【#5 捜査網】
-5107年 3月5日 12:15-
タラモア帝国 タラモア城 執務室
ロシュフォール侵攻結果の報を受け、執権バジャルはギリギリと奥歯を噛み締めていた。
「ロシュフォールめ……最期の最期に城もろとも自爆だと?ナメた真似をしおって…」
バジャルの怒りを鎮めようと、側近のスタージ将軍がとりなす。
「しかしながら閣下、ロシュフォール城は陥落したのですから、当初の目的は達成したわけですし、まずは戦勝を祝して…」
「バカ者っっ!!」
バジャルはスタージを一喝した。
「我が軍にどれほどの被害が出たと思っておる! たかだかロシュフォールごとき小国を落とすのに1500の兵を失ったのだぞ? 30機で編成した鉄兵団も、帰還したのは僅か4機じゃ!」
「………ははっ…」
「しかも、自爆に使用したのは我が国の黒火薬というではないか! 自国の火薬で遠征部隊の大多数を失ったなど前代未聞だわっ!…まったく馬鹿馬鹿しいっっ!」
「二度とそのような失態を繰り返さぬよう…」
「当たり前じゃっっ! 次は貴様の一族郎党、全員の命がないものと胆に銘じよ!」
「ははっ!」
バジャルのあまりの剣幕に、スタージ将軍はもちろん、報告にきた帰還兵まで青醒めていた。
「ところで、帰還兵。 報告によれば、城内に入ったとき敵国の兵は城内に一人もいなかったと申したな?」
「はい、間違いありません! ヒューズ長官は、我が軍に恐れをなして、国王を残して城から逃げ出したのだろうと仰っておりました!」
帰還兵は、緊張と恐怖のあまり、声が裏返っている。
「あさはかなヒューズの考えそうなことじゃな……で、追撃も向かわせなかったと?」
「は! すぐさま城内の金銀財宝の捜索にあたるようヒューズ長官より指示がありましたので!」
「ところが、その金銀財宝も見付からなかった…と?」
「は! 全員で捜索しましたが、どこにも」
「そうか……では、お前の襟元から覗いておる金の鎖は何じゃ?」
「は! これは妻から貰った誕生日の」
バシュッ!
帰還兵は、突然言葉を発することが出来なくなった。
一瞬なにが起こったか分からず、それでも言葉を発しようと口だけを動かす帰還兵の首筋に、横一文字に赤い線が浮かび上がる。
ほんの少しの間をおいて、帰還兵の首筋から血が溢れ、首から上だけが鈍い音を立てて床に転がった。
サーベルに付いた血を拭き取るバジャルは、
「さっさと死体を片付けんか! 床の血もキレイに拭き取らせよ! 金の首飾りは洗ってワシに持ってこい」
と、その場に崩れ落ちた帰還兵の死体を見下ろしながらスタージに命じる。
「は……ははっ!」
バジャルの冷酷非情さを目の当たりにしたスタージはワナワナと震えていたが、それを気付かれぬよう虚勢を張って部下に片付けを命じた。
「本当に逃げたと思うか?スタージ」
バジャルはスタージに問う。
「おそれながら……ロシュフォール兵は敵国の兵なれど、その団結力と気概はグランサム連邦随一とか… 決して国王一人を城に残して逃げるなどとは考え難いかと……」
「ワシもそう思うとる。 特にエルドレッドじゃ… あやつが生きておるなら国王を残してなどとは考えられん…」
「御意にございます」
「そしてもう1つ、エルドレッドより気掛かりなのがアインじゃ…」
「アイン?…アイン王子のことでございますか?」
「そうじゃ」
「しかしながら閣下、アイン王子なら、ロシュフォールの一人息子にも関わらず、数年前に国を棄て流浪の旅に出ていった不埒者という噂ですが…」
「それは知っておる。 しかし、ロシュフォールの血を受け継いでおるのも紛れもない事実……ロシュフォールの血をこの世に残してはならん! いつ我が帝国に牙をむくやも知れん……エルドレッドにせよアインにせよ、火種は大きくならぬうちに消しておかねばの……」
「では閣下、さっそく二人の捜索を」
走り出そうとするスタージ将軍を、バジャルは手をかざして制した。
「そう慌てるな、事を成すには何事にも段取りが肝心。 まずは腕の立つ兵を100名ほど集めよ。 それと、絵を得意とする者も数名。 明日の朝、城内の中央広場に集合させるのだ」
「かしこまりました」
-5107年 3月6日 8:00-
タラモア城 中央広場
タラモア城中央広場には、事情を知らない兵士100名と絵師5名が集合していた。
各々が勘ぐることを話し合い、広場はざわついていた。
「全員揃っております」
「うむ」
広場を見下ろすバルコニーに執権バジャルとスタージ将軍が姿を現すと、広場は瞬時に静まりかえり、兵士たちはわざと音を立てて両踵を揃えると、気を付けの姿勢から真っ直ぐ伸ばした右手を斜め前方に掲げるタラモア式の敬礼をする。
まず最初にスタージ将軍が口を開いた。
「諸君! 今日は選ばれし諸君たちに、バジャル閣下から特命を言い渡す! 聞き漏らすことのないよう刮目せよ! よいな!」
「はっ!」
スタージ将軍の号令のあと、バジャルは静かなトーンで話し始めた。
「諸君らも知っての通り、昨日、我が帝国軍はロシュフォールに侵攻、たった一日でこれを落とした…」
「おお~ッッ!」
兵士たちから雄叫びが上がる。
「ところが、それはまだ完全なる勝利とは言い難い…」
「……………」
「なぜならば、未だアイン王子がこの世に存在するからである! 同じくエルドレッド兵長もまた、おめおめと逃げ出したと聞く! この二人が存命なうちは、タラモア帝国の勝利ではないのだッッ!!」
「そうだ~ッッ!」
「二人を捕らえろ~ッ!」
「王子を殺せ~ッ!」
広場に集まった誰もが口々に叫び、兵士たちの士気が一気に膨れ上がる。
「これより諸君らを特命部隊とする! 隊長はこのスタージ将軍を任命する! 4人一組の班に分かれ、グランサム連邦の隅々まで捜索するのだ!」
「おお~ッッ!」
「絵師の者は二人の似顔絵を作り、それを印刷して国中に配れ! 我が国だけでなく、アナムル、ホーブロー、イグナリナ、キルベガン、バラザード、連邦各国にも配布せよ! 懸賞金は100万グランだ!」
「かしこまりましたッッ!」
「特命部隊一丸となって、エルドレッド、アイン、そしてロシュフォールの生き残った兵ども、全員見つけ出してここへ連れてまいれ! 生死は問わん! 連れてきた者には報償金を出す! ロシュフォール兵は10万グラン、エルドレッド兵長は500万グラン、アイン王子は1000万グラン、生きて捕らえたならその倍の報償金じゃ! 心してかかるのだッッ!!」
「おおぉぉぉーーッッ!!」
士気は最高潮に達した。
「特命部隊隊長の任、しかと務め、必ずや二人を探し出して御覧にいれます」
スタージは執務室に戻ると、バジャルの前で片膝をつき、一礼した。
「任せたぞ。 二人を捕らえるまで城に戻ることは許さん…」
「ははッッ!」
「特命部隊隊長の任を祝して、お主にコレを遣わそう」
バジャルはそう言うと、金の首飾りをスタージの首に掛けた。
「その首飾りを外すことは許さぬ。大切に首から下げておれ」
「はっ!ありがたき幸せ!」
その首飾りには、同じく金で出来た変わった形のプレートがぶら下がっていた。
「…その首飾りは、昨日の帰還兵が首から下げていたものじゃ。あいにくロシュフォールの財宝ではなかったわ… その証拠にプレートの裏には兵と妻の名前が彫ってあった…」
スタージは震え、喜びに満ちた表情は一瞬で青ざめた。
「その首飾りがお主の首から離れるとき、それはつまり、お主の首が飛ぶときじゃ。 そうならぬよう命懸けで務めてまいれ!」
「は……はは~っ!!」
やがて4人一組の特命部隊が連邦各地に出発し、スタージ将軍もまた、部下を引き連れて捜索の旅に出発していった。
※※RENEGADES ひとくちメモ※※
【タラモア帝国 執権バジャル】
平民の出身ながら、その知略と情報操作を武器についには執権の座まで登りつめた、事実上タラモア帝国の全ての実権を掌握している人物
現帝王ケチャム-ブリンストンの幼少期から教育係を務めていたが、王位継承権低位だったケチャムが帝位を継承できた裏には、冷酷非情で知られるバジャルの知略を活かした陰謀があったと言われ、先帝の死も事故に見せかけたバジャルによる暗殺と噂されている
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