…今後は戦闘中とか緊急時以外、何とかデータのモニタリングは俺が指示した時だけにしろ!普段は絶対にやるんじゃねぇぞ!」

「かしこまりました♪マスター」

「心理状態まで絶えず監視されてたら、たまったもんじゃねぇよ!」

パルマは顔を真っ赤にして三男を叱った。

ククタは耳まで真っ赤にしてバツの悪そうな笑みを浮かべていた。

二人とも、必死に恥ずかしさを誤魔化しながら、ミカの居場所が判明した安心感もあって、やっと食事に手をつけた。


「ポロル神父、ここから南西に15kmの場所には何がある?」

アインは食事を進めながら、ポロル神父に質問する。

「15kmという距離感がどの程度のものか確信は持てないんですが…ウェンブリー村から南西の方角に半日ほど進むと、チェチェヤという町があります。おそらくそこではないかと…」

ポロル神父も食事をしながら、少し自信なさげにそう答えた。

「その町には何がある?ミカが向かう理由になりそうなものがあるのか?」

「その町にはチェチェヤ大聖堂というホーブローで一番大きな教会があります…」

「それならミカさんは、その大聖堂に行った可能性が高いですね♪」

「あの変態女、ああ見えて実は信心深いとこあるからな♪きっとそこだろ♪」

パルマとククタは安堵の表情を浮かべる。

しかし、ポロル神父は眉根にシワを寄せたまま、困惑の表情に変わりはない。

「何だ?…何か懸念材料でもあるのか?」

ポロル神父の表情に何かを察したアインは深くつっこんだ。

「はい…これも確かな情報ではないのですが…」

「正確じゃなくてもいいから、教えてくれ」

「私がまだ神学校に寄宿してた頃、一度だけチェチェヤ大聖堂に行ったことがあります。当時はまだこの国にスラム教が入ってくる前だったので、それはそれは優雅で平和な光景だったのを今でもハッキリ覚えています…。しかし、スラム教が入ってきて……」

「どうなったんだ?大聖堂は破壊されたのか?」

「いいえ、今はそのチェチェヤ大聖堂がスラム教の聖地、言うなれば総本山になっていると聞いています」


!!………


「なんだって?!」

「じゃあ、ミカさんは独りでスラム教の総本山に??」

「あのバカ女、俺たちに相談もなく独りで親父さんの敵討ちに行ったってのか…」

「いや… 昔ならいざ知らず、今この状況で俺たちの力を借りず単独で敵の総本山に乗り込むとは考えられねぇ…何か別の理由があるはずだ」

「やっぱり、あの手紙の送り主と、書かれていた内容が関係してそうですね…」

「ああ、そう考えて間違いねぇだろ」

「アイン、まさか俺たちもそこへ乗り込むとか言わねぇよな?」

こーゆー事にだけは察しのいいパルマは、ダメ元で聞いてみる。

「乗り込むに決まってんだろ!ミカの身に何かあってからじゃ遅いんだ」

「やっぱりな…(T∀T)」

「でもアインさん、向こうはタラモアの息のかかった連中です、乗り込んで来たのがアインさんと分かったら、死に物狂いで捕まえにくるんじゃ…?」

「そんなこたぁ百も承知だ」

「捕まえにくるどころか、皆殺しにするつもりかも知れねぇぞ? な、だからそんな危険な場所にこっちから乗り込むなんて止めようぜ?」

「相手がその気なら、こっちも全員ブッ殺すつもりで戦うまでだ… 大丈夫♪相手が何人で来ようと俺たちには三男がついてんだ♪な、三男♪」

「お任せください♪」

「いやいやいやいや!…ミッチーを戦力として数えるのはどうかと思うぞ?大勢のスラム信者の前で、いきなり芸を披露し始めたらどうすんだ?」

「それはそれで、敵を油断させるみっちゃんの高等戦術かも知れませんし、それに、武器が使えなかったとしても、みっちゃんには様々なセンサーが付いてるんですから、必ず役立ちますよ☆」

「頭から鳩が飛び出すのが高等戦術とは思えねぇけどな…そもそもあの鳩、普段はどこにしまってんだよ…」

「とにかく…飯食い終わったら急いで準備して、その大聖堂に向かうぞ!」

「それでしたら犬ゾリを用意しましょう。犬ゾリならチェチェヤまで1時間程度で着きます」

「そりゃ助かる、頼むよ☆」


三人は食事を済ませると、大急ぎで準備を始めた。

ポロル神父は、ウェンブリー村を一軒一軒訪ねて回り、事情を説明して犬ゾリを借りてきた。しかも、協力的な村人4人が、犬ゾリの操舵手として力を貸してくれるという。

準備は整った。

「くれぐれも気をつけて下さい、無事にミカちゃんを連れ戻せることを祈ってます」

「まだ拉致られたと決まったわけじゃねぇが、心配すんな、必ず連れ戻す♪」

「みっちゃん、まだミカさんに動きはありませんか?」

「ミカさんのバイタルサインは一ヶ所から動いてないので、ずっと同じ場所にいるはずです。もっと距離が近付けば今より精度が上がるので、さらに詳しく分かります」

「よし!急ごう!」

アインの号令のもと、操舵手はそれぞれ鞭を振るう。


ハァッ!


鞭が振り下ろされると同時に、犬ゾリは静かに滑り出す。

アインたちを乗せた4台の犬ゾリは、ウェンブリーから南西の方角へ走り出した。




※※RENEGADES ひとくちメモ※※


【チェチェヤ大聖堂】

ホーブロー神国の中心に位置する大聖堂

元々はリスト教の聖地だったが、スラム教に乗っ取られた形で今ではスラム教の聖地として、また、ホーブローにおけるスラム教の中心拠点として位置付けられている

大聖堂があるチェチェヤの町は、そもそも広大な教会の敷地内に町が発展していったという歴史があり、スラム教の聖地となった現在、町全体が大聖堂を中心とする要塞と化している

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